世界の十字路

時雨青葉

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第2章 無限の力

魔力が流れていくからくり

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「おや、お目覚めですか?」


 入ってきた人物は、苦しげな呼吸を繰り返す実を見ると、その顔に笑みを浮かべた。
 実は、横目にその人物を見る。


 左側にまとめたダークグレーの長い髪に、垂れ目がちな青い瞳。


 間違いない。
 桜理を助けに行った時に襲ってきた男性だ。


 彼は実の傍まで寄ると、実の様子をまじまじと観察した。


「ふむ……話によれば、軽く一日は動けないほどの効力らしいのですがね。やはり〝鍵〟ともなると、こういう薬物も効きにくいものなのでしょうか。」


「………」


 男性の独り言のような呟きに、実はちらりとそちらを見ただけで何も言わなかった。
 話の核心には触れず、別のことを訊くことにする。


「ここ……は?」


 思った以上に、言葉をつむぐのが難しい。
 若干かすれてしまう声に、苦い顔をするしかなかった。


「最初にあなたが来た場所ではないことは確かです。」


 詳しく話すつもりは毛頭もないらしく、彼はそう曖昧あいまいに答えるにとどまった。
 実は、さらに問いを重ねる。


「あれから、どのくらい経ってるんだ?」
「そうですね…。日はすでに変わっているので、ざっと半日以上は経っているかと。」
「……そう。」


 それきり黙る実。
 その反応が予想外だったのか、今度は彼の方から口を開いた。


「目的は訊かないんですね。」
「ああ。別に、興味もないんでね。」


 実は息をついた。


 座っているだけなのに、ひどく体力を消耗する。


 本当は放っておいてほしいのだが、彼はこちらに興味を持ってしまったらしく、部屋を出ていくどころか、ベッドの側から離れる素振りさえなかった。


 仕方ない。
 少しばかり、話に付き合ってやるとするか。


「桜理を連れ去ったのは、俺をおびき出すためだったってわけね。」
「ええ。」


 訊ねると、彼は満足そうな笑みをたたえる。


「南方から流れてきたという占い師がそう言ったのですよ。高い金を出して雇ったかいがありました。」


「………」

 
 南方から流れてきたという占い師。
 その単語に、思わず反応してしまう自分がいた。


 実は目を閉じ、動揺しかけた心をなんとか鎮める。


「……本当にそうなら、そいつの腕は確実だな。お手上げだよ。」


 言葉どおりもろを上げて、力なく笑ってみせる。


 自分なら誰がさらわれたところで助けに行くだろうが、よりにもよって桜理を狙うのだから性質たちが悪い。


 拓也たちであれば鼻で笑って相手を返り討ちにしていただろうが、魔法や護身術を習得しているわけでもない桜理には、太刀打ちする手段がないのだから。


 しかも、自分のせいで桜理がさらわれるとか、超弩級のトラウマを刺激してくれちゃって……


 そのせいで、かなり理性が吹き飛んだじゃないか。


 もう少しまともに頭が回ったなら、こんな簡単に敵の手中に落ちることもなかっただろうに。


 今となっては、後悔しても後の祭り。
 反省もそこそこに、次の話題に移る。


「で? 俺が〝鍵〟だって確証はあるのか?」
「ええ、それなりに。」


 彼はよどみなく答えた。


 その確証はなんなのか。
 そんなことを訊くのは馬鹿らしかったので、この話題はこれで切り上げることに。


「ですが……正直、あなたが〝鍵〟であってもそうでなくても、今ではもう構わないことですがね。」


「……は?」


 彼の言葉に、実は気付かぬうちにそんな間の抜けた声を出していた。
 次に、ろんげな目で彼を見やる。


 彼の発言が予想外すぎて、一瞬体の不調を忘れてしまった。
 無意識に上げた頭が、今さらながらに重さを訴えてくる。


 彼は額を押さえる実に笑いつつ、壁の石にそっと触れた。


「この部屋には、丹念に作り上げた術式が働いていましてね。その術式が、あなたの魔力を吸い上げているのです。これまでに何度も魔力に恵まれた人をここに放り込みましたが、あなたみたいに意識を保っていられる人は初めてです。それだけで、あなたには十分な価値がある。」


 なるほど。
 そういうことなら、勝手に流れていく魔力にも納得がいく。


 〝鍵〟の身に宿るとされる、誰からも恐れられる無限の力。
 それを、己の目的のために利用しようというわけだ。


「だからって……持っていきすぎだ…っ」


 そろそろ口を開くことにも疲れてきて、荒くなりかけている呼吸の合間に、実はそう抗議した。


 こんな速度で魔力を吸い上げられてしまえば、どんな人間だって昏倒するに決まっている。


 この部屋に入れられたが最後、実験台となった人がどんな末路を辿ったのかは、言うまでもないだろう。


 そのくらい、体から抜けていく魔力の量は尋常ではなかった。


「ふむ、そうですか……」


 そう呟いた彼は、次に晴れやかな笑顔を浮かべた。


「じゃあ、もう一度彼女にご協力いただけば、あなたの力も増しますかね?」
「―――っ!!」


 途端に、部屋の中を爆風が吹き荒れた。
 風に飛ばされたテーブルが、彼の脇を猛スピードで通過していく。
 壁に叩きつけられたテーブルは、あっという間に粉々に砕けてしまった。


 実は、すごみのいた鋭い視線で彼を睨む。
 そこに込められたのは、誰もがすくんで動けなくなるような敵意だ。


 部屋の魔法によって吸い上げられている状態にもかかわらずに爆発した魔力が、陽炎かげろうのように実の周りをゆらゆらと包む。


「今度桜理に手を出してみろ。道連れになってでもお前を殺す。」


 実の瞳に宿る苛烈な光。
 それは決して、口だけのおどしという生易しいレベルではなかった。


 しかし、その敵意と魔力は長くともたずに消えてしまう。


「―――……っ」


 声を殺して苦しげにうめく実。
 こらえきれないほどの眩暈めまいに、もはや逆らえなかった。


 ぐらりと大きく傾いだ実の体を、男性が軽く支える。


「さすがですね。この状況下で、ここまでの力を発揮できるとは。」


 妙に上機嫌な声を聞いて、力の程度を試されていたのだと知る。


 彼は、実を静かにベッドへと横たえた。


「調整はしますよ。そんな簡単にくたばられても困りますからね。」


 余裕ぶったその言葉が悔しさを煽ってきて、実は歯を食い縛る。


 そして、その悔しさを遥かに上回る耳鳴りと眩暈めまいに、意識は掻き消されていくのだった。

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