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第4章 居場所
気付いてしまった事実
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思い切り地を蹴って、水の中に飛び込む。
冷たい水が瞬く間に身を包んで、その冷たさが心の奥にまで染み込んでいくようだった。
「実、どうしたの!?」
慌てて後を追いかけてきたシャールルと精霊が問いかけてくる。
イルシュエーレの日記を読んだ後、自分は逃げるように部屋から出た。
それからとにかく走って、体を突き動かしてくる衝動のまま水に飛び込んだのだ。
「ごめん……一気に色々と思い出したから、少し混乱してる。」
実は頭を抱える。
どうして、こんなにも大事なことを忘れていたのだろう。
自分の価値観は、ほぼあの時に完成したと言ってもいい。
〝人間なんか、信じなければよかった。〟
きっと大丈夫だと。
そう信じて手を伸ばしたのが間違いだった。
後悔して、後悔して、信じることをやめた。
―――だって、もう傷つきたくないもの……
「ああ…」
実は顔を覆う。
どうして、自分がこんなにも人間を頑なに拒みたかったのか。
今さらながらに、それを痛感する。
本当は、ずっと誰かと触れ合ってみたかったのだ。
自分が殺される存在だと分かっていても、本当は信じていたかった。
自分がよく知る人間は、惜しみない愛情をくれる両親だけだった。
だから、余計に信じたかった。
まるでそれは、だめだと言われたことにほど惹かれるのに似ている。
いつからあったのか分からない、人間を信じてはいけないという気持ち。
その気持ちが高まることに比例して、人間に触れてみたい気持ちも高まった。
怖いし、不安もあった。
それでも、人間に対抗する術を学ぶ自分の影に、人間に期待する自分も確かにいたのだ。
信じたかった。
でも、手を伸ばして痛い目を見た。
あの時、いつの間にか自分の中にあった強迫観念みたいな思いが正しいのだと知った。
そして、そう知ってしまったことが悲しかった。
それまでは、人間が怖いから近付かないようにしていたんだと思っていた。
でも、本当に怖かったのは人間そのものじゃなく、人間に傷つけられることで、自分の存在がどんなものかを思い知ってしまうことだったのだ。
あの時に〝彼のためではない〟と自分に言い聞かせながらも迷い込んだ彼を助けたのは、人間に触れてみたかった自分の精一杯の勇気だった。
けれど、その勇気と引き換えに負った傷は、自分でもびっくりするくらい深くて―――
「………っ」
実は目をきつく閉じる。
記憶の奔流が止まらない。
初めて殺されかけたあの日。
それから目を覚ました自分は、とてもまともな精神状態ではいられなかった。
自分を心配して手を伸ばしてくる両親の姿が、自分を殺そうとしてきた男性と被ってしまって……
一瞬でパニックになって両親の手から逃げて、ベッドの隅で縮こまった。
この人たちは父さんと母さんで、あの人じゃない。
そう思うのにどうしても怖くて、触れられることはおろか、傍に近寄られることさえ耐えられなかった。
ずっと毛布にくるまって震えて、あのことを思い出しては狂ったように泣いて、シャールルや精霊たちが近くにいてくれないと、食事を取ることも眠ることもできなかった。
悲しくて、つらくて、現実を受け入れたくなくて。
そんな恐怖が限界を超えた時―――自分の世界は、べったりと黒く塗り潰されてしまった。
もういい。
期待なんかしない。
これ以上傷つくくらいなら、人間なんかいっそ嫌いになってしまえ。
このまま大人しく殺されるくらいなら、自分の手を先に汚してしまえばいい。
感情なんか、何もかも全部捨ててしまって。
金輪際―――人間なんか信じない。
そんな気持ちは、瞬く間に自分の意識を占領していった。
そう思い込むことでしか、自分の心を支えられなかった。
今になって考えると、そういう道を選び取ったのは、あの時の自分には〝つらいから死のう〟という考えがまるでなかったのが大きいだろう。
幼い自分は当然のように生きようとしていて、生きようとしていたからこそ、生きるために自分の心を守る必要があった。
そのためには、これ以上の希望なんて望むわけにはいかなかったのだ。
そんな風に自分の意識を変えることで、自分は表面上の平静を取り戻した。
あれから何度も襲われそうになったことはあったが、そんな状況に直面しても感情はあまり揺れなくなった。
でも、心の奥底では人間に対する希望を完全に拭い去れなくて、父の提案を受け入れて地球へ逃げたりして、結局は大切に思った人を巻き込んで、どんどん傷ついて。
そうやって、自分の中にある人間への嫌悪や拒絶は強固になっていったのだ。
いっそ、全てを忘れたいと思うほどに。
「はは……そっか……」
実は泣きそうな顔で微笑む。
嵐のような感情が過ぎ去った後には、不思議と穏やかな気持ちが心を占めていた。
「最初から……俺は俺のままだったんだ……」
これまでずっと、自分のどこかに穴が空いてしまった気分だった。
桜理の一件から、自分がどっちなのか分からずにずっともやもやとしていた。
けれど、次々に思い出される記憶が告げる。
―――同じなんだと。
人を完璧に拒絶した自分。
人を信じて受け入れた自分。
全くの正反対だと思っていたかった二人の自分は、結局同じ自分。
人を信じたかったのに裏切られ続け、自衛のために人を拒絶した自分も。
周りに当然のように受け入れられて、人を信じることに疑問すら抱かなかった自分も。
積み上げてきた経験は違えど、どこにそれ以上の差があるだろう。
人を拒絶した自分も、きっかけがあれば人を信じられたかもしれない。
人を受け入れた自分だって、何かがあれば人を拒むことになったかもしれない。
きっと、幼い自分の姿をした彼はそれをずっと知っていたのだ。
だから、彼は今の自分にほとんど干渉してこなかった。
本当は自分もああなりたかったと、心の奥底ではそう思っていたから。
そして願った。
たとえ、埋めた過去の上に存在する、薄氷のような幸せだったとしてもいい。
できることなら、このままで……
今まで幸せだった自分が―――どうかこのまま、幸せであれるようにと。
「もう……どうすればいいんだよ……」
実は奥歯を噛み締める。
どうすればいい。
胸の奥底から湧き上がってくるこの絶望を、どこに吐き出せばいいというのだろう。
果たして、生き残ったのはどちらの自分なのか。
どうにかして、その問いに答えを見出だそうとしてきた。
なのに、現実はこんなにも残酷だ。
気付いてしまった。
魔力を封印する前と後で、自分の根本は何も変わっていなかったんだということに。
ならば―――どうして、この恐怖に打ち勝つことができるだろう。
脳裏に弾ける映像。
気が狂いそうな赤い世界。
あれが、自分がいずれ向かう場所なのだとしたら……
自分はきっと、自分の中の何かに飲み込まれてあの場所に行くんじゃない。
紛れもない自分の意志で、あの場所に行くのだろう。
そんなはずない。
そんなことになってたまるか。
頭では、そう思うのに……
「………怖い……」
心は、切ないほどに悲鳴をあげていた。
冷たい水が瞬く間に身を包んで、その冷たさが心の奥にまで染み込んでいくようだった。
「実、どうしたの!?」
慌てて後を追いかけてきたシャールルと精霊が問いかけてくる。
イルシュエーレの日記を読んだ後、自分は逃げるように部屋から出た。
それからとにかく走って、体を突き動かしてくる衝動のまま水に飛び込んだのだ。
「ごめん……一気に色々と思い出したから、少し混乱してる。」
実は頭を抱える。
どうして、こんなにも大事なことを忘れていたのだろう。
自分の価値観は、ほぼあの時に完成したと言ってもいい。
〝人間なんか、信じなければよかった。〟
きっと大丈夫だと。
そう信じて手を伸ばしたのが間違いだった。
後悔して、後悔して、信じることをやめた。
―――だって、もう傷つきたくないもの……
「ああ…」
実は顔を覆う。
どうして、自分がこんなにも人間を頑なに拒みたかったのか。
今さらながらに、それを痛感する。
本当は、ずっと誰かと触れ合ってみたかったのだ。
自分が殺される存在だと分かっていても、本当は信じていたかった。
自分がよく知る人間は、惜しみない愛情をくれる両親だけだった。
だから、余計に信じたかった。
まるでそれは、だめだと言われたことにほど惹かれるのに似ている。
いつからあったのか分からない、人間を信じてはいけないという気持ち。
その気持ちが高まることに比例して、人間に触れてみたい気持ちも高まった。
怖いし、不安もあった。
それでも、人間に対抗する術を学ぶ自分の影に、人間に期待する自分も確かにいたのだ。
信じたかった。
でも、手を伸ばして痛い目を見た。
あの時、いつの間にか自分の中にあった強迫観念みたいな思いが正しいのだと知った。
そして、そう知ってしまったことが悲しかった。
それまでは、人間が怖いから近付かないようにしていたんだと思っていた。
でも、本当に怖かったのは人間そのものじゃなく、人間に傷つけられることで、自分の存在がどんなものかを思い知ってしまうことだったのだ。
あの時に〝彼のためではない〟と自分に言い聞かせながらも迷い込んだ彼を助けたのは、人間に触れてみたかった自分の精一杯の勇気だった。
けれど、その勇気と引き換えに負った傷は、自分でもびっくりするくらい深くて―――
「………っ」
実は目をきつく閉じる。
記憶の奔流が止まらない。
初めて殺されかけたあの日。
それから目を覚ました自分は、とてもまともな精神状態ではいられなかった。
自分を心配して手を伸ばしてくる両親の姿が、自分を殺そうとしてきた男性と被ってしまって……
一瞬でパニックになって両親の手から逃げて、ベッドの隅で縮こまった。
この人たちは父さんと母さんで、あの人じゃない。
そう思うのにどうしても怖くて、触れられることはおろか、傍に近寄られることさえ耐えられなかった。
ずっと毛布にくるまって震えて、あのことを思い出しては狂ったように泣いて、シャールルや精霊たちが近くにいてくれないと、食事を取ることも眠ることもできなかった。
悲しくて、つらくて、現実を受け入れたくなくて。
そんな恐怖が限界を超えた時―――自分の世界は、べったりと黒く塗り潰されてしまった。
もういい。
期待なんかしない。
これ以上傷つくくらいなら、人間なんかいっそ嫌いになってしまえ。
このまま大人しく殺されるくらいなら、自分の手を先に汚してしまえばいい。
感情なんか、何もかも全部捨ててしまって。
金輪際―――人間なんか信じない。
そんな気持ちは、瞬く間に自分の意識を占領していった。
そう思い込むことでしか、自分の心を支えられなかった。
今になって考えると、そういう道を選び取ったのは、あの時の自分には〝つらいから死のう〟という考えがまるでなかったのが大きいだろう。
幼い自分は当然のように生きようとしていて、生きようとしていたからこそ、生きるために自分の心を守る必要があった。
そのためには、これ以上の希望なんて望むわけにはいかなかったのだ。
そんな風に自分の意識を変えることで、自分は表面上の平静を取り戻した。
あれから何度も襲われそうになったことはあったが、そんな状況に直面しても感情はあまり揺れなくなった。
でも、心の奥底では人間に対する希望を完全に拭い去れなくて、父の提案を受け入れて地球へ逃げたりして、結局は大切に思った人を巻き込んで、どんどん傷ついて。
そうやって、自分の中にある人間への嫌悪や拒絶は強固になっていったのだ。
いっそ、全てを忘れたいと思うほどに。
「はは……そっか……」
実は泣きそうな顔で微笑む。
嵐のような感情が過ぎ去った後には、不思議と穏やかな気持ちが心を占めていた。
「最初から……俺は俺のままだったんだ……」
これまでずっと、自分のどこかに穴が空いてしまった気分だった。
桜理の一件から、自分がどっちなのか分からずにずっともやもやとしていた。
けれど、次々に思い出される記憶が告げる。
―――同じなんだと。
人を完璧に拒絶した自分。
人を信じて受け入れた自分。
全くの正反対だと思っていたかった二人の自分は、結局同じ自分。
人を信じたかったのに裏切られ続け、自衛のために人を拒絶した自分も。
周りに当然のように受け入れられて、人を信じることに疑問すら抱かなかった自分も。
積み上げてきた経験は違えど、どこにそれ以上の差があるだろう。
人を拒絶した自分も、きっかけがあれば人を信じられたかもしれない。
人を受け入れた自分だって、何かがあれば人を拒むことになったかもしれない。
きっと、幼い自分の姿をした彼はそれをずっと知っていたのだ。
だから、彼は今の自分にほとんど干渉してこなかった。
本当は自分もああなりたかったと、心の奥底ではそう思っていたから。
そして願った。
たとえ、埋めた過去の上に存在する、薄氷のような幸せだったとしてもいい。
できることなら、このままで……
今まで幸せだった自分が―――どうかこのまま、幸せであれるようにと。
「もう……どうすればいいんだよ……」
実は奥歯を噛み締める。
どうすればいい。
胸の奥底から湧き上がってくるこの絶望を、どこに吐き出せばいいというのだろう。
果たして、生き残ったのはどちらの自分なのか。
どうにかして、その問いに答えを見出だそうとしてきた。
なのに、現実はこんなにも残酷だ。
気付いてしまった。
魔力を封印する前と後で、自分の根本は何も変わっていなかったんだということに。
ならば―――どうして、この恐怖に打ち勝つことができるだろう。
脳裏に弾ける映像。
気が狂いそうな赤い世界。
あれが、自分がいずれ向かう場所なのだとしたら……
自分はきっと、自分の中の何かに飲み込まれてあの場所に行くんじゃない。
紛れもない自分の意志で、あの場所に行くのだろう。
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