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第5章 血の罪
託されたもの
しおりを挟む「汝、我らに縛られし者よ。古からの契約に従い、我が身を糧とすることを……許す。」
尚希のセリフを聞いた拓也が、ハッとして顔を青ざめさせる。
すでに、尚希の表情には諦めの色しか浮かんでいなかった。
リオンの姿が崩れ、黒い塊となって壁に戻っていく。
壁から伸びた触手が、手から全身に絡んでいく。
手から胴へ。
胴から足へ。
そして、絡んだ触手の全てから一気に針のようなものが突き出して、尚希の全身を貫いた。
今まで感じたことのない衝撃に、一瞬で膝が崩れる。
膝をついた自分の両手が、妙に遠く見えた。
ただその中で、みるみるうちに広がっていく赤い血溜まりだけが、異様にはっきりと視界に焼きついて―――……
(父さんも、こんな感じで死んだのかな……)
胸を満たす脱力感と喪失感を噛み締めながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「キース! キース!!」
混乱した様子で触手に手を伸ばそうとする拓也を、尚希は最後の意地を引きずって制止する。
「お前は、早く逃げろ。」
「できるか、馬鹿野郎!!」
涙目になった拓也が、必死に肩を揺さぶってくる。
体が揺れる度に痛みが火を噴いたが、尚希はそれでも、今できる精一杯の笑顔を浮かべた。
「オレのことはいい。どうせ、遅かれ早かれこうなることは決まってたんだ。頼むから……最後くらいは、ちゃんと守らせてくれ。」
それを聞いた拓也の顔に、カッと血が上る。
「ふっ…ざけんな!! お前には、やるべきことがくそくらいあんだろうがっ!! この街のことはどうする!? エーリリテさんにだって、ちゃんと謝ってないじゃねぇか!! このまま死ぬなんて、ぜってー許さねぇぞ!?」
力の限りに叫ぶ拓也。
その時―――
「ほんとだよ……」
「!?」
全く意識していない方向から第三者の声がして、拓也は驚愕して振り返った。
「実…」
拓也がその名前を呼ぶと、尚希も重たい首を巡らせる。
二人の視線の先では、細く開いた扉にもたれかかり、ぐったりとした様子でこちらを見ている実がいた。
「まったく…。勝手に血に我を失って狂暴化しやがって…。なんの前触れもなく活性化すんじゃねぇよ。おかげで、お前の一部が残ってる傷が一気に開いちゃって、ここまで戻ってくるの地獄だったんだからな……」
足を不自然に引きずりながら、実は絨毯を一歩ずつ進む。
その度に、その手足から血が垂れた。
ざわ…
「!!」
リラステの異変にいち早く気付いた尚希は、大きく体を震わせた。
リラステが、今までとは比べ物にならないほどに興奮している。
獲物とする対象が、自分から実へと移っていくのだ。
「……なるほど。」
尚希が感じているものを、実も感じ取ったようだ。
実は不敵な笑みをたたえ、リラステが蠢く岩壁を見上げる。
「お前を狂わせてるのは、飢えじゃなくて……俺の血か……」
そう呟いた実は、ふいに片手を高く掲げた。
その手が軽く振られると、血が飛び散って辺りにいくつもの赤い斑点を作る。
依然滴る血を気にもせず、実は笑った。
「来いよ。お前が欲しいもんは、ここにある。」
ざわわわわっ
リラステのざわめきが、最高潮に達する。
「……ほ…しい…」
何人もの声が重なった、耳障りな声。
次の瞬間、壁から巨大な黒い塊が飛び出し、実に向かって一直線にその牙を伸ばした。
肉食獣のような牙が実の腕に噛みつき、床にぼたぼたと大量の血を落とす。
「拓也! 今のうちに、尚希さんを!!」
リラステの意識は、完全に実へと集中している。
その隙に拓也が魔力を込めて手を払うと、尚希に絡む触手はすぐに剥がれて消えた。
実はそれを確認してから、腕を噛み千切ろうとでもするかのような勢いのリラステに向き合う。
「そんなに美味いのか?」
答える理性が残っているのかは甚だ疑問だったが、リラステは実の言葉にざわめいて反応した。
「お前の血は……麻薬だ。食らってから……余計に腹が空く。他の人間の……血では………満足できない。何なんだ、お前の、血は……」
必死の様子で、リラステは実の血を貪り尽くそうと蠢く。
だが、それを前にしてもなお、実は笑みを絶やさなかった。
「ふうん、そう……じゃあ、もう十分な量を飲んだよな?」
にやりと、その唇がさらに吊り上がる。
「我が血とそれに連なる血に命ず。その内に流れる血を糧として、彼の者に仇為す呪いとなれ。」
どこかで聞いたことのあるようなフレーズと共に、リラステが潰れた悲鳴をあげて実の手から落ちた。
「尚希さん!!」
そう叫んだ実の手がしなり、そこから何かが飛んだ。
綺麗な弧を描いて落ちるそれは、吸い込まれるように尚希の手に収まる。
「これは…?」
一瞬首を傾げ、尚希はすぐに息を飲んだ。
それは、ネックレスだった。
確か、実が以前の事件でエリオスから託されたものだと言っていたはずだ。
一度手に取って見せてもらったことがある。
だが、以前に見た時と違う箇所があった。
ネックレスの十字架の中心に、石がはまっている。
そして、その石が放つ力の波長には馴染みがあった。
「そうか……貴様…っ」
リラステが憎々しげに呻く。
「あの時の小僧と似た味がする。……あの小僧と同じく、生意気な手を使いよって…っ。その血の一滴まで搾り取ってくれる。」
這いずって血を流す足に絡むリラステを、実は冷たい目で見下ろした。
「貪欲な…。俺の血はもう呪いに変わっているのに、それでも食らうか。」
冷めた実の声は、おそらくリラステには届いていない。
リラステは、無我夢中で実の血を貪っているだけだ。
「尚希さん。」
実は、ネックレスを見下ろして固まっている尚希に声をかけた。
「それが、父さんが尚希さんに渡したかったものの完成型です。こいつに取り込まれた自分の血と自分に通じる一族の血に命じれば、それはこいつの身を滅ぼすでしょう。ここまで血で汚れたモノは、そう簡単には穢れごと消滅しません。重ねた罪に匹敵するくらいの血を呪いに逆転させないとだめなんです。」
そこで、尚希を見つめる実の瞳に一層力がこもる。
「―――尚希さんにしか、できません。」
その言葉は、尚希の胸を強く揺らした。
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