世界の十字路

時雨青葉

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第6章 瓦解

拓也が秘めていたもの

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「……ふざけんな。」


 尚希のものを遥かに上回る怒気と殺気をはらんだ声。
 それほど大きな声ではなかったが、不思議とその声は全員の耳に届いた。


 ただならぬ異変を感じ取った男たちが、ざっと飛び退いて拓也から距離を取る。


 その中でゆらりと立ち上がった拓也の瞳は、荒れ狂う感情が臨界点を突破したせいか、逆に静かなもの。


 それ故に、見る者の動きを封じてしまうほどのすごみを帯びていた。


「散々実を好きなように利用した挙げ句、ソレ扱い? 人の命をなんだと思ってるんだ。」


 ゆらゆらと拓也の周りを漂う魔力が、拓也の感情に合わせて全く違う動きを見せ始めた。


 急速に、魔力という魔力が拓也の右手へと収束していくのだ。
 それは光のかたまりへと成長し、光は棒状に伸びていく。


 拓也は、その光を思い切り掴んだ。


 薄いガラスが割れるような軽い音が響き、それは顕現する。


 簡単に言い表すなら、それは細身のやりだった。


 根元から先へいくほどに徐々に細くなっていく槍の先端では、ひし形のやいばが鋭く光っている。


 拓也の瞳と同じような深い紺碧こんぺき色から淡い青までのグラデーションを呈している槍は、拓也の魔力をまとってほのかに光を放っていた。


 ―――チリンッ


 の先についている鈴が、涼やかな音を立てる。


「覚悟はできてるんだろうな?」


 自分の身長よりも長いやりを構え、拓也は無表情にも見えるえた表情でワイリーを見据みすえた。


「……う…」


 本当なら、ずっと呆けていた方が幸せだっただろう。


「うわああああっ」


 それは主人を守るためなのか、それともいきなり目の前に現れた異質な存在を本能的に恐れてのことなのか。


 男の一人が壁に立てかけられていた大剣を手に取って、拓也へと襲いかかった。


 しかし、拓也は冷静にその大剣を受け止める。


 細身のやりは、自身の何倍もの威力を持っていそうな大剣を平然と受け止めていた。
 折れる気配もなければ、大剣に押されてきしむような音もしない。


「なっ…」


 渾身の力で大剣を叩き込んだにもかかわらず、威力を無効化されている事実。
 それに、男が目を見開く。


 ただでさえ隙だらけだったところに加えられたその衝撃は、致命的と言えた。


 拓也はくるりとやりを回転させて大剣を弾き返すと、刃先との向きを素早く逆に構え直して、男性の鳩尾みぞおちに柄を打ち込んだ。


「―――っ」


 声もなく、男が崩れ落ちていく。
 腹を抱えてうずくまる男を、拓也は冷たい目で見下ろすだけ。


 静まり返る室内。


 数秒後に動き出した己の体を、彼らは理性でコントロールできていなかったに違いない。


 ただ眼前の恐怖を排除しようと、彼らは無我夢中で突進する。


 迫り来る男たちを待ち構える拓也は、まるで波紋の立たない水面みなものように、どこまでも静かだった。


「あーあ…。ここ数年で一番のマジギレだな。」


 次々と男たちをいなしていく拓也を見ながら、尚希はふうと溜め息をつく。


「うわぁ……」


 尚希の隣で目をぱちくりとしばたたかせ、実はそう呟くだけ。
 さすがの実も、驚きを隠せないようだ。


 それも仕方ない。
 拓也があれほどに感情を激しく乱すことなど、そうそうあることではないのだから。


「尚希さん、あれは? 魔力を具現化しての武器とは、少し違うようですけど……」
「お、よく気付いたな。あれは召喚具だよ。」


 尚希が答えるが、実はきょとんとして首をひねる。
 いまいちピンときていないらしい。


「まあ、魔力を具現化する武器とは似て非なる武器としか言いようがないな。あれは、普段は拓也の中に眠っていて、拓也の意志で自由に現実世界へ召喚できるらしい。あのやり自体も魔力を持っているから、あれを扱うにはあれの魔力を受け入れて制御できるだけの素質が必要らしいぞ。」


「それ自体が魔力を持つ武器……聞いたことがないですね。確立されていない技術ですか?」


 眉を寄せる実に、尚希はいやいやと首を振る。


「確立どころか、研究すらできてない技術だよ。あれは、とある職人にしか作ることができないと言われてる、レア中のレアな代物だ。売ろうとしても、うりなんかつかないだろうな。」


 拓也が扱うあのやりは、今回ワイリーが造ったような他人の魔力を練り込んで利用するものとは違い、槍自身がそれ独自の魔力を持っているもの。


 知恵のそのえいを総動員しても、その仕組みは解明不可能。
 あの槍は、ただ一人の職人にのみ作ることを許された、まさに奇跡の代物なのだ。


「そんな物だからか、普段はきちんと制御できていても、感情が高ぶりすぎると勝手に表に具現化しちまうらしくてな。ああ見えて、拓也はできるだけ感情的にならないように努力してるんだぜ。」


「……えっ!?」


 日頃の拓也を思い返していたのだろう。


 戦闘中の拓也を一瞥いちべつした後、尚希にやたらとゆっくり視線を戻した実の顔には、〝あれで?〟という疑問がしっかりと書かれていた。


「あれでも、だよ。」


 尚希は肩をすくめる。


「本当なら、拓也はもっと直情的な奴だ。知恵のそのの幹部が危険視していたくらいに。あいつが昔の性格のままだったら、お前、何度殴られてるか分かったもんじゃないぞ?」


「ははは……」


 思い当たる節がありすぎるのか、とぼけるような乾いた笑い声を漏らした実は、そろそろと尚希から目をらした。


「あとは、日常生活の範囲内での感情の揺れぐらいでは支障が出ないように、あいつ自身が己を鍛えた結果だろうな。」


「へぇ……」


 実が呟く。


「でも、どうしてそれを拓也が持ってるんです? そんなに珍しい物なら、国が後生大事にしまい込みそうですけど。」


「本来ならそうだろうな。」


 尚希はあっさりと肯定。


 実の言うことも、もっともである。


 確かに、あれだけ貴重な物ならば国が放っておくわけがないし、魔法の研究機関としての側面も持つ知恵のそのが手放すはずもない。


 だが、現実的にそれは無理な話だったのである。


「仕方ないんだろうな。あのやりが拓也を選んだって話だし。」
「選んだ?」


 またしても、実が不可解そうな顔をする。
 それに対して、尚希はにやりと口の端を吊り上げた。


「あの槍の製作者は不思議な人でさ。詳しいプロフィールもないし神出鬼没なもんだから、色々と伝説じみた迷信が多いんだよ。例えば、あの人の手から作り出される道具には人格があって、自分を扱うべき人間を見定めて選ぶっていううわさとか。」


「人格、ですか…?」


「ま、噂だけどな。……でも、あの時に作者本人が確かに選んだって言ってたから、あながち間違った話ではないのかも。」


 説明しながら、尚希は拓也へと視線を戻す。


 拓也は相変わらず、顔色一つ変えずに男たちの相手をしている。


 怒りが許容量を大幅に超えているものの理性までは失っていないらしく、男たちへ容赦なく繰り出される突きは、決して命を奪うほどの威力ではなかった。


 理性を失っているのは、男たちの方。
 彼らはもはや、拓也を排除しようとする機械となり果てていた。


 屈強に鍛え抜かれた体は、拓也の鋭い突きを数度受けたくらいでは戦闘能力を失わない。


 急所を打たれても、強靭な肉体は彼らに意識を手放すことを許さず、再び拓也へ向かっていくことをいる。


 そういう意味では、いっそのことあの鋭いやいばで致命傷を与えられた方が、彼らにとっては幸せだったのかもしれない。

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