世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
631 / 714
第6章 瓦解

理解し合えない

しおりを挟む
 放たれた鋭い一閃いっせんを、一体何人が視認できただろう。


 突如として響いた崩壊音。
 分かったのは、この部屋の術式が壊されたということだけだ。


 不自然な流れをやめて、急速に戻ってくる自分の魔力。


「……あ…」


 それまでずっと力んでいた体が一気にかんしてしまい、尚希はへたりとその場に座り込んでしまった。


 きりが、徐々に晴れていく。


 ひらけた視界に映されたのは、一部が崩れた壁面と、壁の中に埋め込まれる形で鎮座していた水晶玉だ。


 先ほど放たれた閃光せんこうは、壁ではなくこの水晶玉を狙ったものだったようだ。


 真っ二つに割れて役目を終えた水晶玉は、その割れ目から不気味な色の煙を立ちのぼらせている。


 そして―――


「………っ」


 ベッドのカーテンに掴まって体を支え、その一撃を放ったらしい実は、肩で大きく息をしていた。


「ありがと、拓也。助かった……」


 実はふわりと笑うと、力を失ってずるりと倒れていく。


「おっと。」


 一足早く我を取り戻していた尚希は、崩れるようにベッドから落ちかけた実の体を難なく受け止めた。


「す、すみません……」


 気を失っていたわけではなかったらしく、実はしっかりとした口調でそう謝ってきた。
 そんな実に、尚希は優しく問いかける。


「大丈夫か?」


「ええ。まだ体が上手く動かないですけど、力の吸収は止まったので……しばらくすれば、歩くくらいはできると思います。」


「そうか。……遅くなって、悪かったな。」


 その言葉に、実は答えなかった。


 実は静かに顔を上げてまっすぐに尚希を見つめると、目元をなごませて穏やかに微笑む。


 それだけで、実の言いたいことは十分に伝わった。


「ど、どういうことだ!?」


 尚希と実のやり取りをただ見つめるだけの形となっていたワイリーは、いつもの平静さを投げ捨てて半狂乱で叫ぶ。


 そんなワイリーに視線を移した尚希は、目を厳しく細めた。


 無理もない反応かもしれない。
 何せ、自分はずっと〝鍵〟に対して否定的に振る舞っていたのだから。


「一時はどうなるかと思ったけど、どうにか形勢逆転だな。」


 尚希は振り返ると、ワイリーに向けて鋭い視線をくれてやった。
 たったそれだけのことで、ワイリーが面白いくらいにひるむ。


「一応、お礼を言うべきでしょうか? あなたが上手く踊ってくれたおかげで、こうして彼を助けられたわけですし?」


「な…」


 未だに状況を飲み込めない様子のワイリーは、返す言葉も見つからないようだ。
 尚希はゆっくりと実をベッドに座らせて、ワイリーと真正面から対峙する。


「まさか、本当に私たちを上手く釣り上げられたとお思いで? ニューヴェルに釣られたのはあなたの方です。私たちがここに来た本当の目的は、彼を助けることだったんですから。」


 いちいち詳しい経緯を話すのも面倒なので、ざっくりと結論だけを告げる。


 どうせいちから十まで話したところで、今のワイリーには話の半分も理解できまい。
 一方的な決めつけではあったが、結果として尚希の端的な説明は正しかった。


「馬鹿な……」


 ようやく言葉らしい言葉を発したワイリーは、その目に苛烈な光を宿す。


「君たちは、彼がどんな人間なのか分かっているのだろう!?」


 勢いよく振られた腕は、現状に対する精一杯の否定のつもりだろうか。


 否定を超えた、ワイリーの強い拒絶。
 それを否定することに、尚希はなんの躊躇ためらいもいだかなかった。


「ええ、知っていますよ。」


 放たれた声は、ひどく平坦なもの。


 だからこそ、今のこの状況においては、激情をにじませたワイリーの声よりも強い否定の力を持っていた。




「私たちの、大事な友人です。」




 はっきりと断言する。


 尚希のぜんとした態度と言葉に、ワイリーのみならず実までもが息を飲んで瞠目した。


 そんな実の反応に内心で苦笑したが、別に間違ったことを言っているつもりはないので、尚希は堂々とした態度でこの後の展開を待ち構えることにする。


「くっ…」


 揺らぎようのない尚希の様子から、彼が一切の交渉に応じる気がないことを察したらしい。


 ワイリーが悔しげに歯噛みした。


「あなたがアイレン家の権力と商業用通路の利便性しか欲していないだろうことは、ここに来る前から分かっていました。」


 何を意図してのことなのか、尚希がふと語り始めた。


「そして、あなたとは理解し合えないとも思いました。安定した利益を望む我々にとって、今の治安はなかなかに都合がいい。ですが、あなたはそれを壊そうとしている。何故、多くの人々を犠牲にしてまでこんなことをするのですか?」


「………」


 ワイリーは答えない。
 完全に敵へ回った人間に、今さら言うことは何もないということだろうか。


 ふむ、と。
 少しだけ考えた尚希は、質問を変える。


「あなたにとっては、実のことも私のことも、その地位も……この国ですらも、ただ利用して捨てるだけの存在だったのでしょう?」


 あえての断言口調。
 その断言は、ワイリーの意地の最後のとりでを粉々に砕いたようだった。


「……まったく。そこまで分かっていたなら、どうしてわざわざ邪魔しに来たんだか。」


「あなたが実に目をつけなければ、私がここに来ることはありませんでしたよ。」


 尚希はきっぱりと告げる。


 別に、世界の危機を嗅ぎつけて善を働きに来るような、そんなヒーロー紛いのことをするつもりは毛頭もない。


 自分と自分の街を守るだけの力量はあると自負しているので、火の粉が飛んできたら払えばいいだけだ。


 言葉どおり、ワイリーが自分の大事なものに手を出さなければ、自分がこうしてここに現れる必要などなかったのだ。


「私を招き入れたのは、あなたですよ?」


 おそらく、彼が忘れているであろう事実を突きつける。


「―――っ」


 ワイリーはぐっと唇を歪めたかと思うと、次にふと表情をやわらげた。


「はあ……分からないな。」


 溜め息をついたワイリーは、尚希の向こうに視線を移す。


「そんなに、ソレが大事かい?」


 ソレと揶揄やゆされたものが何であるかは明らかだ。


にとっては、大事な友人だと言いましたが?」


 人を道具としか見ていない物言いに、尚希は眉をひそめる。


 友人という単語を強調した言葉には、思わず一人称が普段のものに戻ってしまうくらいに尚希の怒りがこもっていた。


「友情、ね…。そんな食えないもののために、自分の地位をおとりにしてまで助けに来るものかい?」


「彼には、それだけのことをする価値があります。彼が持つ力の価値ではなく、彼自身の価値が。」


「力は関係ないと? あの大都市のおさたる君の口から、そんなことを聞くとは思わなかったな。君だって、多くの人間を従えているだろう?」


「あなたの場合は従えているのではなく、踏み台にしているだけです。能力や価値に見合うだけの報酬や見返りは必要でしょう。上に立つ以上、ついてきてくれる人々へ相応の還元をする義務があってしかるべきです。」


 尚希とワイリーの視線が剣呑にぶつかる。


 理解し合えない。
 きっと、互いにそう感じただろう。


 その後、二人が口を開くことはなかった。




 ―――突然小さな地下室を揺らした、地響きにさえぎられて。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...