世界の十字路

時雨青葉

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第7章 月呼び

雲間から

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「……なんだ、これ。」


 尚希は、思わず両耳に手をやった。


 うたっているのは実と拓也だけ。
 聴覚はそうとらえているはずなのに、何かが違う。


 実たちの声に重なるようにして、上手く形容できない何かがその存在を訴えてくるのだ。


「これが……精霊の?」


 普段はその気配すら感じられない自分だが、今はその存在をひしひしと感じる。
 ヤウレウスの方を見ると、彼も自分と同じように顔をしかめていた。


 アズバドルの血を引いているからだろう。
 ヤウレウスもまた、自分とは違う何かの存在を感じ取っているようだ。


 それほどまでに、精霊の力と願いが強くなっているのだ。


 尚希は、実たちへと視線を戻す。


 空を見上げてうたっている二人。
 そんな二人の体から、魔力が陽炎かげろうのように立ちのぼっている。
 それが別の魔力と合わさって、空へと昇華していく。


 変化は、ほどなくして現れた。


 実たちのうたに応えてなのか、柔らかな細い光が狙いすましたように実たちへと射し込んだのだ。


 空に目をやると、分厚い雲が緩やかに流れていた。
 そして、その微かな隙間から白い色が顔を覗かせている。


「月…が……」


 ヤウレウスが、茫然と呟いた。


 実たちのうたは続く。
 それに応えるように雲がどんどん流れていき、その厚さをなくしていく。


 やがて薄い雲も綺麗に消え去り、夜空に浮かぶ大きな月がその全貌を見せた。
 月は星の瞬く夜空にたたずみ、夜のとばりが落ちた世界を優しく照らす。


 ゆっくりとうたが途切れ、実が安堵したような笑みを浮かべる。
 ―――と同時に、その体が力を失った。


「実!!」


 隣の拓也が、慌ててその体を支える。


「大丈夫。なんか……やることをやったら、気が抜けた。」


 力なく拓也に笑いかけて、実は体の向きをヤウレウスの方へと向けた。
 次に、バルコニーの柵にもたれかかって大きく息を吐く。


「ここは……たくさんの嘆きと苦しみに満ちている。癒されることのない負の感情が、空気を汚しているんだ。元々この土地は空気がよどみやすいみたいだし、その空気のよどみが濃くなり続けて、いつしか浄化の光を持つ月にすら嫌われるようになったんだろうね。」


 実は月を一度見上げ、視線を下ろす。
 そして、ヤウレウスを真正面から静かに見つめた。


「このままだと、ここは人の住めない土地になると思う。土地の汚れがひどすぎて、精霊たちの力すら奪われてしまっている状況だから。……お願いします。しばらくは、定期的に土地の浄化と鎮魂をしてほしいんです。もう、自然の力による浄化だけじゃ間に合わない。今は俺たちの呼びかけに応えてくれている月も、今後何もしなかったら、またこの土地を嫌うだろうから。」


 実の目は真剣そのものだ。
 隣に立つ拓也も、悲しそうに目を伏せている。


 その二人の様子とついさっき見た光景が、実の発言の正しさを証明していた。


 ヤウレウスは表情を引き締めて、力強く頷く。


「分かった。だが、儀式は僕たちの国のものでいいのか?」
「なんでもいい。大事なのは想いであって、生まれ持った魔力じゃないから。」
「そうか。なら大丈夫だ。責任を持って引き受けよう。」


 また頷くヤウレウス。


「よかった……ありがとう。」


 目を閉じた実の体が、また横に傾いだ。


 幸いにも拓也に寄りかかる形になり、頼もしい温もりに対する安堵から、実は思わず肩を大きく落としていた。


「おいおい、本当に大丈夫かよ?」


 拓也が狼狽うろえる。
 なんだか平和を思わせる緊迫感のない空気に、頬を緩めずにはいられなかった。


「大丈夫だって言ってるじゃん。さっきの月呼びで、精霊たちに力を持っていかれただけ。拓也だってそうじゃないの?」


「ばーか。おれはお前と違って、今までずっと力を吸い取られてたわけじゃないの。あのくらい、どうってことない。」


「そうですか。」


 くすりと笑って脱力すると、途端にひどい眠気と疲労感に全身がさいなまれる。
 それに引っ張られて視線を下に落とすと、ふと拓也の手に握られたやりが目に入った。


「あれ…?」


 実は首を傾げる。


 拓也の背丈を超えるほどの長さだった槍が、今は拓也の両手に収まるほどに小さくなっていたのだ。


「拓也、それ……」
「え? ……ああ、これか?」


 拓也は実の視線を追い、その視線の意味に納得して笑う。


「なんか、引っ込んでくれないんだよ。久しぶりに外に出してやったからかな。」


 槍を胸の高さまで掲げ、拓也は困ったようにやりを見ている。
 その光景は、拓也と槍の間に何かしらの繋がりがあるのだろうと思わせるものだった。


「それって、やっぱり人格みたいなものがあるの?」


 純粋な興味から訊ねると、拓也は一瞬きょとんとして、次に思案げに眉を寄せた。


「尚希から聞いたのか。人格……うーん、そこまで感情豊かなものじゃねえよ。何がしたいとか、何が嫌だとか、そういうちょっとした意思が伝わってくるくらい。」


 「変わってるよな。」と表情をやわらげた拓也だったが、その次には「悪い悪い。」とやりに向かって苦笑いで語りかける。


 やはり、双方の間には周囲からは分からない意思伝達の仕組みがあるようだ。


「ちょっと、触ってみてもいい?」


 試しに訊いてみる。


「ん? 別にいいけど?」


 拓也は、快く実にやりを差し出した。
 それを受けて、実はそっと槍に手を伸ばす。


 自分としては、ちょっとした好奇心を満たせればそれでよかった。


 少しでも槍に触れられれば、これに宿る魔力が人間のものを由来としているのか、あるいは全く違う種類のものなのかくらいは分かるだろう。


 その程度の、軽い気持ち。


 しかし―――


「!?」


 実と拓也は、大きく目を見開く。


 実がやりに触れた瞬間、槍がカッと強い光を放ったのだ。


 槍の所有者である拓也にすら、何が起こったのか把握することはできなかった。




 驚愕する二人の視界は、瞬く間に真っ白に染め上げられていく―――……



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