世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
554 / 714
第5章 迎え

ユエと彼の共通点

しおりを挟む
 武器を持った大人に、何も持たない子供ができることなどほとんどない。


 ライヤを送り出してから数分。


 アレンたちは、ナイフを片手ににじり寄ってくる男性から一定距離を保って、公園の中をぐるぐると回っている状態だった。


 アレンたちの表情には明らかな怯えが浮かんでいるが、彼らは決してユエを離そうとはしない。


「………」


 パステルの震えをじかに感じつつ、ユエは皆と同じように男性を見る。


 もう、どのくらい膠着こうちゃく状態が続いているのだろう。


 アレンたちにも限界が見え隠れするし、男性の方にも苛立ちが増しているように見えた。


「―――パステル。」


 ふいに、アレンが口を開いた。


「な、何…?」


 不安げに答えるパステルを、アレンはちらりと見る。


「俺があいつの気を引きつけるから、その間にユエたちを連れて逃げろ。」
「えっ!?」


 パステルを始め、ユエたちも目を見開く。
 だが、アレンが冗談でそんなことを言ったわけじゃないのは、疑うまでもなかった。


「俺らだけじゃ、どうしようもない。とにかく叫んで、大人を呼んできてくれ。それまで、俺もなんとか逃げるから。」


 アレンは歯を噛み締める。
 その様子からは、相当な覚悟が見て取れた。


 アレンの足が、宣言どおりの行動に移ろうと一歩前に出る。


「だめ!」


 気付けば、ユエはパステルの胸を飛び出してアレンに抱きついていた。
 進もうとしたアレンを引き止めるように、自分の体をその場に固定する。


 断言できた。
 このままアレンを行かせたら、アレンはひどい目に遭ってしまう。


「……ありがとう。」


 礼を述べた次の瞬間、ユエはアレンの代わりに男性に向かって走った。


「ユエ!!」
「ユエちゃん!!」


 皆が慌てたようにユエの名を呼ぶが、ユエは止まるどころか振り返りもしない。


 みんな、優しい人たち。
 そんな人たちを傷つけてしまうくらいなら―――


 男性は自分が近付いてくるのが分かると、あっさりとナイフを下ろした。
 早鐘を打つ心臓に煽られる恐怖を必死にこらえ、ユエは男性を見上げる。


「ごめんなさい。わがまま言わずに、帰るから。」


 自然に下へ落ちていった視界に、男性の手首で揺れる鈴が目に入った。


 それは、とても見覚えのある鈴。


「………っ」


 表情が歪みかけた。


 誰も傷つけたくない。


 でも、自分がここにいることで、どうしても皆を傷つけてしまうのだとしたら、自分があの場所に帰る。


 それでいい。


「帰ろ…」


 ユエが男性に手を伸ばした、その瞬間―――


「―――っ!?」


 二人の間に、突風が巻き起こった。
 そのあまりの勢いに、ユエと男性は思わず目を閉じて後退した。


 必然的に男性から距離を取る形になったユエの足が、ふわりと地面から離れる。


「………っ!! 実!!」


 目を開いた先にいたその姿に、泣きたくなるほどに安心した。


「ちゃんと掴まってろ。」


 そう言われ、ユエは今出せる精一杯の力で実の首にしがみついた。


 ユエを抱いた実を乗せたハエルが、男性から離れた位置に向かって滑るように降りていく。


 ハエルが地面に足をつける寸前、実はユエを抱いたまま、ひらりとハエルの背から降りた。


「実…」


 不安げなユエに、実はただその頭をなでるだけだった。


「間に合ってよかった。」


 そう言った実は、すぐにその表情を険しくして男性を睨みつける。


「ユエを迎えに来たのか?」


 鋭く実が問う。
 その言葉に、男性は明らかに顔色を変えた。


「話が分かるなら早い。その子供を渡せ。」


 男性が一方的に告げると、ユエが腰にしがみついてきた。


 おそらく、無意識なのだろう。
 怯えたように男性を見るユエは、心なしか震えているようだった。


 その様子をじっと観察していると、ふとした拍子に、その小さな左手が右の手首を掴んだ。


 そこにあったのは、確か―――


 凍った瞳が見つめる先を追って、実はとあることに気付く。
 男性の右手首に、見覚えのあるものを見つけたのだ。


 それは、今ユエが握り締めている物と同じ、白い小さな花を三つあしらった赤いブレスレット。


 ユエが四六時中ブレスレットを外そうとしなくて、一度だけ大切な物なのかと訊ねたことがある。


 その時に、ユエが怯えた表情で答えることを拒んだので、やけに記憶に残っていたのだ。


 二人に共通したブレスレット。


 これが何を意味するのかは察するにも限界があるが、同じ物を身につけているということは、この二人は浅からぬ縁なのだろう。


「あんた、ユエの関係者?」


 ほとんど断定で問いかけるも、男性は黙ったまま何も答えない。


「関係者なら、ユエに何重にもかかってる契約のことも知ってるのか?」
「!!」


 実の次なる質問に、男性は驚愕したように目を見開いた。
 大袈裟ともいえるようなその反応に、実はいぶかしげに首を傾げる。


 男性にじっと目をらして、ふと気付いた。


「あんた……あんたも、縛られてるのか。」


 男性の魂をよく見ると、ユエと同じような歪みが見えた。


 なるほど。
 なんとなく見えてきた。


 二人に共通して確認できる血の契約の存在。


 ブレスレットを見るユエがこんなにも怯えていることを加味すると、これはおそらく、契約を結んだ主人から与えられた物。


 短絡的な推測とはなるが、この二人の主人は同一人物であると考えられる。


 男性はこちらの指摘にひどく動揺しているようだが、どうにか口を結んで無言を貫いている。


 これは、彼から直接話を引き出すことは無理そうだ。
 実は早々に諦めた。


「言いたくないのか言えないのか、それは分からないんだけどさ…。ユエのことに関しては、色々と知りたいことがあるんだよね。」


 告げる実の全身から、濃密な魔力がゆらりと揺れる。


「ユエのことはひとまず置いといて……まずは、俺をあんたのあるじのところに連れていってくれないかな?」


「……え?」


 実の魔力に怯んだ男性が、その次の言葉を聞いた瞬間に拍子抜けしたような顔をする。


 男性が何かを言いかけた、その時―――


「お巡りさん、こっち!!」


 ライヤの声がして、複数の人が駆けてくる音がした。


「くっ…」


 とりあえず、今は分が悪いと判断したのだろう。
 男性は険しげに眉根を寄せて、きびすを返した。


「あ、待て!」


 追いかけようとした実だったが、思い切り体を引かれたことで、それは叶わなかった。


「ユエ…?」


 実を引き止めたユエは、先ほどとは比べ物にならないほどに震えていた。


「やだ…っ」


 ユエは首を左右に振って、ひたすらに嫌だと訴えてくる。


 逃げ足だけは早いようで、ユエに気を取られている隙に、男性の姿はもう見えなくなっていた。


「実様、追いましょうか?」


 ハエルが実を見上げるが、実はそれに首を振った。


「いや、いい。」


 ハエルにそう答えて、実はユエを見下ろす。


「………」


 震えるユエの頭をいたわるようになでる実の表情は、苛烈な何かで彩られていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...