世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
438 / 714
第3章 襲撃

互いの想い

しおりを挟む

「てめぇっ! しょうりもなくまた…っ。なんで実を襲ったんだ!?」


 自室に戻った瞬間に糸が切れて、尚希はこれ以上はないというほどの大声で怒鳴った。


 やりきれなかった。


 恐れていたことが起こってしまって、あんなに警戒していたはずなのに、実をまた危険な目に遭わせてしまうなんて。


 自分の不甲斐ふがいなさがただただ悔しくて、憎たらしかった。


「愚問だな。腹が減っていたからに決まっているだろう。」


 なんでもないことのような、平然とした声が返ってくる。


「あの小僧は、自分から教会に近付いたんだぞ? この間もそうだ。私がえている時に、血のにおいをまとわりつかせて帰ってきた。襲わずにいられないだろう? ただでさえ、お前にはゆうをくれてやっている。たかだか数人じゃないか。」


「―――っ」


 その言葉は、確実に尚希の逆鱗に触れた。


「……ふざけるな。」


 声が震えた。


 はらわたが煮えくり返る。
 今まで感じたことがないほどの怒りが、頭だけではなく全身を焼いている気分だ。


「ふざけるな! ゆうをくれてやっているだと!? オレがいない間に、じいちゃんもばあちゃんも、リオンもサイも食ったくせに、それで猶予だって言うのか!?」


 心の底から叫んだ。
 抑え込んでいた激情が沸点に達して、どうしようもなくあふれ出してくる。


 いっそのこと、このまま狂って泣き崩れられればいいのに……


 理性ではもう止められない。
 感情を抑制する理性すら、沸騰する怒りに弾け飛んでいた。


「お前にとっては、たかが人間なんだろうさ!! ただのえさでしかないんだろ!? オレが……オレが、父さんを目の前で食われるのを見て、ガキながらにどんだけショックだったかなんて、お前になんか―――」


 尚希の言葉が、唐突に途切れる。


 キィ…


 閉めてあったはずの扉が、いつの間にか開いていた。
 そして―――




「……キー…ス?」




 どこか怯えたような顔をする、今一番見たくなかった姿がそこにあった。


「ティル……」


 尚希の表情から、一気に血の気が引く。


 扉の前で棒立ちになっている拓也。
 その様子を見れば、今の会話を聞かれてしまったことは言うまでもない。


 部屋に満ちていた気配が、くすくすと笑いながら消えていく。


 会話をするために、濃密な気配がここに集まっていた状況だ。
 今までそれに全く気付いてなかった拓也も、その気配の一端を感じ取ったらしい。


 拓也の警戒した顔が、気配が消えていく方向を正確に追った。


「………」
「………」


 忌々いまいましい気配が消えた部屋に落ちる、重たく苦しい沈黙。


「キース……」


 拓也は、小さくその名を呼ぶ。


 実が部屋からいなくなっていたことに気付いたのは、つい十分前の話。


 慌てて家中を捜したがどこにも見当たらず、尚希に報告しようと思ってこの近くまで来た。


 その時、いきなり尚希の怒鳴り声が響いてきたのだ。


 その怒号は、思わずその場で立ち止まってしまうほどに険しく、激しい感情が込められたものだった。


 次々と響いてくる言葉の内容は衝撃的なものばかりで、聞けば聞くほどに体の芯が冷えていくようだった。


 思いがけず聞いてしまった、尚希が背負う何か。
 重い責任と、悲しい過去の欠片かけら


 蒼白な表情で立ち尽くしている尚希は、ずっとずっと昔から、明るい笑顔の裏で苦悩してきたのだろう。


「今のって……何だよ?」


 訊ねる。
 だが……


「………」


 尚希は気まずそうに、こちらから目をらした。


「キース!!」


 たまらず、拓也は尚希に掴みかかる。


「なんだよ!! まだ何も言わないのかよ!? 言う気がないなら、最初からはね除ければいいじゃねぇか! 秘密はあるけどそれが何かは言えないなんて、そんな中途半端なこと言うなよ!!」


 胸ぐらを掴まれても、尚希はただされるがまま。
 それがまた、拓也の激情を刺激する。


「おれ、どうすればいいんだよ!? 一人で空回りして、なんとかしたいのに何もできなくて、ここまで来ても何も言ってもらえなくて………そんなに、おれのことが信用ならないのかよ…?」


 悔しい。


 ずっと共に過ごしてきて、その中で少しは成長もして、もう助けられるばかりじゃないと思っていたのに。


 尚希の中での自分は、いつまでも〝守るべき子供〟でしかなくて……


「なんでだよ…。お前はいつも助けてくるくせに、おれには何もさせてくれないわけ? どうせ、おれが意地を張って色々やってるって知ってるくせに…。それでも……それでも、キースは無視するのかよ? おれだって、少しは力になりたいのに…っ」


 自分の正直な気持ちを言えばいい、と。
 実は、笑ってそう言った。


 言ってしまえば、こうも簡単に言葉は繋がる。
 けれど……


 自分の気持ちを話すほどに、どうしようもなく悲しい気持ちが喉をせり上がる。
 そして気付いた。


 ここまで来てなお、自分は尚希に甘えていたのだと。


 尚希なら、言わずとも自分の気持ちを分かってくれると、心のどこかで思っていた。
 だから、自分で言うまで尚希に気持ちを察してもらえなかったことが悲しいのだ。


 なんて子供っぽくて、なんて自分勝手な考えだろう。


 悲しくて、悔しくて、情けなくて。
 目頭が熱くなるのを、拓也は歯を食い縛って我慢していた。


「……ティル。」


 その時、尚希が拓也の頭に手を置いた。


「悪かったよ。いつの間にか、こんなに追い詰めてたんだな…。お前を信用してないわけじゃないんだ。ただ……巻き込みたくなかったんだよ。」


 優しく頭をなでながら、尚希は一言一言を絞り出すように語る。


「お前も感じてると思うが、オレが抱えてるものはかなり危険だ。そんな事情にお前たちを巻き込みたくなかったし、遠ざけることでしかお前たちを守れないと思った。お前が色々とやってたのは知ってたよ。無視してたのは謝る。でも……」


 そこで尚希が浮かべたのは、なんとも言えない笑顔。


「オレにも、年上のプライドってもんがあるんだよ。オレはお前より、九つも上なんだぜ? できるだけ、いい格好していたいじゃんか。でも……それが逆に、お前を悩ませてたんだな。お前はもう、何も知らない子供ってわけじゃないのに…。ごめんな、受け入れてやれなくて。」


 尚希はうつむく拓也を見つめる。


 そう。
 この子はもう、あの時の危うい子供ではないのだ。


 一人前に考えて、行動して、自分の意志を示すことができる。
 いつまでも〝子供は気にするな〟という逃げ口は通用しないのだ。




「―――分かった。どのみち引き返せないんだ。話すよ、全部。」




 その言葉に、拓也が顔を跳ね上げる。
 素直すぎるその反応に、尚希は苦笑した。


「お前を信用してないわけじゃないし、邪魔だとか、そういうことも全く思ってない。これだけは、誤解しないでくれ。それとな、ティル。お前は、オレのことをたくさん助けてくれてるよ。今も昔もな。」


 最初は、ただの同情から一緒にいた子供。
 けれど振り返ってみれば、拓也は自分にたくさんの成長と変化をもたらしてくれた。


 助けるつもりだったが、きっとそれ以上に助けられていたのだと思う。
 それらを思い出して、尚希は静かに瞳を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...