世界の十字路

時雨青葉

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第6章 瓦解

瀬戸際の最終決戦

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 まさか、こんな形で再びここに訪れることになろうとは……


 尚希は冷や汗でも浮かんできそうなほどの緊張感をいだきながら、到着地であるワイリーの屋敷を見上げる。


 拓也は隣で、必死に不快感を噛み殺している。
 服のそでで口元を覆い隠しているあたり、嗅覚に訴えてくるものがあるのだろう。


 人並みを外れた感覚というのも、本人にとっては不便となるものばかりだ。
 ささやかな同情を覚えながら、尚希は再度前を向く。


 視線の先では、こちらを待つワイリーの姿。
 彼がたたえる不気味な笑みが、この屋敷を堅固なろうへと変貌させる。


 これはきっと罠だ。
 しくじれば、この屋敷から出られなくなるだろう。


 それでも、退くわけにはいかない。
 これからニューヴェルを背負う人間としても、実の友人としても。


 尚希は深く息を吸い込み、大きく一歩を踏み出した。


 ワイリーの先導のもとに辿り着いた部屋は、これまでワイリーと話してきた応接室なんかよりもずっと広い部屋だった。


 綺麗に手入れされながらも、使い込まれた家具や生活感の漂う雰囲気。
 普段からそれなりに使っている部屋なのだろう。


 しかし、そんな生活感がある室内は今、異様な空気をかもしていた。


 尚希は、ちらりと周囲を見回す。


 自衛のためなのか、室内には護衛と思わしき屈強な男たちが数人控えていた。


 武装はしていないが、その身のこなしと鍛えられた肉体を見れば、武術に精通している人間であることが察せられる。


「どうぞ、こちらへ。」


 声をかけられたので、尚希はワイリーへと目を戻す。


 ワイリーの足元の床が、すっぽりと抜けている。
 その中には階段が見えた。


(また地下か……)


 この屋敷には、大量の地下室があるらしい。


 おそらく、おおやけにはできないような作業や話し合いは、全て地下室で行われていたのだろう。


 ワイリーが先に床の向こうへと消えていく。


 きっと、この先に実がいることはほぼ間違いない。
 その証拠に―――


「微かに……実のにおいがする。」


 拓也がぼそりを呟いた。


(やっぱり、この奥に……)


 尚希は再度呼吸を整え、階段へと踏み出す。
 尚希と拓也が階段を下り始めると、その後ろから男たちもぞろぞろとついてくる。


 暗い階段の終着点から続く短い廊下の先に、そのドアはあった。


 金属製の重量感たっぷりのドアは、周囲の暗さもあり、見る者の不安を煽ってくるようだ。


 扉に鍵はかかっていないらしく、ワイリーがドアを押すと、ドアはゆっくりと開いていった。


 その隙間から見える部屋の中は、やはり暗い。


 ワイリーはまず自らが部屋の中へ入り、ドアに自分の背を預けることでそれを固定する。


 そして、余裕をたたえた仕草でゆるりと室内の方へと手をやった。


「どうぞ。」


 うながされ、しばしの逡巡しゅんじゅんの後、尚希は意を決してドアをくぐる。


「―――っ」


 その瞬間に感じたものを、どう表現すればいいのか。


 体が重力を失ったようにも思えれば、全身を四方八方から揺さぶられたように感じたかもしれない。


 本能が激しく危険を訴えてくる。
 ほとんど無意識に足を引いていた。


 だが―――


「!?」


 後ろから衝撃が襲い、引きかけた足は逆に部屋の奥へともつれて進む。


「………っ」


 ぐっと、全身から力が抜け落ちる感覚がした。
 膝が砕けそうになるのを、とっさに掴んだテーブルでなんとか支える。


 何事かと視線を走らせれば、自分と同じように部屋に押し込まれたらしい拓也が、床にくずおれていくところだった。


 そして、尚希たちを押し込んだ犯人である男たちが、最初から示し合わせていたような動きで拓也を取り囲む。


 あっという間に片腕を背中へひねり上げられた拓也の首筋に、鋭利な刃物があてがわれた。


「くっ…」


 さらに力が抜けていく感覚に、尚希はたまらずうめき声を漏らす。


「いやはや、これはすばらしい。」


 それまで無言で事の行く末を見守っていただけのワイリーが、わざとらしい拍手と共に口を開いたのはその時だ。


「あなた方もここで気を失わずにいられるとは。やはり、知恵のそのの者は一味違いますね。」


「……どういうことだ?」


「どういうことも何も……私は〝鍵〟の力を制御するためのかなめであるここへ、あなた方をお連れしただけですよ。」


「それはいい! あれはどういうことだって訊いてるんだ!!」


 身動きを完全に封じられている拓也を指差して、尚希は怒気をはらんだ声でえる。


 この部屋に足を踏み入れて、三秒と経たずに理解した。
 この感覚は、以前にあの銃を手にした時の感覚と同じだ。


 きっと、ここがあの銃の核となる魔力を搾取する場所。
 そして―――


 尚希は、ワイリーの向こうへと目をやる。


 部屋の奥にある、隙間なくカーテンが閉じられた天蓋てんがいつきのベッド。
 きっと、あそこには―――


(なんてひどい環境だ……)


 尚希は痛々しげに目元を歪め、唇を噛む。


 そんな尚希の表情から、すでに様々な状況を見抜かれていることを察したのだろう。


 ワイリーの表情から笑顔が消え、代わりに相手をてつかせるかのような冷たい光が瞳に宿った。


「あなたがもう少し操りやすければ、助かったんですがね。」


 ぞっとするほどに低い声音に、尚希は一瞬ひるみかけた。


 人間を道具のように見下ろす冷酷な表情。
 本格的に化けの皮ががれてきたらしい。


「あなたが悪いのですよ。素直に従ってくれればよかったものを。」


 ワイリーは、ゆったりとした足取りでこちらに近付いてくる。


あなどっていましたよ。アイレン家と知恵のそのの実力を。おかげで、不用意に近付けすぎてしまったではありませんか。」


 まるで人形のように固まっている無表情から発せられる言葉は、どことなく機械じみている。


 その中でもまっすぐに尚希の姿を反射している瞳だけは、並々ならぬ執着心を燃え上がらせていた。


 一体、何が彼をここまで焚きつけるというのか。
 隠すことなく嫌悪感を表情に出す尚希に向かって、ワイリーは言い放つ。


「あなたは知りすぎたのです。ここは、大人しく私に従ってもらいましょう。ティル君は、保険としてこちらで預かっておきます。あなたが従っている限り、危害を一切加えないことはお約束します。それとも、二人で仲良くここで朽ち果てる道を選びますか?」


「………っ」


 奥歯を噛み締める尚希。


 状況の優劣は明らかだ。


 体を支えるのがやっとのこちらに対し、対策が万全なのか、ワイリーは平気そうに立っている。


 自分が渾身の抵抗を見せたとしても、ワイリーたちは悠々とその抵抗をじ伏せるだろう。


「さて、どうします?」


 選択を迫るワイリーの表情には、狂気がにじみ出ていた。

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