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第5章 思惑
火花散る2回戦
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オルリスの蕾という単語に、拓也が露骨に反応した。
隣で神経をピリピリさせる拓也を横目に、尚希は目を伏せる。
「あなたが懐に抱えているものは危険すぎる。即刻処分してしまった方が世のためです。……しかし、私は正直迷っています。」
「……はっ!?」
尚希のこの言葉は、全く予期していなかったのだろう。
拓也が呆気に取られて、間の抜けた声を出す。
数秒の沈黙の後。
「何言ってんだ!!」
拓也はそう言葉を荒げた。
立ち上がろうとした拓也の腕を、尚希が素早く掴む。
「ティル、落ち着け。」
「でも…っ」
「ティル。」
静かに呼びかける尚希。
その呼びかけに込められた有無を言わさない圧力に、拓也はぐっと唇を噛み締めながらも、不承不承といった様子で腰を下ろした。
「失礼いたしました。」
「いえ、気になさらずに続きを。」
ワイリーは大して気にしていないようだ。
しかし、尚希は見逃していなかった。
自分が迷っていると口にした瞬間、ワイリーの口元が不気味な弧が描いたのを。
尚希はそれを見ぬふりをして先を続ける。
「あれはあってはならないものだと思う一方で、あの技術はすばらしいものだと思う私もいるのです。この話をニューヴェルに持ち帰れば、十中八九あなたと手を組むことを勧められるでしょうね。元よりアズバドルから独立するだけの力はあったわけですし、アズバドルに対して恩という恩があるわけでもありませんから。そういう意味では、あなたがニューヴェルに目をつけたのは正しいと思います。……たとえ、あなたが何を企んでいたのだとしても。」
そこで、尚希は一つ溜め息をつく。
「商売人としての私に期待していると、あなたがそうおっしゃった意味もよく分かりました。確かに、損得を純粋に計算するのなら、一概にあなたを拒むわけにもいかないでしょう。ですが、あなたを受け入れるには、どうしても無視できない懸念点があります。」
「懸念点、ですか?」
ワイリーが興味深そうに訊いてくる。
尚希はじっと、そんなワイリーを見据えた。
ドクン、ドクンと。
心臓が重く鼓動を刻んでいる。
それに伴って、体の奥が冷えていく気分だった。
今の自分の手には、ニューヴェルの未来と実の未来、もしかしたら世界の未来すらも託されているかもしれない。
自分の返答次第で、状況はいかようにも変わる。
とてつもなく重たくのしかかるプレッシャー。
これが、領主としてこれから背負っていくであろうもの。
絶対的権力という甘く美しい華にある、この身を貫くほどに鋭い棘だ。
(ああ、損な性格だな……)
ふと、そんなことを思う。
ワイリーに対して迷っていると言ったこと。
あれはワイリーを騙すための嘘ではなく、純粋な本心だった。
ワイリーが生み出した技術に驚愕し嫌悪しながらも、自分は確実にあの技術に惹かれていた。
地球に初めて行った時に味わった、自分の想像を絶するほどに高度な技術への高揚感。
これを向こうに持ち帰ったら、どうなるのだろう。
自分だったらこうするのに。
もっと知りたい。
そんな探究心と興味。
自分があの銃に対して抱いたのは、そんな感情。
この気持ちを素直に言えば、絶対に拓也は激昂するだろう。
分かってはいるが、この気持ちは止められない。
だからせめて、胸にそっとしまっておくことにする。
この後の会話で不愉快になったとしても、拓也には流してもらうしかない。
敵を欺く嘘には、少なからず真実が必要なのだから。
「まず一つ。」
尚希は、すっと人差し指を立てる。
「私に……いえ、ニューヴェルに協力を求めるからには、相応の対価を支払うつもりでいるのか否か。ニューヴェルは対等な立場は認めても、誰かの踏み台になるつもりは毛頭もありません。特定の勢力と強く結びつくつもりもない。あなたが考えていることがその基本鉄則を脅かすものなら、ニューヴェルはあなたの敵に回るでしょう。」
次に、人差し指に加えて中指も立てる。
「二つ。先ほども申したとおり、あの武器には改善点が多い。今の状態では、使用者の命も脅かします。いくら技術がすばらしくても、今のままではまるで商品になりませんね。取引対象外です。」
そして、最後に薬指も立てる。
「最後に。これが一番の問題です。オルリスの蕾―――〝鍵〟の制御。これを完全にできるのかどうか。正直なところ、〝鍵〟など今すぐにでも処分すべきだと言いたいところですが、仮にもアズバドルの人間である私に接触を図っている以上、私を納得させるだけの策がおありなのでしょう?」
挑むように、ワイリーを見つめる。
ここで下手に出てはいけない。
今の自分は個人としてではなく、ニューヴェルを代表する人間としてここにいるのだから。
さて、ワイリーはどう出てくるだろうか。
尚希がじっと答えを待っていると、考え込んでいた様子のワイリーの表情に、ふっと笑みが浮かんだ。
「さすがはニューヴェルの次期領主。一筋縄ではいきませんね。」
「褒められていると取っておきますね。」
そう切り返す尚希の笑顔はいっそ爽やかだ。
それに対して、ワイリーは笑みに苦いものを滲ませる。
「久しぶりに、有意義な交渉となりそうです。少しお時間をいただけますか? 情報の整理をしたいので。」
この場では、自分が思うように事が運ばないと判断したのだろう。
一旦、態勢を整えることにしたようだ。
「ええ、構いませんよ。私も、この話はニューヴェルに持ち帰って慎重に議論したいので。」
「そうですか。」
話は穏やかに進む。
しかし、絡み合う尚希とワイリーの視線は鋭く研ぎ澄まされていた。
互いの表情、態度、声、口調。
相手の一挙一動から小さな隙を探し、自分の隙を悟られまいと鉄壁の笑顔で心を覆う。
「では、また後日。」
「ええ、それでは。」
話が切り上がるまで、その静かな睨み合いは続いていた。
隣で神経をピリピリさせる拓也を横目に、尚希は目を伏せる。
「あなたが懐に抱えているものは危険すぎる。即刻処分してしまった方が世のためです。……しかし、私は正直迷っています。」
「……はっ!?」
尚希のこの言葉は、全く予期していなかったのだろう。
拓也が呆気に取られて、間の抜けた声を出す。
数秒の沈黙の後。
「何言ってんだ!!」
拓也はそう言葉を荒げた。
立ち上がろうとした拓也の腕を、尚希が素早く掴む。
「ティル、落ち着け。」
「でも…っ」
「ティル。」
静かに呼びかける尚希。
その呼びかけに込められた有無を言わさない圧力に、拓也はぐっと唇を噛み締めながらも、不承不承といった様子で腰を下ろした。
「失礼いたしました。」
「いえ、気になさらずに続きを。」
ワイリーは大して気にしていないようだ。
しかし、尚希は見逃していなかった。
自分が迷っていると口にした瞬間、ワイリーの口元が不気味な弧が描いたのを。
尚希はそれを見ぬふりをして先を続ける。
「あれはあってはならないものだと思う一方で、あの技術はすばらしいものだと思う私もいるのです。この話をニューヴェルに持ち帰れば、十中八九あなたと手を組むことを勧められるでしょうね。元よりアズバドルから独立するだけの力はあったわけですし、アズバドルに対して恩という恩があるわけでもありませんから。そういう意味では、あなたがニューヴェルに目をつけたのは正しいと思います。……たとえ、あなたが何を企んでいたのだとしても。」
そこで、尚希は一つ溜め息をつく。
「商売人としての私に期待していると、あなたがそうおっしゃった意味もよく分かりました。確かに、損得を純粋に計算するのなら、一概にあなたを拒むわけにもいかないでしょう。ですが、あなたを受け入れるには、どうしても無視できない懸念点があります。」
「懸念点、ですか?」
ワイリーが興味深そうに訊いてくる。
尚希はじっと、そんなワイリーを見据えた。
ドクン、ドクンと。
心臓が重く鼓動を刻んでいる。
それに伴って、体の奥が冷えていく気分だった。
今の自分の手には、ニューヴェルの未来と実の未来、もしかしたら世界の未来すらも託されているかもしれない。
自分の返答次第で、状況はいかようにも変わる。
とてつもなく重たくのしかかるプレッシャー。
これが、領主としてこれから背負っていくであろうもの。
絶対的権力という甘く美しい華にある、この身を貫くほどに鋭い棘だ。
(ああ、損な性格だな……)
ふと、そんなことを思う。
ワイリーに対して迷っていると言ったこと。
あれはワイリーを騙すための嘘ではなく、純粋な本心だった。
ワイリーが生み出した技術に驚愕し嫌悪しながらも、自分は確実にあの技術に惹かれていた。
地球に初めて行った時に味わった、自分の想像を絶するほどに高度な技術への高揚感。
これを向こうに持ち帰ったら、どうなるのだろう。
自分だったらこうするのに。
もっと知りたい。
そんな探究心と興味。
自分があの銃に対して抱いたのは、そんな感情。
この気持ちを素直に言えば、絶対に拓也は激昂するだろう。
分かってはいるが、この気持ちは止められない。
だからせめて、胸にそっとしまっておくことにする。
この後の会話で不愉快になったとしても、拓也には流してもらうしかない。
敵を欺く嘘には、少なからず真実が必要なのだから。
「まず一つ。」
尚希は、すっと人差し指を立てる。
「私に……いえ、ニューヴェルに協力を求めるからには、相応の対価を支払うつもりでいるのか否か。ニューヴェルは対等な立場は認めても、誰かの踏み台になるつもりは毛頭もありません。特定の勢力と強く結びつくつもりもない。あなたが考えていることがその基本鉄則を脅かすものなら、ニューヴェルはあなたの敵に回るでしょう。」
次に、人差し指に加えて中指も立てる。
「二つ。先ほども申したとおり、あの武器には改善点が多い。今の状態では、使用者の命も脅かします。いくら技術がすばらしくても、今のままではまるで商品になりませんね。取引対象外です。」
そして、最後に薬指も立てる。
「最後に。これが一番の問題です。オルリスの蕾―――〝鍵〟の制御。これを完全にできるのかどうか。正直なところ、〝鍵〟など今すぐにでも処分すべきだと言いたいところですが、仮にもアズバドルの人間である私に接触を図っている以上、私を納得させるだけの策がおありなのでしょう?」
挑むように、ワイリーを見つめる。
ここで下手に出てはいけない。
今の自分は個人としてではなく、ニューヴェルを代表する人間としてここにいるのだから。
さて、ワイリーはどう出てくるだろうか。
尚希がじっと答えを待っていると、考え込んでいた様子のワイリーの表情に、ふっと笑みが浮かんだ。
「さすがはニューヴェルの次期領主。一筋縄ではいきませんね。」
「褒められていると取っておきますね。」
そう切り返す尚希の笑顔はいっそ爽やかだ。
それに対して、ワイリーは笑みに苦いものを滲ませる。
「久しぶりに、有意義な交渉となりそうです。少しお時間をいただけますか? 情報の整理をしたいので。」
この場では、自分が思うように事が運ばないと判断したのだろう。
一旦、態勢を整えることにしたようだ。
「ええ、構いませんよ。私も、この話はニューヴェルに持ち帰って慎重に議論したいので。」
「そうですか。」
話は穏やかに進む。
しかし、絡み合う尚希とワイリーの視線は鋭く研ぎ澄まされていた。
互いの表情、態度、声、口調。
相手の一挙一動から小さな隙を探し、自分の隙を悟られまいと鉄壁の笑顔で心を覆う。
「では、また後日。」
「ええ、それでは。」
話が切り上がるまで、その静かな睨み合いは続いていた。
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