世界の十字路

時雨青葉

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第4章 接触

揺さぶられる心

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「ニューヴェル?」


 おぼろげな意識のすみにその単語が引っ掛かって、実は思わず聞き返していた。


 薄目を開けて見る世界の中で、ワイリーが上機嫌でしゃべっている姿がぼんやりと見える。


「そうだとも。」


 よほど気分がいいのか、ワイリーはいつもの含み笑いではなく、純粋な笑みを浮かべていた。


「ここまでぎ着けるのに五年。いや、準備期間も含めたらそれ以上だ。ようやくあのニューヴェルの人間をおびき寄せることができた。まあ、彼は私が〝鍵〟を隠していると疑っている手前、まだ気を許していない様子だがな。」


「よりによって、俺を使っておびき出したのか?」


「確実な方法じゃないか。その証拠に、こうしてニューヴェルの人間が現れているのだから。」


「そりゃ……来るに決まってるだろ……」


 実は溜め息を零す。


 〝鍵〟の存在に反応して来たニューヴェルの人間ということは、今ここに来ているのは尚希なのだろう。


 できすぎた偶然だが、尚希たちは手がかりがほとんどない状況を打破してここまで乗り込んできたらしい。


(それにしても……)


 実はワイリーの喜色満面といった様子を横目に見ながら、にぶい思考をどうにか回転させる。


 これだけ露骨に喜ぶのだ。
 ワイリーは、かなりニューヴェルにご執心と見える。


「なんで……そこまでニューヴェルにこだわる。」
「便利だからさ。」


 訊くと、ワイリーはもったいぶらずに答えた。


「ニューヴェルが四方八方に持つ商業用通路は、安全かつ利便性が高い。そして、ニューヴェルには名だたる商家が集っている。いや、ニューヴェルに展開できた者が世界に大きく名をとどろかせているのだ。世界的にも注目を集めているあの街を利用しない手はないだろう。」


 なるほど。
 やはり、ろくなことは考えていないようだ。


 早くもさげすみの表情を浮かべる実に気付かず、ワイリーは一人で語り続ける。


「それに、ニューヴェルの結束は非常に固いらしい。他国の領地を走る商業用通路は、アイレン家と契約を交わしている者が管理しているそうだ。このレイキーの通路を、ニルケーウォル伯爵が預かっているようにね。つまり、ニューヴェルは形のない巨大国家のようなもの。不用意にニューヴェルを攻撃すれば、私の周りのどれだけが敵に回るか、さすがに計り知れないな。逆に、味方につけておけば強力な武器を手に入れたことになる。」


「戦争でも始める気か。」


 実は眉を寄せる。


 魔法と対等に張り合える武器の開発。
 ニューヴェルへの介入。


 その先に見えてくるのは、何かしらの争いだとしか考えられなかった。


「ふふ……」


 ワイリーは否定しない。
 その代わりに、にやりと口の端を吊り上げるだけ。


「あなたにも、その方が都合がいいでしょう?」
「は?」


 唐突に投げかけられた問いの意味が分からず、実はいぶかしげにワイリーを見やる。


 ワイリーは腰かけていた椅子の上で足を組み、そんな実の反応を楽しむように目を細めた。


「アズバドルは〝鍵〟の抹殺に国を挙げて尽力している。生まれ故郷とはいえ、生きづらかったでしょう? あの国がついえれば、あなたにとっては得なんじゃないですか?」


「……冗談。」


 実はワイリーから目をらす。


「さっさと殺されるのと、こうやって飼い慣らされるのと、状況は同じくらい最悪な気がするけどな。そんな生き方しかできないなら……最初から、生まれてこない方がマシだ。」


「飼い慣らすなんて…。何度か言っていますが、あなたが自主的に協力してくれると言うなら、すぐにでも待遇を改めますよ? 身の安全だって保障しますとも。」


「どうだか。」


 そっけなく言いながらも、目元が険しくなるのを感じる。


 アズバドルがついえれば……


 本当は、その言葉にほんの少しだけ〝そうかもしれない〟と思ってしまった自分がいた。


(嫌な奴……)


 最初から問答無用で利用する気だったくせに、ワイリーは時々こうやって心を揺さぶるようなことを言ってくる。


 そして、それにいちいち反応してしまう自分に腹が立つ。


 ワイリーを否定した言葉はちゃんとした本心だけれど、彼に心の隙を見透かされているような気がして気持ち悪い。


 暗い方向へ落ちそうになる思考は、ふいに襲った強烈な頭痛にさえぎられた。


「……もう疲れた。静かに寝かせてくれ。」


 頭を押さえながら、ワイリーにそう訴える。


「あんたがどうして毎日のように俺の様子を見に来るのかは、訊く気もないけど……こっちには、あんたの相手をする気力なんてほとんどないんだからな。……ただでさえ、ここにいると気が狂いそうになるんだ。」


 頭痛をこらえるのも限界で、実は静かに目を閉じる。


「あんたにも……この声が聞こえたらいいのに……」


 意識がとお退く間際、そんなことを呟いたような気がする。

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