世界の十字路

時雨青葉

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第1章 ニューヴェル

噂は真実なのだから―――

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 尚希は一人で廊下を歩く。


「しまったな……」


 その表情は険しい。


 実と拓也がここまで押しかけてくるのは想定内だった。


 口先では好きにしていいとは言ったものの、どうにかしてあの二人にはここから離れてもらうつもりでいた。


 だが、少しばかり根回しが足りなかったかもしれない。


 先ほどの実が漂わせていた刺々とげとげしい雰囲気と、不穏な独り言。
 おそらく、タリオンに電話をした際に、この家にまつわるうわさを聞かされたのだろう。


 尚希は静かに息をつく。


 少しでも情報を掴まれてしまったなら、もういっそ全てを打ち明けてしまった方が早いのではないか。


 そんな風に迷う自分がいる。


「………っ」


 そこで自分が思った以上に弱気になっていることを自覚して、尚希は眉を寄せた。


 あの二人の性格を考えろ。


 こんなことを話したら、あの子たちは躊躇ためらいなく危険に踏み込んできてしまうだろうが。


 実たちを守りたいのなら、早くここから遠ざけなければならない。




 ―――なんたって、まことしやかにささやかれているうわさは、紛れもない真実なのだから。




「くくく……」
「!!」


 何もなかったはずの背後に、不気味なくぐもった声と共に濃密な気配が下りた。


「……何がそんなにおかしい?」


 決して後ろは見ず、尚希は低く問う。
 背後いっぱいに広がった気配は、くつくつと笑った。


「あそこから手を引いたのは、意外と正解だったみたいだな。」


 気配は不気味にうごめき、尚希にその触手を伸ばす。


 ぺとり、と。


 それが頬に触れてきた瞬間におぞましいほどの嫌悪感が走ったが、唇を噛み締めてそれに耐える。


 すると、もう一本の触手が伸びてきて、視界に真っ黒い手の形をしたものがかすめた。
 首に回り込んだそれは、まるで自分を優しく抱き寄せるように絡みつく。


 それに動じないよう、どうにか精神を静める。


「それにしても……お前は、本当に美味うまそうだ。」


 耳の間近でささやかれて、背筋に悪寒が駆け下りた。
 絡みつく腕を振り払いたくなるが、なけなしの理性がそれを許さない。


「向こうでの鍛練のおかげで、これほどまでに磨きがかかるとは予想以上だ。それに―――少しは、自分の立場もわかってきたようだしなぁ?」


「………っ」


 震えるくらいに拳を握り締めるも、やはり尚希は動かず、じっとおぞに耐えた。


 そう。
 自分はこいつに逆らえない。
 逆らうわけにはいかないのだ。


「だが、お前にはまだ子がいない。だから、もう少し待ってやってもいいぞ?」


 にやりと、忌々いまいましい気配が揺れる。


「その代わり―――あの子供たちを食わせろ。」
「なっ!?」


 さっと顔を青くする尚希に、気配が続ける。


「お前と同じように、あの子供たちも極上だ。」
「ふざけるな!!」


 我慢の限界に達して、尚希は自分に絡みついていた腕を思い切り振り払った。


 背後を睨むも、そこにはもう何もいない。
 それに構わず、尚希はくうに向かって殺気をみなぎらせて怒鳴った。


「いいか! あの二人に手を出すのだけは、絶対に許さないからな!!」
「くくくくく……」


 不気味な声を残して、気配はその場から消えていく。


「くそ…っ」


 行き場のない感情を込めた拳を壁に叩き込んで、尚希は悔しげに奥歯を噛み締めた。

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