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第4章 どんな姿でも
祝福の名前
しおりを挟む「そうだ。あなた、この子に名前をつけるつもりはありませんか?」
「………へ?」
赤ん坊から目を離せずにいた実は、ルリの言葉を聞き損ねて、弾かれたように顔を上げる。
「だから、この子に名前をつけてほしいなって思ったんです。この子、あなたのことが気に入ったみたいなので。」
「ええっ!? そんな、俺なんかが―――」
「あら、あなただからお願いしているんですよ。」
慌てる実とは対照的に、ルリは至って平常心だ。
「聞いたでしょう? 私たちにとって、人は神聖な存在だって。人から名前を授けてもらえれば、それだけでこの子は祝福された存在になると思うんです。あの人も、この子があなたから名前をつけてもらえたって聞けば、きっと喜ぶと思うの。……どうか、この子に祝福を授けてはもらえないでしょうか。」
「えっと……でも……」
どうやら、冗談ではないらしい。
初めは軽く提案するような口調だったのに、今ではそれが懇願するような口調に変わってしまっている。
やはりルリ自身も、このアルビノの赤ん坊の未来に対する不安は完全に拭い去れないらしい。
「………」
大いに戸惑っていた実だったが、ふとした拍子にその顔を真面目なものにする。
そして、次に優しく微笑んだ実は、赤ん坊の手をそっと握り返した。
「じゃあ―――」
身を屈め、実は赤ん坊の柔らかい手に軽い口づけを落とす。
「シュネージュ。俺の世界で〝雪〟を示す言葉からもらいました。この子が歩む未来に、光あふれた祝福が満ちていますように。」
顔を離し、実は赤ん坊の頭を優しくなでる。
「ああ……」
ルリは感極まったように口元を手で覆い、ぽろぽろと涙を流した。
そして赤ん坊を抱き寄せ、その頬に自分のそれを寄せる。
「シュネージュ……いい響きだわ。これから、あなたの名前はシュネージュよ。きっと……どんな不幸も、幸せに変えられるわ。」
涙を流すルリは、とても幸せそうだ。
実はそんなルリと赤ん坊を愛おしそうに見つめていたが、ふとその表情を真っ青にした。
「うわっ!?」
慌てた様子で椅子から立ち上がる実。
その拍子にリーネが膝から落ちたが、血の気の引いた顔で自分の口を覆う実に、そこまで気に留める余裕はなかった。
「すみません! きょっ、今日はこれくらいで失礼します!!」
「あら……そう? また、ぜひ来てくださいね。」
「はいっ!!」
上ずった声で返事をして、実は大慌てでルリたちの部屋から飛び出した。
駆け足でそこから少し離れ、急に立ち止まったかと思うとしゃがみ込み、頭を両手で抱える。
そして―――
(なんで俺の体で勝手に命名してんだ、バカ―――ッ!!)
心の声で、全身全霊を込めて叫んだ。
その叫びを実際の声に出せないのがもどかしくてたまらない。
そうなのである。
先ほどの命名までの流れは、決して自分の意志でしたものではない。
丁重に断ろうと思っていたのに、ノルンが勝手にこちらの体を乗っ取って名前をつけてしまったのだ。
しかも、こちらの知識を借りるというおまけつきである。
「別によいではないか。ルリも喜んでいたぞ。」
当の本人は、この言いようである。
「勝手にお前の口を借りたことは謝るが、それでルリの不安を和らげることができたのだ。安いものだろう。お前は、大人しく名づけ親として振る舞っておけ。」
(ああもう…。俺ってなんで、こういう場面にばっか出くわすんだよぉ……)
なんだか、無性に泣きたい気分になってきた。
(ってか、なんで俺の体が使えるの?)
文句はさておき、疑問点はそこだ。
「それだけ、双蓮の種が育ってきているということだな。まあ私自身も、こんな芸当ができるとは初めて知ったのだが。物は試しにやってみるものだな。」
(そんな軽い気持ちで、俺の体を使うなよ!)
心の声だけで抗議するのも限界で、実は自分の髪の毛を掻き回す。
周囲から見たら奇怪な光景だろうが、こちらとしてはそんなことまで意識している場合ではないのだ。
そうしてもどかしい思いを逃がしていると―――ふいに、ドンッと衝撃が走った。
「……ん?」
実は、ピタリと動きを止める。
背中に何かがのしかかってきている。
そして、首に回されている誰かの腕。
くるりと頭を巡らせると、大きな茶色い瞳と目が合った。
「……どうしたの? こっちはもう、遊んであげられる気力なんてないよ……」
肩を落として息を吐き出しつつ、実は背中に身を預けてくるリーネの頭をなでた。
リーネはそれに心地よさそうに目を閉じて、実の首に回す腕に力を込める。
そして、次にこんなことを言い放ったのだった。
「お兄ちゃんから、パパとおんなじ感じがするー。」
「………っ!?」
数秒遅れて、リーネの言葉の意味を理解する。
ぎょっとしてリーネを振り返ると、リーネは純粋な目のまま、きょとんとしてこちらを見つめていた。
当然だが、本人は事の重大さに気付いていないらしい。
「ふむ…。これは、私も予想外だな。」
暢気に呟くノルンに対し、実は重たい溜め息を吐き出すばかりだった。
また厄介事が増えてしまった。
ただでさえノルンの存在を抱えていることは極秘だというのに、これからはリーネが周りにこのことを言いふらさないかに注意する必要もあるなんて。
実はくるりと体の向きを変えて、リーネと正面から対峙する。
そして、リーネと目線を合わせると、口元で人差し指を立てて悪戯っぽく笑った。
「内緒だぞ?」
小声で言うと、リーネはキラキラと表情を輝かせて頷いた。
「うん!」
素直な反応を示すリーネに、実は笑みを深めてリーネの頭に手を置いた。
「よしよし、いい子だ―――って……」
途端に、実の表情が激変する。
「言ってるそばから、勝手なことするなーっ!!」
我慢できずに、今回ばかりは大声を張り上げてしまう。
それに対し、ノルンはやれやれと息をつき、片やリーネは面白おかしく大笑いしている。
―――もう二度と、こんな役回りはごめんである。
実は固く決心する。
こんなことはもうないだろうと分かってはいても、そう決心しないことには気が済まなかった。
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