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第3章 襲撃
互いの想い
しおりを挟む「てめぇっ! 性懲りもなくまた…っ。なんで実を襲ったんだ!?」
自室に戻った瞬間に糸が切れて、尚希はこれ以上はないというほどの大声で怒鳴った。
やりきれなかった。
恐れていたことが起こってしまって、あんなに警戒していたはずなのに、実をまた危険な目に遭わせてしまうなんて。
自分の不甲斐なさがただただ悔しくて、憎たらしかった。
「愚問だな。腹が減っていたからに決まっているだろう。」
なんでもないことのような、平然とした声が返ってくる。
「あの小僧は、自分から教会に近付いたんだぞ? この間もそうだ。私が飢えている時に、血のにおいをまとわりつかせて帰ってきた。襲わずにいられないだろう? ただでさえ、お前には猶予をくれてやっている。たかだか数人じゃないか。」
「―――っ」
その言葉は、確実に尚希の逆鱗に触れた。
「……ふざけるな。」
声が震えた。
腸が煮えくり返る。
今まで感じたことがないほどの怒りが、頭だけではなく全身を焼いている気分だ。
「ふざけるな! 猶予をくれてやっているだと!? オレがいない間に、じいちゃんもばあちゃんも、リオンもサイも食ったくせに、それで猶予だって言うのか!?」
心の底から叫んだ。
抑え込んでいた激情が沸点に達して、どうしようもなくあふれ出してくる。
いっそのこと、このまま狂って泣き崩れられればいいのに……
理性ではもう止められない。
感情を抑制する理性すら、沸騰する怒りに弾け飛んでいた。
「お前にとっては、たかが人間なんだろうさ!! ただの餌でしかないんだろ!? オレが……オレが、父さんを目の前で食われるのを見て、ガキながらにどんだけショックだったかなんて、お前になんか―――」
尚希の言葉が、唐突に途切れる。
キィ…
閉めてあったはずの扉が、いつの間にか開いていた。
そして―――
「……キー…ス?」
どこか怯えたような顔をする、今一番見たくなかった姿がそこにあった。
「ティル……」
尚希の表情から、一気に血の気が引く。
扉の前で棒立ちになっている拓也。
その様子を見れば、今の会話を聞かれてしまったことは言うまでもない。
部屋に満ちていた気配が、くすくすと笑いながら消えていく。
会話をするために、濃密な気配がここに集まっていた状況だ。
今までそれに全く気付いてなかった拓也も、その気配の一端を感じ取ったらしい。
拓也の警戒した顔が、気配が消えていく方向を正確に追った。
「………」
「………」
忌々しい気配が消えた部屋に落ちる、重たく苦しい沈黙。
「キース……」
拓也は、小さくその名を呼ぶ。
実が部屋からいなくなっていたことに気付いたのは、つい十分前の話。
慌てて家中を捜したがどこにも見当たらず、尚希に報告しようと思ってこの近くまで来た。
その時、いきなり尚希の怒鳴り声が響いてきたのだ。
その怒号は、思わずその場で立ち止まってしまうほどに険しく、激しい感情が込められたものだった。
次々と響いてくる言葉の内容は衝撃的なものばかりで、聞けば聞くほどに体の芯が冷えていくようだった。
思いがけず聞いてしまった、尚希が背負う何か。
重い責任と、悲しい過去の欠片。
蒼白な表情で立ち尽くしている尚希は、ずっとずっと昔から、明るい笑顔の裏で苦悩してきたのだろう。
「今のって……何だよ?」
訊ねる。
だが……
「………」
尚希は気まずそうに、こちらから目を逸らした。
「キース!!」
たまらず、拓也は尚希に掴みかかる。
「なんだよ!! まだ何も言わないのかよ!? 言う気がないなら、最初からはね除ければいいじゃねぇか! 秘密はあるけどそれが何かは言えないなんて、そんな中途半端なこと言うなよ!!」
胸ぐらを掴まれても、尚希はただされるがまま。
それがまた、拓也の激情を刺激する。
「おれ、どうすればいいんだよ!? 一人で空回りして、なんとかしたいのに何もできなくて、ここまで来ても何も言ってもらえなくて………そんなに、おれのことが信用ならないのかよ…?」
悔しい。
ずっと共に過ごしてきて、その中で少しは成長もして、もう助けられるばかりじゃないと思っていたのに。
尚希の中での自分は、いつまでも〝守るべき子供〟でしかなくて……
「なんでだよ…。お前はいつも助けてくるくせに、おれには何もさせてくれないわけ? どうせ、おれが意地を張って色々やってるって知ってるくせに…。それでも……それでも、キースは無視するのかよ? おれだって、少しは力になりたいのに…っ」
自分の正直な気持ちを言えばいい、と。
実は、笑ってそう言った。
言ってしまえば、こうも簡単に言葉は繋がる。
けれど……
自分の気持ちを話すほどに、どうしようもなく悲しい気持ちが喉をせり上がる。
そして気付いた。
ここまで来てなお、自分は尚希に甘えていたのだと。
尚希なら、言わずとも自分の気持ちを分かってくれると、心のどこかで思っていた。
だから、自分で言うまで尚希に気持ちを察してもらえなかったことが悲しいのだ。
なんて子供っぽくて、なんて自分勝手な考えだろう。
悲しくて、悔しくて、情けなくて。
目頭が熱くなるのを、拓也は歯を食い縛って我慢していた。
「……ティル。」
その時、尚希が拓也の頭に手を置いた。
「悪かったよ。いつの間にか、こんなに追い詰めてたんだな…。お前を信用してないわけじゃないんだ。ただ……巻き込みたくなかったんだよ。」
優しく頭をなでながら、尚希は一言一言を絞り出すように語る。
「お前も感じてると思うが、オレが抱えてるものはかなり危険だ。そんな事情にお前たちを巻き込みたくなかったし、遠ざけることでしかお前たちを守れないと思った。お前が色々とやってたのは知ってたよ。無視してたのは謝る。でも……」
そこで尚希が浮かべたのは、なんとも言えない笑顔。
「オレにも、年上のプライドってもんがあるんだよ。オレはお前より、九つも上なんだぜ? できるだけ、いい格好していたいじゃんか。でも……それが逆に、お前を悩ませてたんだな。お前はもう、何も知らない子供ってわけじゃないのに…。ごめんな、受け入れてやれなくて。」
尚希はうつむく拓也を見つめる。
そう。
この子はもう、あの時の危うい子供ではないのだ。
一人前に考えて、行動して、自分の意志を示すことができる。
いつまでも〝子供は気にするな〟という逃げ口は通用しないのだ。
「―――分かった。どのみち引き返せないんだ。話すよ、全部。」
その言葉に、拓也が顔を跳ね上げる。
素直すぎるその反応に、尚希は苦笑した。
「お前を信用してないわけじゃないし、邪魔だとか、そういうことも全く思ってない。これだけは、誤解しないでくれ。それとな、ティル。お前は、オレのことをたくさん助けてくれてるよ。今も昔もな。」
最初は、ただの同情から一緒にいた子供。
けれど振り返ってみれば、拓也は自分にたくさんの成長と変化をもたらしてくれた。
助けるつもりだったが、きっとそれ以上に助けられていたのだと思う。
それらを思い出して、尚希は静かに瞳を閉じた。
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