世界の十字路

時雨青葉

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第1章 罠

怖い確信

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(どうしよう……)


 一方の桜理は、頭を悩ませていた。


(まさか、実が目的だなんて思ってなかったのよ。どうせ、今回もいつものことだろうと思ってたのに……)


 言うと怒られそうなので実には言っていないが、桜の言葉を伝えるサレイユの巫女みこになってからというもの、こんな風にさらわれることはたまにあるのだ。


 今回みたいにこっそりと連れ出されたこともあるし、白昼堂々と屋敷で騒ぎを起こされたこともあった。


 桜が意思を持っていることを知る人物は少ないため、サレイユに来る人の多くは自分が千里眼の能力を持っているのだと認識している。


 そのせいで、自分さえ手元にいれば世界中の情報を独占できると誤解しているやからが多いのだ。


 大抵の場合はリリィたちが対処してくれるが、そういう対処ができないと判断した時でも、桜の能力を利用すれば犯人が誰かはすぐに分かるので、手がかりを残すことは簡単だった。


 そこまでしなくとも、少し具体的な情報を流すくらいは大丈夫なので、望む情報を渡せば納得する人も少なくなかった。


 そういうわけで、これまでは大事にならずに済んでいたのだが、今回はそうもいかないようだ。


 ―――そもそも、相手の目的が根本的に違うのだから。


 だからこうして、自分は後悔の渦に放り込まれることになっている。


 実が狙いだったなんて、想定外もいいところだ。


 彼は自分に引き寄せられてくるものが目的だと言っていたので、自分と実の関係性を具体的には知らないのだろう。


 だとしたら、実自身に用があるというよりは、実が持つ何かに用があるということ。


「………」


 〝鍵〟に対する認識が、他の国では変わりつつあるらしい、と。
 この間、ユエを連れてきた実がそう話していたことを思い出す。


 ユエにまつわる事件の一部始終を聞きながら、それも当然のことなのかもしれないと思った。


 過去の災厄なんて、時間と共に人々の記憶から薄れていくものだ。
 先人たちがいだいた危機感も、徐々に風化してきているのだろう。


 そして、その災厄の産物である〝鍵〟に対しての認識も、世界を滅ぼしてしまうかもしれないという危険性より、世界を掌握しょうあくできるだけの力という魅力が大きくなっているわけだ。


ひとりだったなら、こんなに悩まないんだろうけど……』


 悲しげな顔をして、実はぽつりと呟いていた。


 実は、本当に優しすぎる。


 どんなに周りを突き放そうとしていても、本来持つ優しさにはあらがえないらしく、結局は周りを気にして悩んでしまう。


 そして、周りにいる人に危機が及べば、自分を犠牲にしてでも助けようとしてしまう。


 だから、いつも心配なのだ。
 その優しさが、いつか彼の身にあだをなすようなことにならないだろうかと。


「本当に、どうすればいいの…?」


 桜理は震える声で呟く。


 実なら、絶対にここに来る。
 その確信がとても怖かった。


 実がここに来ては、敵の思うつぼだ。
 この状況を打開するためには、自力でこの部屋から脱出するしかない。


「弱気になってる場合じゃないわ。どうにかしなくちゃ。」


 意識を切り替えた桜理は、辺りを見回しながら窓辺に寄る。


 ここは、屋敷の二階に位置しているようだ。
 計算されているのか、外に足場となりそうな屋根などは見当たらない。


「この微妙な段差を伝っていけるかしら。」


 開け放した窓から身を乗り出し、窓の下の微かな段差を見つめる。


 かなりこころもとないが、何もしないよりはマシ。
 いざとなったら、骨折覚悟で飛び降りるしかないだろう。


 実が周りのために自身を犠牲にする覚悟があるように、自分にだって実のために体を張る覚悟くらいある。


 悶々もんもんとしつつも腹をくくろうとした時、ふいに鍵が開く音がして扉がノックされた。


 桜理は反射的に扉を見つめて、ハッとしたように首を振って窓に向き直る。


(いやいや、今はそんなことを気にしている場合じゃないのよ。)


 無視を決め込むが、扉を叩く音がどんどん大きく乱暴になっていく。
 しばらく無視したが、このうるささでは悪巧みも邪魔される。


「うるさいわね! 鍵を開けられるのはそっちなんだから、勝手に入ればいいでしょ!?」


 大股に扉に歩み寄る桜理。


 ―――バンッ


 苛立ちをぶつけて乱暴に扉を蹴っ飛ばした瞬間、向こう側から扉が開いて、目の前が急に漆黒に包まれた。


「!?」


 驚いて身動きが取れないでいるうちに、すばやく口を塞がれて部屋の中に押し込まれる。


 思考がついていかない。
 驚きと、それを遥かに上回る得体の知れない危機感。
 その二つが脳内で弾けて、目の前の存在に大きな恐怖をいだかせた。


「んんー!!」
「静かに!」


 驚愕から立ち直れないまま暴れていると、漆黒の外套がいとうに身を包んだ人物が声をひそめてそう言ってきた。


 その声に、思わず動きが止まる。


(この……声……)


 げんそうな桜理の前で、彼はゆっくりと顔を隠すフードに手をかけた。

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