世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
641 / 714
第7章 月呼び

王子様との一幕

しおりを挟む

「………」
「どうした、実? 黙り込んで。」
「いや……」


 ヤウレウスに訊ねられ、実は所在なげに視線をさまよわせる。


 拓也も尚希も、ここにはいない。
 話し相手となりえるのは、目の前にいるヤウレウスだけだ。


 こうしてヤウレウスと二人でいる理由はもちろん事情聴取なのだが、こちらの心境は複雑だ。


 その原因は、身の周りの環境にある。


 目の前には温かな湯気と上品な香りを立てる紅茶と、綺麗に並べられた菓子類。
 ヤウレウスと自分の後ろには、何かあればすぐにやってくる侍女が控えている。
 上を見れば豪華なシャンデリアがかかっているし、下を見れば分厚い絨毯じゅうたんが。


 どう見ても、事情聴取というよりはお茶会だ。
 とはいえ、これも何度目の光景だろうか。


 初めの方こそちゃんと事情聴取らしい話もしたが、いつの間にか話題はそこからかなりずれていた。


 そもそも、正式な事情聴取なら事件の捜査を担当するという男性に散々されたのだ。


 担当者が別にいるのに、事情聴取ごときに一国の王太子であるヤウレウスが出てくる必要はないだろう。


 ただでさえ丁寧な待遇に戸惑っているというのに、ヤウレウスまで出てこられると気疲ればかりがかさむ。


 ―――という本音は、口が裂けても言えないのだけど。


 実がいつまで経っても口を開かないでいると、急にヤウレウスが大きく溜め息を吐き出した。


「やれやれ。そろそろ、恐縮するのにも飽きてこないか?」


「だって…。こんな待遇を受けるようなこと、何もしていないので……」


「何を言っているんだ。実の話はとても有益だったし、君はラルス侯爵に殺されかけていたようなものだったんだぞ。それ以前に、客人をもてなすのは家人の礼儀だろう?」


 事実と正論を叩きつけられ、実はぐうの音も出ない。


「………こんなの、慣れてないもん。」
「じゃあ、慣れるんだな。」


 ぼそりと零した独り言にまで丁寧に突っ込まれ、とうとう張り詰めていた糸がはち切れた。


「無理だって!」


 実は、どんっと机を叩く。


「至れり尽くせりの毎日に、あなたみたいな偉い人のお相手って、恐縮するなって方が無理だよ! 俺はこんなことされるほど大した人間じゃないんだってぇー……」


 机に肘をついた両手で頭を抱える実。


 こんな待遇など、〝鍵〟である自分には一番遠いものではないか。
 恐縮するよりも前に、この待遇を本能的に受け入れようとしない自分がいた。


 ヤウレウスは、少しだけ目を見開いてこちらを見ている。


 少しはこちらの気苦労も分かっただろう。
 そう思ったのだが―――


「ようやく、実らしい話し方になったな。」


 予想を斜め四十五度飛び抜けるヤウレウスの言葉に、実は思わず机に突っ伏してしまった。


「……なんで、そうなるんですか。」
「今までの実は、なんとなく言葉を選んでいるように見えたからな。」
「そういうことじゃなくて……」


 話が全く噛み合わず、実はくしゃりと前髪を掻き上げた。


「―――あんた、馬鹿なの?」


 空気を読むのも何もかも面倒になって、実は率直に言い放った。


 ヤウレウスの後ろに控える侍女の顔が露骨に引きつったが、そんなことなど気にするものか。


 文句なら、主人であるヤウレウスに直接言ってくれ。


 投げやりな気分になり、実は額を押さえたまま溜め息をついた。


「そんなことを言われたのは初めてだ。やっぱり面白いな、実は。」
「いや、あんたが言わせてるんだからね。」


 くすくすと笑うヤウレウスに、実は辟易としながらもそうとだけ言い返す。
 だが、ヤウレウスはあくまでも楽しそうだ。


「すまない。少し意地の悪い言い方をしてしまったかな。しかし、実の方にも非はあると思うぞ。僕は純粋に話をしたかっただけなのに、いつまで経っても他人行儀だから。」


「無茶言わないでよ。忙しい合間を縫って来てるのは分かるけど、あんたと対等に話すとか、よっぽど神経が図太くないとできないって。」


「……それもそうだな。」


 一応それは理解しているらしく、ヤウレウスは微かな寂しさをにじませて微笑んだ。


(……なんだかなぁ。)


 実は、なんとも言えない気分でその笑顔を見つめる。


「なんだ?」


 実の視線に気付いたヤウレウスが首を傾げた。


「いーや。ただ、なんで俺なのかなぁって思っただけ。」


 隠すほどのことでもないと思ったので、実は思ったままのことを口にして頬杖をついた。


「あんたさ、俺のことを気に入ってるんでしょ?」


 ヤウレウスは自分のことを呼び捨てにするのに対し、尚希のことをキース殿、拓也のことをティル君と呼んでいる。


 最初に違和感をいだいたのは、そんなさいだが大きな違い。


 それから注意深く観察してみれば、ヤウレウスが対等な立場を求めているのは自分に対してだけだということもすぐに分かった。


 ヤウレウスに気に入られていることは、自分の中では明白な事実だ。


「そうだな。」


 こちらの予想に反することなく、ヤウレウスは肯定する。


「………」


 実は目を細める。


 皆から敬われる王族という立場に生まれたが故に、自分の地位を気にせずに接してくれる存在が欲しかったであろうことは想像にかたくない。


 だが、ヤウレウスがその相手に自分を選んだということが不思議なのだ。


 ここまで親しくしようとしてくるあたり、自分が〝鍵〟だということは知らないはずだ。


 しかし、その事実を差し引けば自分はただの一般人。


 ヤウレウスに気に入られる理由が全く思いつかないのだ。


「ふむ。どうして、か。考えていなかったな。」


 ヤウレウスは思案げに目を伏せた。


 その沈黙は思った以上に長く、単に〝なんとなく〟という答えを待ち構えていた実は内心で焦ってしまう。


(なんか、妙に真面目な人だな。)


 別に、具体的な回答を求めていたわけではなかったのだけど……


「あのさ―――」
「あっ!」


 実の言葉は、何かを思い出したようなヤウレウスの呟きにさえぎられてしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...