世界の十字路

時雨青葉

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第4章 その魂の色

風の暴走

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 きょろきょろと辺りを見回し、上の方を見上げる実。


「……なんか変だ。」


 呟く。


「実、話を変えようとしてもだめだぞ。」
「違うって。」


 実は、固い表情でイリヤをさえぎった。


 険しく尖る実の雰囲気に、イリヤもこれが冗談ではないと分かったらしく、彼はげんそうな表情を浮かべて実を見やる。


「……ハエル、どう思う?」


 実に問われ、実と同じように天井を見上げていたハエルは、しっをパタリと振った。


「確かに、上の空気が変ですね。妙な方向に力が流れています。」
「だよね……」


 思案げに眉根を寄せる実。
 思い当たる節が、一つだけあった。


「ユエの様子を見てくる。」


 言うや否や、実はきびすを返す。


 口を真一文字に引き結んだ表情は冷静に見えるものの、その歩みには微かな焦りが表れていた。


「原因は、あの子だと考えているのですか?」


 追いかけてきたハエルが問う。
 こちらの様子が気になったのか、後ろにエーリリテとイリヤもついてきていた。


「多分ね。」


 実は、緊張感が混じる声で答えた。


「ユエの周りの空気がおかしいのは、ハエルも分かってたでしょ。正直、いつ何が起こってもおかしくないとは思ってたんだ。」


 そうやって歩いている間にも、嫌な空気が濃密になっていく。
 ユエの部屋の前まで辿り着き、そのままノックもせずにドアノブを押した。


 しかし、予想に反して、返ってきたのは何かに引っ掛かる固い手応え。
 鍵がかかっているようだ。


「ユエ!?」


 乱暴にドアを叩き、中に呼びかける。
 すると―――


「来ちゃだめーっ!!」


 部屋の内側から、ユエが叫んだ。
 それと同時に、激しい地響きが屋敷中を襲う。


「きゃっ…」


 よろけたエーリリテたちが、小さく声をあげる。


 その直後、固く閉じられた扉の向こうから、ガラスが割れたり家具が壁に叩きつけられたりする轟音ごうおんが連発した。


「いやーっ!!」


 ユエが叫ぶと、部屋の中の嵐がさらに激しくなる。


「まずいですよ。精霊の力が暴走しています!」
「分かってる!!」


 ハエルに怒鳴るように返して、実は左手首に触れて素早く指を動かす。


「ユエ、勝手に入るぞ!」


 左手首から腕輪が落ちる。
 魔力が解放された瞬間に魔法で鍵を開け、実は部屋に飛び込んだ。


「―――っ!!」


 吹き荒れる風の中、直感的に危険を感じて頭を下げる。
 すると、数拍もしない内に木の破片が頭上を通過して壁に激突した。


「ひっ…」


 ユエが顔を青くする。


 部屋の中では風が激しく暴れていて、部屋中の物を縦横無尽に吹き飛ばしていた。


 ただ、その風は決してユエに危害を与えない。
 それが、この風の原因がユエにあることを物語っていた。


「ユエ、とにかく落ち着いて! 風を止めるんだ。俺もみんなも大丈夫だから!」


 上手く近付けないので、実はその場から呼びかける。
 しかし、ユエはぶんぶんと首を振った。


「だめ…っ。止められないよぉ!」
「大きく深呼吸して。それで強く念じれば……つっ!」


 その時、唐突に飛んできたガラスが実の肩をかすった。
 顔を歪める実の肩からみるみるうちに血があふれ、シャツを赤く染めていく。


「―――っ!!」


 ユエの目が、零れそうなほどに開かれる。


 ―――ゴォッ


 風の威力が、格段に上がる。


 実は一つ舌打ちをすると、右手をひらめかせた。
 瞬く間に実の前に壁状の結界が張られ、実より後ろに静寂が戻る。


 これで、エーリリテたちへの被害は心配いらない。
 しかし―――


「まずいな……」


 実は目元を険しくさせて、ユエの方を睨んだ。


 頭を抱えて、深くうつむいているユエ。
 何かをぶつぶつと呟いている彼女には、こちらの呼びかけはもう届きそうにない。


 こちらに危害を加えてしまったことが、よほどショックだったのだろう。
 そのせいで、風を止める理性も失ってしまったようだ。


 風はユエの動揺に影響されて強くなったまま、収まる気配を全く見せない。


「………っ。この方法だけは、使いたくないんだけど……」


 本来なら、この現象を引き起こしているユエ自身が風をコントロールするのが一番穏便な方法。


 だが、今のユエにそんな余裕はない。


 ……致し方ない。


 実は一度目を閉じて、冷静に決断を下す。




 ユエが風を支配できないなら―――支配権を乗っ取るしかない。




 実は大きく右手を掲げた。


「分からせてやるよ。どっちに従うべきか。」


 挑発的にそう零した実の口が、にやりと吊り上がった。


 次の瞬間、実の全身から大量の魔力が噴き出した。
 爆発的な勢いで広がる魔力は、あっという間に部屋中を満たしていく。


 すると、風が実に狙いを定めた。


 ガラスや家具の破片が実に集中して飛んでいくが、それは結界にはばまれて実にまでは届かない。


「ユエの力を食い潰す気か…っ」


 苛つきをにじませた実から、さらに強力な魔力が炸裂した。


 悠長に精霊魔法の呪文を使って語りかける暇もない以上、ここは魔力どうしの力勝負で押し勝つしかない。


 風の勢いを遥かにしのぐ勢いで、部屋中を自分の力で満たす。


 それと同時に、ユエの周りにも特殊な結界を展開。
 そうすることで、ユエと風との繋がりを完全に遮断する。


 せつ、従うあるじを失った風が狼狽うろたえたように勢力を落とした。


 実はその隙をのがさず、放っていた魔力の威力を一気に上げる。
 すると、風の勢いが格段に弱まった。


 掴んだのは、風が自分の支配下に入った確かな感覚。


「もういいよ。ユエなら大丈夫だから。」


 告げると、風が嘘のように穏やかになった。


 飛んでいた家具はゆっくりと床に落ち、最後に優しいそよ風が窓の外へ吹き抜けていく。


「………っ」


 実は、がくりとその場に膝をついた。


 この短時間で、一気に魔力を使いすぎたようだ。
 暴走していたから仕方ないけれど、精霊との力比べなんてするもんじゃない。


 呼吸を整える実の向こうで、頭を下げていたユエが床に倒れる。
 実は額の汗を拭い、一つ溜め息をついた。


 こうなるから、この手段はあまり使いたくなかったのだ。


 力の支配権を奪うと、その過程でそれまでの支配者の魔力も大量に奪い取ってしまう。
 下手すれば、相手を昏倒させてしまうほどに。


 力なく床に倒れたユエだったが、意外にも彼女はすぐに体を起こした。


 しかし、さすがに立ち上がることはできないらしく、ユエは座ったまま疲れたように肩を落としている。


 そんなユエに、実はゆっくりと近付いた。


「ユエ。」


 ささやくように名を呼ぶ。
 すると、ユエの肩がびくりと震えた。


「……めん…さい…っ」


 すすり泣く声に混じる言葉。


 実は手を伸ばすと、ユエの頭を優しくなでた。
 それで、ユエがゆっくりと顔を上げる。


 目に涙を溜めた怯えがちなユエに、実は表情をなごませる。


「怪我はないね? 無事でよかった。」


 この後〝大丈夫だから〟と言って安心させるつもりだったのだが、ユエにとっては今の言葉で十分だったのかもしれない。


「―――っ」


 瞬く間に、その双眸から涙があふれる。
 一気に顔を歪めたユエは、実の首にしがみつくようにして抱きついた。


「うわああああんっ!!」


 大声をあげて泣き出したユエの背中を、実は何も言わずになで続けた。

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