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第7章 月呼び
王子様との一幕
しおりを挟む「………」
「どうした、実? 黙り込んで。」
「いや……」
ヤウレウスに訊ねられ、実は所在なげに視線をさまよわせる。
拓也も尚希も、ここにはいない。
話し相手となりえるのは、目の前にいるヤウレウスだけだ。
こうしてヤウレウスと二人でいる理由はもちろん事情聴取なのだが、こちらの心境は複雑だ。
その原因は、身の周りの環境にある。
目の前には温かな湯気と上品な香りを立てる紅茶と、綺麗に並べられた菓子類。
ヤウレウスと自分の後ろには、何かあればすぐにやってくる侍女が控えている。
上を見れば豪華なシャンデリアがかかっているし、下を見れば分厚い絨毯が。
どう見ても、事情聴取というよりはお茶会だ。
とはいえ、これも何度目の光景だろうか。
初めの方こそちゃんと事情聴取らしい話もしたが、いつの間にか話題はそこからかなりずれていた。
そもそも、正式な事情聴取なら事件の捜査を担当するという男性に散々されたのだ。
担当者が別にいるのに、事情聴取ごときに一国の王太子であるヤウレウスが出てくる必要はないだろう。
ただでさえ丁寧な待遇に戸惑っているというのに、ヤウレウスまで出てこられると気疲ればかりがかさむ。
―――という本音は、口が裂けても言えないのだけど。
実がいつまで経っても口を開かないでいると、急にヤウレウスが大きく溜め息を吐き出した。
「やれやれ。そろそろ、恐縮するのにも飽きてこないか?」
「だって…。こんな待遇を受けるようなこと、何もしていないので……」
「何を言っているんだ。実の話はとても有益だったし、君はラルス侯爵に殺されかけていたようなものだったんだぞ。それ以前に、客人をもてなすのは家人の礼儀だろう?」
事実と正論を叩きつけられ、実はぐうの音も出ない。
「………こんなの、慣れてないもん。」
「じゃあ、慣れるんだな。」
ぼそりと零した独り言にまで丁寧に突っ込まれ、とうとう張り詰めていた糸がはち切れた。
「無理だって!」
実は、どんっと机を叩く。
「至れり尽くせりの毎日に、あなたみたいな偉い人のお相手って、恐縮するなって方が無理だよ! 俺はこんなことされるほど大した人間じゃないんだってぇー……」
机に肘をついた両手で頭を抱える実。
こんな待遇など、〝鍵〟である自分には一番遠いものではないか。
恐縮するよりも前に、この待遇を本能的に受け入れようとしない自分がいた。
ヤウレウスは、少しだけ目を見開いてこちらを見ている。
少しはこちらの気苦労も分かっただろう。
そう思ったのだが―――
「ようやく、実らしい話し方になったな。」
予想を斜め四十五度飛び抜けるヤウレウスの言葉に、実は思わず机に突っ伏してしまった。
「……なんで、そうなるんですか。」
「今までの実は、なんとなく言葉を選んでいるように見えたからな。」
「そういうことじゃなくて……」
話が全く噛み合わず、実はくしゃりと前髪を掻き上げた。
「―――あんた、馬鹿なの?」
空気を読むのも何もかも面倒になって、実は率直に言い放った。
ヤウレウスの後ろに控える侍女の顔が露骨に引きつったが、そんなことなど気にするものか。
文句なら、主人であるヤウレウスに直接言ってくれ。
投げやりな気分になり、実は額を押さえたまま溜め息をついた。
「そんなことを言われたのは初めてだ。やっぱり面白いな、実は。」
「いや、あんたが言わせてるんだからね。」
くすくすと笑うヤウレウスに、実は辟易としながらもそうとだけ言い返す。
だが、ヤウレウスはあくまでも楽しそうだ。
「すまない。少し意地の悪い言い方をしてしまったかな。しかし、実の方にも非はあると思うぞ。僕は純粋に話をしたかっただけなのに、いつまで経っても他人行儀だから。」
「無茶言わないでよ。忙しい合間を縫って来てるのは分かるけど、あんたと対等に話すとか、よっぽど神経が図太くないとできないって。」
「……それもそうだな。」
一応それは理解しているらしく、ヤウレウスは微かな寂しさを滲ませて微笑んだ。
(……なんだかなぁ。)
実は、なんとも言えない気分でその笑顔を見つめる。
「なんだ?」
実の視線に気付いたヤウレウスが首を傾げた。
「いーや。ただ、なんで俺なのかなぁって思っただけ。」
隠すほどのことでもないと思ったので、実は思ったままのことを口にして頬杖をついた。
「あんたさ、俺のことを気に入ってるんでしょ?」
ヤウレウスは自分のことを呼び捨てにするのに対し、尚希のことをキース殿、拓也のことをティル君と呼んでいる。
最初に違和感を抱いたのは、そんな些細だが大きな違い。
それから注意深く観察してみれば、ヤウレウスが対等な立場を求めているのは自分に対してだけだということもすぐに分かった。
ヤウレウスに気に入られていることは、自分の中では明白な事実だ。
「そうだな。」
こちらの予想に反することなく、ヤウレウスは肯定する。
「………」
実は目を細める。
皆から敬われる王族という立場に生まれたが故に、自分の地位を気にせずに接してくれる存在が欲しかったであろうことは想像に難くない。
だが、ヤウレウスがその相手に自分を選んだということが不思議なのだ。
ここまで親しくしようとしてくるあたり、自分が〝鍵〟だということは知らないはずだ。
しかし、その事実を差し引けば自分はただの一般人。
ヤウレウスに気に入られる理由が全く思いつかないのだ。
「ふむ。どうして、か。考えていなかったな。」
ヤウレウスは思案げに目を伏せた。
その沈黙は思った以上に長く、単に〝なんとなく〟という答えを待ち構えていた実は内心で焦ってしまう。
(なんか、妙に真面目な人だな。)
別に、具体的な回答を求めていたわけではなかったのだけど……
「あのさ―――」
「あっ!」
実の言葉は、何かを思い出したようなヤウレウスの呟きに遮られてしまった。
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