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第2章 声
物憂げな瞳
しおりを挟む「―――あ、そういえば。」
出された食事を食べている最中、ふと尚希が口を開いた。
「あのさ…。申し訳ないんだけど、一度帰るってことは可能なのかな?」
「お帰りになりたいのですか?」
相変わらず無表情のクルオルは、尚希のその言葉にもわずかに首を傾げるだけだった。
「いや、あの……なんていうか…。オレも、向こうではあなたの主人と似たような仕事をしているもんだから。急にオレがいなくなるとパニックになるし、今は仕事が立て込んでてさ。とにかく、一週間くらい仕事から離れるってことだけでも伝えたいんだ。」
平静を装ってはいるが、尚希が内心で焦りを覚えていることは手に取るように分かった。
確かに、今のニューヴェルは仕事がかなり詰まっている状況だ。
それに加えて、レイキーでの一件からというもの、尚希が本格的に領主を継ぐ準備を始めたのだと重鎮たちの期待も膨らんでいると聞く。
そんな状況下で尚希が急に消えてしまっては、憶測が憶測を呼んでいらぬ混乱を呼んでしまうだろう。
音信不通の時間が長引くほど、騒ぎは収まらなくなってしまう。
「俺からもお願い。どうにかならないかな?」
尚希の心中も察することができたので、実も援護射撃のように告げる。
しばらくここに滞在するという建前がある手前渋られると思ったのだが、予想に反してクルオルは異を唱えなかった。
「そうですか。それはお困りでしょう。ヴィオル様に話を通してからの対応となりますので少しお時間をいただきますが、よろしいでしょうか?」
「それで構わない。なんか悪いな。」
「いいえ。長がいなくなることの重大さなら、私共がよく分かっておりますので。」
そう返したクルオルの瞳に、ほんの少しだけ憂いの色が滲む。
やはり、いくら冷静沈着といえども、主のことが心配でならないのだろう。
物憂げに伏せられた焦げ茶色の瞳が、ふと実の姿を捉えた。
「?」
そのクルオルの意図を汲み取れず、実は素直に首を傾げる。
しかし、クルオルが実に対して言葉を紡ぐことはなかった。
彼は目を閉じるとすぐにいつもの無表情に戻ってしまい、実へ視線をやることもなくなってしまう。
「ヴィオル様がお戻りになるまで、まだ少し時間があります。それまで、下の市場でも見学されてはいかがですか?」
クルオルの提案に、尚希の表情がパッと明るくなる。
「………」
そのまま尚希と話し始めたクルオルを、実は神妙な面持ちで見つめていた。
クルオルは、嘘をつくことも自分を隠すことも上手い。
必要とあらば、自分の感情を瞬時に殺すこともできるのだろう。
どんなに強い思いが、彼にそうさせるのかは分からないけど……
実は視線を落として、温かい飲み物が入ったカップをぼうっと眺める。
なんとなく分かる。
感情というものは、こらえることはできても、よほどのことがない限り消すことはできないのだと。
感情は、自分を成り立たせるために絶対的に必要なもの。
その感情を殺すということは、自分を殺すようなものでもある。
きっと、クルオルの中には自分を殺してでも貫きたい確固たる何かがあるのだ。
あくまでも想像からの憶測だけど、そう考えると、やはりクルオルのことを敵視できない自分がいた。
くすくすくす……
この時、ふと聞こえた笑い声。
それを、実は空耳か尚希たちの笑い声だろうと思って気にも留めなかった。
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