世界の十字路

時雨青葉

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第1章 森の奥

まさか、まだ―――

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(………あれ?)


 既視感が全身を包む。
 この感触は、前にもどこかであったような気がする。


 引き寄せられるように、実は頭上を見上げた。


「ばあ!!」
「わっ!?」


 小さな顔が視界に飛び込んできて、実は思わず一歩退く。
 彼女は実の周りをぐるりと回ってから、実の前に浮かんだ。


 明るい青の髪は不思議な揺らめきを見せていて、人懐っこい瞳は鮮やかな水色にきらめいていた。


 ひらひらとした衣装は彼女の動きに合わせて優雅に揺れ、それはさながら水の流れを表しているよう。


 水に属する精霊だと、すぐに分かった。


「久しぶりだね! ……あれ? 結構大きくなってる。人の時間って、そんなに早かったっけ…?」


「? ……? ………?」


 親しげに話しかけてくる精霊に、実は混乱して棒立ちになってしまった。


 こんな精霊に、知り合いなんていたっけ?
 全然身に覚えがないのだけど……


 とはいえ、滅多に人間の前に姿を現さないはずの精霊が、こうやって自ら声をかけてくるくらいだ。


 過去に交流があったと考えるのが妥当だろう。


「まあいっか。魂は一緒だしねー♪」


 こちらの動揺に気付いていない精霊は一人で勝手に納得すると、嬉しそうにこちらの胸に飛び込んできた。


「もうー…。急にいなくなるから、心配したんだよ? でも、よかったぁ。相変わらず、私たちが見えるみたいだし。」


「私……たち…?」


 訊き返すと、精霊は不思議そうに小首を傾げた。


「え? みんな、後ろにいるよ?」


 さも当然のように言われて、実はゆっくりと後ろを振り返った。


「―――っ!!」


 言葉を失った。


 彼女の言うとおり、そこにはたくさんの精霊たちがいたのだ。


 彼女と同じような水の精霊や、緑や白が基調の格好をした地や風の精霊に、活発な印象を与える火の精霊。


 それぞれの特徴を持った精霊たちが、こちらを見下ろしていた。


 拓也の話によると、異なる属性の精霊はそのすみも離れていて、特別な理由でもない限りは互いのテリトリーに干渉しないそうだ。


 害意がないなら、すれ違っても交流を持つことはしないという。


 それなのに目の前には、精霊魔法で呼び寄せたわけでもないのに、この世界に存在する全属性の精霊たちがたくさん集まっている。


 普通なら、ありえるはずのない光景だった。


「やっと気付いたんだ。」
「みんなで待ってたんだよ。」
「ほんと、久しぶりだよね。」


 精霊たちは、嬉しそうに自分の周りを飛び回る。


「………」


 さすがに、違和感を覚えた。


 ―――記憶に何も引っ掛からないのだ。


 こんなにもすごい光景を、自分は忘れてしまったのだろうか。
 ほんの少しでも、おぼろげにでも覚えていないというのだろうか。


 いや、違う。
 そんなはずない。


「………っ」


 まただ。
 また、胸を締めつけるような不快な気分がする。




 ―――まさか、まだ取り戻していない記憶があるの…?




「懐かしいね!」


 実の胸に飛びついていた精霊が、嬉しそうに言う。


「昔に戻ったみたい。前もこうやってみんなで集まって、いっぱい遊んだよね。」


 彼女は満面の笑みを浮かべる。


「ずっと、みんなで待ってたんだよ。おかえりなさい。」


 彼女は、広げた両手を実に差し伸べた。


「おかえりなさい。」
「おかえり。」
「おかえりなさい!」


 皆がそう言って、笑いかけてくる。


「………っ」


 実は顔を歪めた。


 分からない。
 思い出せない。


 彼女たちが、自分にとってどんな存在だったのか。
 ここに、どんな思い出が詰まっているのか。


 あっさりと忘れてしまうような記憶ではないはずだ。
 それなのに、思い出せと自分に命じても、胸の苦しさが増すだけで……


「俺…は……」


 とっさに、その場から一歩退く。




 その時―――ふと、後ろから伸びてきた誰かの手に優しく抱き締められた。




 精霊たちとは違う、自分と同じ大きさの細い腕。
 ふわりと漂う清々しい気が、柔らかく自分を包む。


「会いたかった……」


 予想外のことに固まる実の耳に、感極まった涙声が響く。


「やっと出てきてくれた。」


「イルシュ様だ……」
「イルシュエーレ様。」


「この森の主様。」
「出てきてくれたよ。」


「あの子が帰ってきたからだ。」
「今日はお祝いだね。」


 精霊たちが楽しそうに、そして嬉しそうにささやき合う。


「……イル…シュ?」


 囁かれる名が、記憶の海に波紋を広げる。




 ―――知っている。




 自分は、その名前を呼んでいた。
 ずっと前に、この場所で。


 一生懸命記憶を探っていると、自分を抱き締める手が目をそっと塞いできた。


「さあ、行きましょう。」
「……え?」


 次の瞬間、体が後ろに傾いだ。
 何が起こったのかを理解する前に、冷たい水が全身を包む。


「―――っ!?」


 パニックに陥った体は言うことを聞かず、大量に水を飲んでしまう。
 もがこうにも、後ろからしっかりと抱き締められていて上手くできない。


 視界が、遠くなる。




『イルシュ!』




 薄らぐ意識の中で最後に聞いたのは、幼い自分の声―――……



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