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第3章 人の咎
どうして、彼女たちは……
しおりを挟むコト…
手からペンが転がる音がして、実はふと目を開けた。
辺りは暗い。
机に置かれた小さなランプが、仄かなオレンジ色の明かりで自分の周囲だけをぼんやりと照らしている。
「あれ…? いつの間に……」
一つ欠伸をしながら目元をこすって、目尻に滲んだ涙を拭う。
暇を持て余して、少し勉強でもしようかと机に向かっていたはずだ。
その最中に色々と考え事をしていて、気付けば今だった。
「……実?」
足元で、何かが動いた。
下を見ると、シャールルが顔を上げてこちらを見ている。
寝ぼけたように細められている目を見る限り、シャールルも一緒になって眠っていたのだろう。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「ううん。元々、実が起きたら起きるつもりだったから大丈夫だよ。」
大きく伸びをして、シャールルは体を震わせる。
「大丈夫?」
「え?」
唐突に問われて、実は虚を突かれたように動きを止めた。
「何が?」
訊くと、予想もしない言葉が返ってきた。
「うなされてたよ。悪い夢でも見たの?」
「え? うなされてた? ……俺が?」
問うと、シャールルは一つ頷く。
その反応を受けて、実は口元に手をやって考え込んだ。
「いや…。昔の夢は見たけど……悪い夢は、見なかったと思う。」
記憶を手繰るが、あまりよく思い出せない。
「でも……なんか、すごいのを見たな。」
脳裏に浮かぶのは、鎖に巻かれた本が大量にあった異様な光景。
だが、あれがうなされてた原因になるかと言えば、それは違う気がする。
「まあ大丈夫だよ。覚えてないなら、大した問題じゃないって。」
「実がそう言うならいいんだけどさ。」
シャールルは地を蹴った。
その跳躍で、一気に机の上に乗ってくる。
「………ねえ、シャールル。」
名前を呼ぶと、シャールルは微かに首を傾げてこちらを見上げてきた。
「シャールルは、人間が嫌い?」
思わず、そう訊ねてしまった。
「うん、嫌い。」
返ってきた答えには、あまりにも迷いがない。
シャールルは憤然とした口調で続ける。
「だってあいつら、実にひどいことするんだ。実を傷つける奴らなんか、僕は嫌いだよ。」
「ひどいこと……か……」
実は机の上で腕を組み、顔を伏せた。
次に目から上だけを腕の中から出して、ふうと息をつく。
「そうだよね……人間なんか信じちゃいけないって、そう思ってたんだもんね。でも……なんで、イルシュたちまでこんなに俺を守ってくれるんだろ…?」
自分を守ると決めたのだと、イルシュエーレはそう言っていた。
きっとそれは、精霊たちやシャールルの総意でもあるのだろう。
その前提があるのなら、皆が自分をここから出したくない理由もなんとなく分かる。
ここは人間が来られない場所。
ここにいる限り、自分の安全は事実上確保される。
―――でも、何故なのだろう…?
彼女たちは何故、ここまでして自分を守ろうとしてくれるのだろうか。
ただでさえ人間嫌いなイルシュエーレや彼女に従う精霊たちが、唯一自分を特別視する理由はどこにあるのだろう。
何か、きっかけがあるはずだ。
彼女たちに、人間である自分を守ると決意させるだけの出来事が。
「だめだ……思い出せない……ねむ……」
思い出せないもどかしさが、先ほどから急激に襲ってきた睡魔に掻き消されてしまう。
「実……眠いの?」
シャールルが頬に鼻を寄せてくる。
実は、ほぼ無意識でシャールルの背をなでた。
「うん…。疲れてるのかな? なんか、すごく……眠いや……」
ベッドに移動する気にもならない。
シャールルの問いに答えながら、実は深い眠りに引きずり込まれてしまった。
規則正しい寝息を立て始めた実を、シャールルはじっと見つめる。
「まだ……あの事は思い出していないんだね。」
少し寂しそうに呟いてから、シャールルは実の傍で丸くなった。
それからしばらく。
シャールルの耳が、ふいに何かに反応して立った。
シャールルが顔を上げるのと同時に、イルシュエーレが部屋に入ってくる。
「イルシュエーレ様……」
シャールルが体を起こそうとすると、イルシュエーレは静かに人差し指を口元に当てた。
「そのままでいいわ。」
シャールルを制して、イルシュエーレはベッドに向かう。
そこから毛布を取ると、それをそっと実の肩にかけた。
深い呼吸をする実は、身動ぎ一つしない。
イルシュエーレは、透き通るように淡い色合いをした実の髪をなでる。
母親のような優しい手つきで、何度も。
しかし、その表情は暗い。
「大丈夫。」
腰をかがめたイルシュエーレは、眠る実のこめかみに唇を触れた。
「私が、あなたを守るから。」
とても静かなその声には、強い決意がこもっていた。
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