世界の十字路

時雨青葉

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第5章 思惑

変化故の憂い

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 初めはどうなることかと思ったが、仕事の話となると案外簡単にヤウレウスの存在を切り離すことができるようだった。


 話し合いは多岐たきわたり、保留事項も含めて全ての話が落ち着いた頃にはすっかり日が暮れていた。


 ベトラは、ヤウレウスとまた長い話をしている頃か。


 そんなことを考えながらバルコニーで涼しい夜風に当たっていた尚希は、ふと隣の拓也を見やる。


 長時間座り続けていたせいで疲れたのだろう。
 拓也は大きく伸びをしたり、体をほぐしたりしていた。


「お疲れ。長かったよな。」
「ほんとだよ。」


 ほとんど間を置かずに、拓也はそう言い返してきた。


「よくあれだけ舌が回るよな。途中から、ついていくのをやめたわ。」


 うんざりと肩を落とす拓也に、尚希は苦笑いをするしかない。


 話し合いというものは総じて長くなる傾向にあるので、こちらとしては弁明のしようがなかった。


 そんな尚希の心情の一端を読み取ったのか、拓也は肩をすくめて笑みを浮かべる。


「本当に、どんどん遠くなっちゃってさ……」


 深い青の瞳の中に、寂しさが揺れた。


「キース…。お前さ、リラステの件が片付いてから、頻繁にニューヴェルに顔を出すようになったよな。」


「そうだな。カルノがうるさくて。」


 事実なので、尚希は素直に頷く。


「領主、継ぐのか?」


「継ぐも何も、それがオレの決められた道だからな。知恵のそのに行ったのも、最後にはニューヴェルに戻るっていうのが条件だったし、待ってる人もたくさんいる。……それに、リラステを他人に押しつけるわけにはいかなかったしな。」


 尚希は目を伏せる。


 知恵の園で知った国の実情に幻滅して、この国を捨ててしまおうかと何度も思った。


 ニューヴェルではこんなにもたくさんの人が助け合っているのに、国の中枢は国民をほとんどかえりみず、神ばかりをあがめている。


 それは、ニューヴェルという街を知っている自分の価値観においては、とても容認できるものではなかったのだ。


 事実として、ニューヴェルには独立を実現できるだけの力があった。
 そして、自分には知恵の園で得た魔法知識も十分に備わっている。
 仮に独立したところで、アズバドルが対立してくることはないだろう。


 だけど……あの平和でにぎやかなニューヴェルを壊してしまうかもしれないと思うと、最後の一歩に踏み切れない自分がいた。


 こんな時、身の丈に合わない悩みは時間が解決してくれると思えれば、まだ気は楽だったのかもしれない。


 でも、リラステに食われて死ぬという未来が待っている以上、後回しという手段に甘んじることもできなかった。


 この衝動を消化するには、自分に残された時間はあまりにも短かった。


 そんな時だ。
 次の訓練だと告げたエリオスが、自分を地球へと連れていってくれたのは。


 こんなに暗い気持ちがくすぶったままニューヴェルに戻るよりは、いっそのことこの世界を去ればいいのではないだろうか。


 エリオスから地球という世界の実情を教わりながら、自分の目でその環境を見るほどに、そんな迷いが脳裏をよぎった。


 だって、ニューヴェルには有能な人材がいくらでもいるんだ。
 自分がいなくなったとしても、誰かがニューヴェルを正しく導いてくれるはず。
 リラステのことは、ほとぼりが冷めた頃にこっそりと対処しに行こう。


 そんな身勝手で飛び出した世界。
 地球では、ニューヴェルのことを忘れて好き勝手に過ごしていたと思う。


 だからこそ、ニューヴェルに戻った時には、ニューヴェルにとってのアイレン家がいかに大きな存在かを余計に実感した。


「……どうすんだよ?」


 拓也が、覇気のない小さな声で訊いてくる。
 穏やかな尚希とは対照的に、拓也の表情は不安に彩られていた。


「実は地球にいることを望んでるけど、キースはこっちに戻ることを選ぶんだろ? そのうち、折り合いがつかなくなるんじゃないのか?」


 拓也は、尚希を見ないままそう告げる。


 それは、当然と言えば当然の危惧。


 しかし、何か納得できないことでもあるのか、一度顔をしかめた拓也は重たい溜め息をついて頭を掻いた。


「……いや、分かってるよ。多分実も、最後にはここに戻ることになるって、頭では悟ってるんだ。どうせ、おれが不安なだけなんだよ。」


 バルコニーの柵を握る拓也の手に力がこもる。


「つくづく思い知るんだよ。おれには、国への復讐心しかなかったんだって。昔はそれだけでどこまでも行ける気がしたのに、今は……さ。母さんに対する気持ちの整理がついちまったからか……今は、何を支えに立ってればいいのかよく分からないんだよ。……おかしいよな。誰よりもここに戻ってきたかったのは、おれだったはずなのに……」


 自嘲的な響きを伴った声が耳朶じだを打つ。
 その小さな独白に、何も言うことができなかった。


 時が流れれば、きっかけがあれば、人が変わっていくのはどうしようもないこと。


 一度は領主の立場から逃げた自分が結局は領主を継ぐと決めたように、色んなことを経験して、拓也も国への復讐心を手離したのだろう。


 自分にとって、それは非常に喜ばしいことなのだが……


「ティル……」


 拓也の寂しげな表情を見ると、責任を感じずにはいられない。


 地球で何もかもを忘れて過ごすという可能性を拓也に与えたのは、他ならぬ自分。
 拓也がそれで悩んでいるのなら、その責任の一端は自分にある。


 何か気のいた言葉の一つくらいかけられればよかったが、結局それは叶わなかった。


 拓也はバルコニーの柵から手を離し、バルコニーから家の中へ通じる大きな窓をじっと見ている。


 その理由は自分にも分かっていたので、拓也と同じように窓へと意識を向けた。


「どなたですか?」


 窓と厚いカーテンの向こうに問う。
 ベトラの家ということもあって、そこまで警戒はしていなかった。


 静かなすいの声に、カーテンがゆらりと揺れた。

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