世界の十字路

時雨青葉

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第5章 迎え

鈴の音

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 ユエは息を弾ませて走る。


「おお、ユエちゃん。お出かけかい?」
「うん。」


「一人で大丈夫なの?」
「大丈夫!」


 色んな人が声をかけてくる。
 その言葉の一つ一つに答えながら、ユエは公園への道を息を弾ませて進む。


 ここの人たちは、本当に優しくていい人たちだ。
 こうして走る自分のことを、笑顔で見送ってくれる。


 怖がる必要なんかない。
 ここでは、自分の好きなように自分を表現していいのだ。




 ―――――リンッ




 ふいに、小さな鈴の音が聞こえた。


 気に留めるには足らない、微かな音。
 しかし、その音は確かにユエを捕らえて、彼女の足をその場に縫い止めた。


 ユエは、ゆっくりと振り返る。


 大通りには多くの店が立ち並んで、大勢の人々がにぎわっている。
 知っている顔の人も知らない顔の人も、皆それぞれの行動をしていた。


 その中に一人、自分の目を釘付けにする人物がいた。


 一見してどこにでもいる普通の男性に見える彼は、店の壁に寄りかかってこちらをじっと見つめている。


 彼はこちらと目が合うと、静かに壁から身を離した。


 だらり、と。
 その腕が下がる。


 ―――――リンッ


 鈴蘭をモチーフにしたようなデザインの、小さい鈴。
 それが三つ並んだ、赤いひものブレスレッド。


 彼の手首で、それが揺れる。


「―――っ!!」


 それを見たユエの表情が、明らかに強張った。


 急激に遠ざかる現実感。
 何もない世界に、自分と男性だけが隔離されたような錯覚。
 周囲の音が遮断された世界で重く響く、自分の鼓動と呼吸の音。


 男性の口が、微かに動いた。




 ―――――〝見つけた〟




 音にはならない言葉で言う彼の口元が、不気味に吊り上がる。


「―――っ」


 そこまでが限界だった。
 ユエは男性から背を向けて、前だけを見て必死に走る。


 背後に感じるのは、濃密な男性の気配。
 必死に走る胸の内から、恐怖が滾々こんこんとあふれてくる。


 ―――ザワ…


 自分の動揺につられて、周りの空気がざわめく。
 それにいち早く気付いたユエは、胸に両手を置いて大きく呼吸を繰り返した。


 落ち着いて、深呼吸を繰り返すこと。
 風が暴れないように、自分と周りに言い聞かせること。


 実に教わったことを、一生懸命実行する。
 しかし、男性から逃げて走っている状態では、いまいち上手くできない。


「おーい。ユエちゃーん。」


 見えてきた公園で、パステルが手を振っている。


「お姉ちゃん!!」


 ユエは必死に走って、勢いよくパステルの胸に飛び込んだ。


「わあっ!? どうしたの?」


 パステルが、びっくりしたように目をしばたたかせる。


 自分の身を包む温かさに完全に気が抜けたユエは、パステルの胸の中で大きく震え出してしまう。


「おい、どうしたんだ?」


 アレンが首を傾げながら、ライヤたちを引き連れてやってくる。


「分からないの。でも、何か怖いことがあったみたい。」


 突然のことにおろおろとしつつも、パステルはそっとユエの頭をなでる。


「おい、大丈夫か? 何があったんだよ?」


 アレンも気遣わしげにユエへと問いかける。


「大丈夫?」


 ライヤやネネも、心配そうな表情でユエを覗き込んでいた。
 しかし、恐怖で頭がいっぱいのユエは、声を出すこともできずに震えるばかり。


 皆が困惑するなか、公園にあの男性が辿り着いた。


「……誰、あれ。」


 いち早く気付いたのはテリーだ。


「!!」


 男性を見たユエが一際大きく震え、パステルの服をぎゅっと掴む。


「ユエちゃん……あの人が怖いの?」


 そんなパステルの言葉で、アレンたちの男性を見る目つきがガラリと変わった。


「おい! お前、ユエに何したんだよ!」


 アレンが男性を睨んで問う。
 男性はそれには答えず、ただこう言った。


「その子供を寄越せ。」


 その言葉に、ユエがさらに震える。


 もしかしたら、自分はこのまま男性に引き渡されるのかもしれない。
 そう思った。


 しかし―――


「嫌よ! ユエちゃんが怖がってるでしょ!!」


 パステルがユエをかばうように抱き締める。
 その行動に、ユエは思わず目を丸くした。


「おい、ライヤ。実を呼んでこい。」
「うん!」


 アレンがライヤに言うと、ライヤはその俊足であっという間に公園から消えていく。
 ユエは驚いて周りを見回した。


 パステルもアレンも、ネネもテリーも、自分を守るように囲んで男性を睨んでいる。
 みんな、自分を守るために団結している。


「………」


 胸に、言葉では言い表せない感情のかたまりがせり上がってくるようだった。


 今まで、こうやって自分を守ってくれる人なんかいなかった。
 風邪を引いても怪我をしても、いつも放っておかれた。
 それが普通だと思っていた。


 なのに、パステルたちはこうやって自分をかばってくれる。
 それがとても驚きで、そしてとても嬉しかった。


「みんな……ありがと。」


 小さく言うと、パステルが優しく笑ってくれた。
 他のみんなも、笑ってこっちを見ている。


「当たり前だろ。」


 最後に、アレンがそう言った。


「……くそガキどもが。」


 男性が険しい雰囲気を漂わせ、コートの内側に手を入れた。
 そこから現れたのは、折りたたみ式のナイフ。


 ナイフを構えた男性を見て、ユエたちの表情から血の気が引いていく。
 それでも、パステルはユエを離すまいと腕に力を込めた。
 ユエもパステルの腕にしがみついて、思い切り目を閉じる。




(―――実っ!!)



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