世界の十字路

時雨青葉

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第6章 瓦解

襲撃

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「キース、危ない!!」




 拓也がとっさに叫ぶ。
 その瞬間、馬車がこれまでより遥かに大きく揺れた。


 壁の向こうから響いてくる、馬のいななきと御者の悲鳴。
 馬が暴走しているようだ。


「くっ…」


 背もたれにつかまってバランスを取る尚希が、外に向かって手を突き出す。


 すると、斜面の木々からものすごい速さで枝が伸びてきて馬車に絡みついた。


 無理やり馬車の動きを止めた反動で男性が投げ出されてしまったが、木々が作り上げたクッションがその体を受け止めたことで大事には至らなかった。


 同時に、拓也が尚希とは別の方向へ魔法を放つ。


 外で何かが破壊される音がとどろき、次に馬が一際高いいななきをあげる。
 その後、どさりと馬の倒れる音がして地面が揺れる。


 そして―――ようやく静寂が訪れた。


「サミュール、大丈夫か!?」


 馬車のドアを蹴破り、尚希が外へ飛び出す。


 大慌ての尚希は、木々のクッションの中に埋もれたまま動かないサミュールの元へと急いで駆け寄っていった。


「おい、しっかりしろ!」


 肩を揺さぶると、サミュールは苦しそうに顔をしかめた。


「だ、大丈夫です。キース様のおかげで助かりました。少し、足首をひねってしまっただけです。」


「そうか。待ってろ。」


 命には関わらないと分かってほっとした尚希は、サミュールの足首に手をかざして治癒を施す。


「………」


 一方の拓也は、暴走した馬の傍に立っていた。


 馬車と繋がれていたひもを切ったことで拘束から解放された馬は、馬車から十数メートル離れた地面で力なく倒れていた。


 その首には、深々と刺さった一本の矢が。


「……やられたな。」


 拓也の隣に並んで、尚希が眉をひそめる。


 こんなことをしてくる人間など、一人しか考えられない。
 もう少し穏便な方法で接触してくると思ったが、どうやら予想が甘かったようだ。


「……ごめん。」


 震える声でそう謝られ、尚希はいぶかしげに拓也の顔を覗き込む。


 拓也は、顔色を蒼白にしていた。
 そこからは、すさまじい後悔がにじみ出ているように見える。


「ごめん。おれ、見えてたのに……」


 拓也は唇を噛む。


 山の傾斜を眺めていた時、ちゃんと見えていたのだ。


 木々の隙間にいる動物たちの向こう。
 そこから構えられた矢の先端が太陽光を反射する、微かな光が。


 見えていたはずなのに、こうなることを防ぎきれなかった。


 弓矢による狩りが普通だった故郷を、目の前の風景に重ねていたほんの少しの隙。
 殺すつもりがないなら山道を移動中に襲うはずもないと思っていた、致命的な油断。


 それらにつけ込まれ、まんまと足元をすくわれてしまった。


 激しい自責の念が、頭の中でぐるぐると渦巻く。


 深くうつむく拓也の頭に、まるで子供をなだめるかのように優しく尚希の手が置かれた。


「馬鹿。」


 尚希の声は穏やかで、笑みすら含んでいる。


「お前が危ないって言ってくれなかったら、オレはあんなに迅速な対処はできなかったよ。馬車は完全に横転してただろうし、放り投げられたサミュールも、下手すれば死んでたかもしれない。」


 後方のサミュールを目だけで示して言うも、拓也は全く反応しない。


 こんなことを言っても、拓也にとっては気休めにすらならないだろう。
 それでも、事実は事実だ。


「少なくとも、お前は一人の命を救ったよ。そんなに落ち込むな。―――落ち込んでる暇なんて、ないんだから。」


 尚希の声のトーンが一気に下がる。
 それと同時に微かに聞こえてきたのは、馬が地を走る音だ。


 物音に気付いた拓也が顔を上げると、尚希は倒れている馬の先を険しい目つきで睨んでいた。


「お迎えだ。」


 近付いてくる漆黒の馬車は、こちらから少し離れた所で停車する。
 その中から現れた人物を目にしても、尚希も拓也も眉一つ動かすこともなかった。


「これはこれは、キース君ではありませんか。」


 さも偶然通りがかってこの状況に驚いているという態度ではあったが、演技が自然すぎて逆に白々しさが際立っているように見える。


 一瞬だけ目元に険を帯びさせた尚希だったが、すぐにその表情は困惑した笑顔に取って代わった。


「奇遇ですね、ラルス侯爵。」


 馬を挟む形で対峙する尚希とワイリー。
 ワイリーは、痛々しそうな面持ちで馬を見下ろした。


「これは一体……」


「どうやら、流れ矢に当たってしまったようですね。怪我人がいなかったのが、せめてもの救いですよ。」


 こうなると分かっていたくせに、よくもまあそんなことが言えたものだ。


 そう思う尚希は渋面を作るしかない。
 拓也に至っては、隠しきれない嫌悪感が表情に出てしまっていた。


 ワイリーはそんな二人の様子には目もくれず、ひと通り現状を確認すると、後ろに控えさせていた御者にあれこれと指示を出し始めた。


 御者は頷くと、一人で馬にまたがっていた別の男性へとそれを伝える。
 伝達事項を聞いた彼は手綱を握り直すと、元来た道を走り去っていった。


「とにかく、ここを片付けた方がいいでしょう。こちらで引き受けます。」
「お気遣い、感謝します。」


 尚希は素直に頭を下げる。


 拓也は感情が沸騰寸前といったところだったが、こちらの態度を尊重してか、必死に無表情を取りつくろっている。


「しかし、ここはちょうど森の中腹辺りですし、片付けには時間がかかりそうですね。」


 大仰な溜め息をついてみせるワイリー。
 その仕草に、尚希はわずかに表情を歪めた。


 さっきから、拓也の神経を逆なですることばかりやってくれる。


 これまで接してきて、拓也が自分より幾分いくぶんも直情的であることは分かっているはずなのに。


 おそらくは、拓也の反応を楽しむためにわざとけしかけているのだろう。
 もはや、本性を隠す気などないようだ。


「長時間立ちっぱなしもつらいでしょう? こちらへどうぞ。」


 緩やかな仕草で、漆黒の馬車を指し示される。


「……そうするしかないようですね。」


 やれやれと、尚希は内心で息をついた。

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