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第5章 思惑
聞き覚えのある名前
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一触即発といった空気だったが、運がよかった。
緊迫した声に気を取られたのは拓也も同じだったらしく、爆発していた魔力が嘘のように収まっていったからだ。
それから間を置かず、すぐ近くにあったドアが乱暴に開いた。
そこから勢いよく飛び出してきた誰かが、そのまま尚希にぶつかる。
「あ…」
お互いに、目を合わせたまま固まってしまった。
相手は、自分と似た年格好の青年だった。
まだ少しあどけなさが残るエメラルドの瞳が、鏡のようにこちらの顔を映し出している。
「……失礼。」
目を離したのは、彼が先だった。
くるりと体の向きを変えた彼は、すたすたと廊下を歩いていく。
それに狼狽えたのは、これまで自分たちを案内してきた男性だ。
とっさに彼を追おうとした男性は、我に返ってこちらを見る。
困惑した表情が、どちらを優先すべきか判断しかねていることを物語っていた。
「いいですよ。追ってあげてください。私共なら、自分で戻れますので。」
言ってやると、男性は逡巡した後に深々と頭を下げて彼の方へ向かった。
「ヤウレウス殿下、お待ちください!」
走りながら男性が呼んだ名前が、ふと頭の隅に引っ掛かる。
「ヤウレウス…?」
「おやおや、行ってしまいましたね。」
「!?」
すぐ傍でまた別の声がして、尚希は思わず飛び上がりそうになった。
いつの間にか、ドアの前にワイリーが立っていたのだ。
急なワイリーの登場に、尚希も拓也もたじろいでしまう。
ワイリーは、自分から声を出すまで気配を殺していた。
人の気配には敏感な方の自分たちでも気付かないほど、完璧に。
やはり、彼は油断ならない。
表情を固くする尚希たちに、ワイリーは穏やか笑みを向ける。
「ここで会ったのも必然ですかね。この間の話の続きでもしましょう?」
丁寧な口調ではあったものの、そこに拒否権がないことは明らかだった。
「あの……さっきの方は……」
促されるままに拓也と二人で席についたところで、尚希は控えめにそう訊ねた。
「気になりますか?」
「ええ、まあ。かなり気が立っていたようでしたので……」
先ほどの青年の雰囲気や足取りには、怒りや苛立ちといったものがありありと表れていた。
十中八九、何かしらのトラブルがあったのだろう。
しかし、気遣わしげな表情を浮かべる尚希とは対照的に、ワイリーはさして気にする風でもなく、その顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
「あのお方は、我が国の王太子でいらっしゃるヤウレウス殿下ですよ。」
その言葉を聞いて、尚希は頭の引っ掛かりが解けるのを感じる。
ヤウレウスという名前に聞き覚えがあるような気がしていたが、それを聞いて思い出した。
ヤウレウス・ミゼル・レイキーネル。
レイキー国王夫妻の第一子で、下二人が妹だったこともあり、十八歳になった三年前に反対されることもなく王太子の地位に収まっていたはずだ。
そういえば、地球に旅立つ前の情報整理でニューヴェルに戻った時に、ベトラの依頼で祝いの品を見繕ったっけ。
それに、何度かアズバドルの王城に来たというのを人伝に聞いた記憶がある。
なるほど。
案内の男性があんなにも慌てるわけだ。
安全面を考えても礼儀を考えても、一国の王子を一人にさせるわけにはいくまい。
「追いかけなくていいのですか?」
「大丈夫でしょう。今私が追いかけても門前払いでしょうし、余計に話がこじれてしまう。」
紅茶を啜り、ワイリーはふっと息をつく。
「一通り大規模開発にはめどがつきましたので、防衛大臣の義務としてご報告しただけなのですがね…。どうも、開発の意図をご理解いただけなかったようでして。」
「ヤウレウス殿下は、先ほどの場に?」
「いえ。つい先ほど、お忍びでいらっしゃったのです。だから、ついでにご報告をと思いましてね。」
あくまでも自衛目的だったのですがと、ワイリーは語る。
……果たしてそうだろうか。
尚希は眉を寄せた。
確かに、防衛に気を配るのはどの国でも当然の行いだし、技術を研鑽すること自体は悪いことじゃない。
しかし、有事の際に自衛できればいいのなら、レイキーの場合は現在の技術で十分に事足りるはず。
あそこまで強力な武器を開発してしまったら、かえって争いの火種となりかねない。
仮にあの武器を緊急時の切り札とするのなら、限られた少人数の秘匿にしておくべきだっただろう。
どんな形であれ情報を共有する人間が多くなれば、いずれ噂が流れ始め、国内外に不穏な影をもたらしてしまう。
ヤウレウスが怒りを露わにするほどに危惧しているのは、そういうことだ。
ニューヴェルをこれまでどおり平和に治めたい自分としては、ヤウレウスの心境の方が分かる気がした。
(なるほど…。王族と対立している大臣の筆頭が、お前ってわけね。)
だんだん、レイキーのきな臭い内情が見えてきた。
今日の密会が銃のお披露目だけで終わりとなったのは、ヤウレウスが訪ねてきたからだろう。
ワイリーが早々に出ていったのも、彼がヤウレウスの相手をしている間に、密会の参加者たちを部屋に戻らせるためだと考えられる。
本当は、自分たちが戻るまで時間を稼ぎたかったことだろう。
しかしこの態度を見る限り、そこは言い訳の余地があるので、ヤウレウスに目撃されても問題なしといったところか。
「どうしました? 急に黙り込んで。」
「いえ……私には、ヤウレウス様の危惧するところが分かるような気がして。」
ワイリーの思惑に対する推測は脇に置いておき、尚希は話題に出ていたヤウレウスのことについて、思うところを口にした。
「だってそうでしょう? あれは危険すぎます。自衛目的というには、少々物騒ですね。」
「物騒というと?」
ワイリーは余裕そうに構えている。
それとは反対に、尚希の表情はどんどん険を帯びていく。
「あれには改善点も多い。ですが、あの威力です。今後あれが完全なものになれば、間違いなく世界の均衡は崩れてしまいます。それに……」
そこで言葉を止め、一つ深呼吸。
そして―――
「あなたが言っていた〝オルリスの蕾〟は、どうやら本物のようですしね。」
そう、話の核心に迫る単語を言い放った。
緊迫した声に気を取られたのは拓也も同じだったらしく、爆発していた魔力が嘘のように収まっていったからだ。
それから間を置かず、すぐ近くにあったドアが乱暴に開いた。
そこから勢いよく飛び出してきた誰かが、そのまま尚希にぶつかる。
「あ…」
お互いに、目を合わせたまま固まってしまった。
相手は、自分と似た年格好の青年だった。
まだ少しあどけなさが残るエメラルドの瞳が、鏡のようにこちらの顔を映し出している。
「……失礼。」
目を離したのは、彼が先だった。
くるりと体の向きを変えた彼は、すたすたと廊下を歩いていく。
それに狼狽えたのは、これまで自分たちを案内してきた男性だ。
とっさに彼を追おうとした男性は、我に返ってこちらを見る。
困惑した表情が、どちらを優先すべきか判断しかねていることを物語っていた。
「いいですよ。追ってあげてください。私共なら、自分で戻れますので。」
言ってやると、男性は逡巡した後に深々と頭を下げて彼の方へ向かった。
「ヤウレウス殿下、お待ちください!」
走りながら男性が呼んだ名前が、ふと頭の隅に引っ掛かる。
「ヤウレウス…?」
「おやおや、行ってしまいましたね。」
「!?」
すぐ傍でまた別の声がして、尚希は思わず飛び上がりそうになった。
いつの間にか、ドアの前にワイリーが立っていたのだ。
急なワイリーの登場に、尚希も拓也もたじろいでしまう。
ワイリーは、自分から声を出すまで気配を殺していた。
人の気配には敏感な方の自分たちでも気付かないほど、完璧に。
やはり、彼は油断ならない。
表情を固くする尚希たちに、ワイリーは穏やか笑みを向ける。
「ここで会ったのも必然ですかね。この間の話の続きでもしましょう?」
丁寧な口調ではあったものの、そこに拒否権がないことは明らかだった。
「あの……さっきの方は……」
促されるままに拓也と二人で席についたところで、尚希は控えめにそう訊ねた。
「気になりますか?」
「ええ、まあ。かなり気が立っていたようでしたので……」
先ほどの青年の雰囲気や足取りには、怒りや苛立ちといったものがありありと表れていた。
十中八九、何かしらのトラブルがあったのだろう。
しかし、気遣わしげな表情を浮かべる尚希とは対照的に、ワイリーはさして気にする風でもなく、その顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
「あのお方は、我が国の王太子でいらっしゃるヤウレウス殿下ですよ。」
その言葉を聞いて、尚希は頭の引っ掛かりが解けるのを感じる。
ヤウレウスという名前に聞き覚えがあるような気がしていたが、それを聞いて思い出した。
ヤウレウス・ミゼル・レイキーネル。
レイキー国王夫妻の第一子で、下二人が妹だったこともあり、十八歳になった三年前に反対されることもなく王太子の地位に収まっていたはずだ。
そういえば、地球に旅立つ前の情報整理でニューヴェルに戻った時に、ベトラの依頼で祝いの品を見繕ったっけ。
それに、何度かアズバドルの王城に来たというのを人伝に聞いた記憶がある。
なるほど。
案内の男性があんなにも慌てるわけだ。
安全面を考えても礼儀を考えても、一国の王子を一人にさせるわけにはいくまい。
「追いかけなくていいのですか?」
「大丈夫でしょう。今私が追いかけても門前払いでしょうし、余計に話がこじれてしまう。」
紅茶を啜り、ワイリーはふっと息をつく。
「一通り大規模開発にはめどがつきましたので、防衛大臣の義務としてご報告しただけなのですがね…。どうも、開発の意図をご理解いただけなかったようでして。」
「ヤウレウス殿下は、先ほどの場に?」
「いえ。つい先ほど、お忍びでいらっしゃったのです。だから、ついでにご報告をと思いましてね。」
あくまでも自衛目的だったのですがと、ワイリーは語る。
……果たしてそうだろうか。
尚希は眉を寄せた。
確かに、防衛に気を配るのはどの国でも当然の行いだし、技術を研鑽すること自体は悪いことじゃない。
しかし、有事の際に自衛できればいいのなら、レイキーの場合は現在の技術で十分に事足りるはず。
あそこまで強力な武器を開発してしまったら、かえって争いの火種となりかねない。
仮にあの武器を緊急時の切り札とするのなら、限られた少人数の秘匿にしておくべきだっただろう。
どんな形であれ情報を共有する人間が多くなれば、いずれ噂が流れ始め、国内外に不穏な影をもたらしてしまう。
ヤウレウスが怒りを露わにするほどに危惧しているのは、そういうことだ。
ニューヴェルをこれまでどおり平和に治めたい自分としては、ヤウレウスの心境の方が分かる気がした。
(なるほど…。王族と対立している大臣の筆頭が、お前ってわけね。)
だんだん、レイキーのきな臭い内情が見えてきた。
今日の密会が銃のお披露目だけで終わりとなったのは、ヤウレウスが訪ねてきたからだろう。
ワイリーが早々に出ていったのも、彼がヤウレウスの相手をしている間に、密会の参加者たちを部屋に戻らせるためだと考えられる。
本当は、自分たちが戻るまで時間を稼ぎたかったことだろう。
しかしこの態度を見る限り、そこは言い訳の余地があるので、ヤウレウスに目撃されても問題なしといったところか。
「どうしました? 急に黙り込んで。」
「いえ……私には、ヤウレウス様の危惧するところが分かるような気がして。」
ワイリーの思惑に対する推測は脇に置いておき、尚希は話題に出ていたヤウレウスのことについて、思うところを口にした。
「だってそうでしょう? あれは危険すぎます。自衛目的というには、少々物騒ですね。」
「物騒というと?」
ワイリーは余裕そうに構えている。
それとは反対に、尚希の表情はどんどん険を帯びていく。
「あれには改善点も多い。ですが、あの威力です。今後あれが完全なものになれば、間違いなく世界の均衡は崩れてしまいます。それに……」
そこで言葉を止め、一つ深呼吸。
そして―――
「あなたが言っていた〝オルリスの蕾〟は、どうやら本物のようですしね。」
そう、話の核心に迫る単語を言い放った。
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