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第2章 水の底
助けた命
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その日は、あまり魔法の練習をしたくなかったのを覚えている。
毎日欠かさず練習をしてきたおかげで、基本的な魔法はある程度制御できるようになっていた。
もちろん、両親には秘密にしてある。
両親の前では、自分はあくまでも無邪気な子供でなくてはならないから。
父は自分の微かな変化に勘付いていたようだけど、何も言ってこないから気にしないことにした。
外で魔法の技術に磨きをかけ、両親の前では子供の演技をする。
あの日は、そんな毎日を繰り返す疲れが気力を削いでいたのかもしれない。
いつものように外に出たものの、やる気が湧いてくるわけもなく。
大きな湖の畔に寝転んで、ただ無為に時間を消費していた。
「はあ……」
疲弊した溜め息と共に、俺は組んだ腕の中に顔を埋めた。
今日は、本当に何もやる気がしない。
特に意味もなく湖に手を入れると、ひんやりとした感触が気持ちよかった。
ここは、つい一週間ほど前に見つけた場所。
とても静かで、誰の気配も感じない。
森にたくさんいるはずの動物たちさえ、ここにはあまり立ち入らないようだ。
家からもそこそこに離れていて、魔法の練習もし放題。
ここにいるのは、かなり気が楽だった。
ガサガサッ
「―――っ!?」
完全に気を抜いてたので、突然茂みが揺れた時、俺は無意識に飛び上がって身構えていた。
自分の真後ろの茂みが、大きく揺れている。
そこから飛び出してきたものに、俺はふっと息を吐いた。
出てきたのは野兎だった。
まだ子供なのか、その体はとても小さい。
兎は俺の存在に気付くと、怯えたようにその場で身を縮めた。
俺はしゃがんで、両手を広げる。
「おいで。」
できるだけ優しく語りかける。
兎は一瞬躊躇した様子を見せたが、すぐに地を蹴った。
あっという間に自分の胸に飛び込んできた兎を、そっと抱き上げてやる。
兎は、ひどく震えていた。
「どうしたの?」
首を捻ったその時、また茂みが揺れる。
「ああ、なるほど……」
そこから出てきた狼の姿を捉え、俺は納得する。
普通ならこんな時、腰を抜かして泣き喚くのが正しい反応なのだろう。
だが、この時にはすでに色々と悟った後だ。
人間じゃないなら大して怖くもないというのが、俺の正直な気持ちだった。
俺は地面に放ってあった包みを開き、そこにあったパンを狼の前に放り投げる。
狼は匂いを嗅いでそれが食べ物であると確認した後、勢いよくそれを食べ始めた。
「ごめんね。ほんとは、こういう自然のことには手を出さない方がいいんだろうけど…。これも、何かの縁だから。」
一度抱き上げた兎を狼に引き渡すなんて、そんな非道なことができるはずもない。
少しだけ不安だったけど、パンを食べ終えた狼は、獰猛な雰囲気をすっかり失くしていた。
俺が手を伸ばすと、お礼でも言うかのように頬をすり寄せてくる。
「ありがとう。」
どうやら、分かってくれたようだ。
だけど、ちょっとだけ申し訳なくなって、俺は意識を森中に広げた。
ずっと遠くを見渡す気分で、どんどん意識を広げていく。
「向こうの方に、大きめの群れがあるみたいだよ。この子を襲うより、ずっとお腹いっぱいになると思う。仲間と一緒に行ってくるといいよ。」
獣の群れがいると思わしき方向を指差して、狼に言ってやる。
狼は頷くようにもう一度頬をすり寄せると、ぱっと踵を返して茂みの中に消えていった。
「大丈夫。もう行ったよ。」
ずっと震えていた兎に言い聞かせながら、優しく背中をなで続ける。
すると、しばらくして兎の震えが止まった。
それを確認して兎を地面に下ろしてやったのだけど、兎は何故か俺の周りから一向に離れなかった。
「どうしたの? もう大丈夫だよ?」
しゃがんでもう一度そう言ってあげても、兎はやはりその場から動かない。
むしろ、俺がしゃがんだ途端にまた膝の上に飛び乗ってきてしまった。
……懐かれてしまったらしい。
「しょうがないなぁ……」
仕方なく、もう一度兎を抱き上げてやった。
「どうしたの? 親とはぐれたの?」
腕の中で心地よさそうに丸くなる兎に、苦笑するしかなかった。
「よかったね、殺されなくて。」
兎をなでながら、ちょっと寂しい気分になる。
もし自分と会わなければ、この兎は狼の餌食になっていただろう。
たまたま助けてくれる人がいたことで、死ぬべき運命から運よく逃れたのだ。
それをよかったと思う一方で、自分には殺されそうになっても助けてくれる人がいるのかと思うと、なんとも言えない気分になってしまう。
きっと、自分には救いの手なんか差し伸べられない。
自分に伸ばされる手は、もれなく自分の首を絞めてくるだろう。
世界の平和という、大義名分の下に。
「俺……いつ殺されんのかな…?」
ぽつりと零れた呟きは、すぐに空気に溶けて消えた。
くすくすくす……
小さな笑い声が聞こえたのは、ちょうどその時のことだった。
毎日欠かさず練習をしてきたおかげで、基本的な魔法はある程度制御できるようになっていた。
もちろん、両親には秘密にしてある。
両親の前では、自分はあくまでも無邪気な子供でなくてはならないから。
父は自分の微かな変化に勘付いていたようだけど、何も言ってこないから気にしないことにした。
外で魔法の技術に磨きをかけ、両親の前では子供の演技をする。
あの日は、そんな毎日を繰り返す疲れが気力を削いでいたのかもしれない。
いつものように外に出たものの、やる気が湧いてくるわけもなく。
大きな湖の畔に寝転んで、ただ無為に時間を消費していた。
「はあ……」
疲弊した溜め息と共に、俺は組んだ腕の中に顔を埋めた。
今日は、本当に何もやる気がしない。
特に意味もなく湖に手を入れると、ひんやりとした感触が気持ちよかった。
ここは、つい一週間ほど前に見つけた場所。
とても静かで、誰の気配も感じない。
森にたくさんいるはずの動物たちさえ、ここにはあまり立ち入らないようだ。
家からもそこそこに離れていて、魔法の練習もし放題。
ここにいるのは、かなり気が楽だった。
ガサガサッ
「―――っ!?」
完全に気を抜いてたので、突然茂みが揺れた時、俺は無意識に飛び上がって身構えていた。
自分の真後ろの茂みが、大きく揺れている。
そこから飛び出してきたものに、俺はふっと息を吐いた。
出てきたのは野兎だった。
まだ子供なのか、その体はとても小さい。
兎は俺の存在に気付くと、怯えたようにその場で身を縮めた。
俺はしゃがんで、両手を広げる。
「おいで。」
できるだけ優しく語りかける。
兎は一瞬躊躇した様子を見せたが、すぐに地を蹴った。
あっという間に自分の胸に飛び込んできた兎を、そっと抱き上げてやる。
兎は、ひどく震えていた。
「どうしたの?」
首を捻ったその時、また茂みが揺れる。
「ああ、なるほど……」
そこから出てきた狼の姿を捉え、俺は納得する。
普通ならこんな時、腰を抜かして泣き喚くのが正しい反応なのだろう。
だが、この時にはすでに色々と悟った後だ。
人間じゃないなら大して怖くもないというのが、俺の正直な気持ちだった。
俺は地面に放ってあった包みを開き、そこにあったパンを狼の前に放り投げる。
狼は匂いを嗅いでそれが食べ物であると確認した後、勢いよくそれを食べ始めた。
「ごめんね。ほんとは、こういう自然のことには手を出さない方がいいんだろうけど…。これも、何かの縁だから。」
一度抱き上げた兎を狼に引き渡すなんて、そんな非道なことができるはずもない。
少しだけ不安だったけど、パンを食べ終えた狼は、獰猛な雰囲気をすっかり失くしていた。
俺が手を伸ばすと、お礼でも言うかのように頬をすり寄せてくる。
「ありがとう。」
どうやら、分かってくれたようだ。
だけど、ちょっとだけ申し訳なくなって、俺は意識を森中に広げた。
ずっと遠くを見渡す気分で、どんどん意識を広げていく。
「向こうの方に、大きめの群れがあるみたいだよ。この子を襲うより、ずっとお腹いっぱいになると思う。仲間と一緒に行ってくるといいよ。」
獣の群れがいると思わしき方向を指差して、狼に言ってやる。
狼は頷くようにもう一度頬をすり寄せると、ぱっと踵を返して茂みの中に消えていった。
「大丈夫。もう行ったよ。」
ずっと震えていた兎に言い聞かせながら、優しく背中をなで続ける。
すると、しばらくして兎の震えが止まった。
それを確認して兎を地面に下ろしてやったのだけど、兎は何故か俺の周りから一向に離れなかった。
「どうしたの? もう大丈夫だよ?」
しゃがんでもう一度そう言ってあげても、兎はやはりその場から動かない。
むしろ、俺がしゃがんだ途端にまた膝の上に飛び乗ってきてしまった。
……懐かれてしまったらしい。
「しょうがないなぁ……」
仕方なく、もう一度兎を抱き上げてやった。
「どうしたの? 親とはぐれたの?」
腕の中で心地よさそうに丸くなる兎に、苦笑するしかなかった。
「よかったね、殺されなくて。」
兎をなでながら、ちょっと寂しい気分になる。
もし自分と会わなければ、この兎は狼の餌食になっていただろう。
たまたま助けてくれる人がいたことで、死ぬべき運命から運よく逃れたのだ。
それをよかったと思う一方で、自分には殺されそうになっても助けてくれる人がいるのかと思うと、なんとも言えない気分になってしまう。
きっと、自分には救いの手なんか差し伸べられない。
自分に伸ばされる手は、もれなく自分の首を絞めてくるだろう。
世界の平和という、大義名分の下に。
「俺……いつ殺されんのかな…?」
ぽつりと零れた呟きは、すぐに空気に溶けて消えた。
くすくすくす……
小さな笑い声が聞こえたのは、ちょうどその時のことだった。
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