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第4章 どんな姿でも
もう、それ以上―――
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リーネを部屋へと送り届けた後、実は渓谷の上で風を浴びていた。
まるでプラネタリウムのような夜空を見上げ、憂いた表情で小さく息を吐く。
そんな実に―――
「おい。」
ノルンが呼びかける。
しかし、実はそれに反応らしい反応を示さなかった。
「おい、聞いているのか。」
「………」
唇を固く引き結ぶ実の沈黙は頑なだ。
その態度は無視ではなく、もはや拒絶の域だった。
「おいっ……―――実!!」
「うるさい!」
痺れを切らしたノルンが怒鳴ると、実がそれに負けない勢いで怒鳴り返して地面を殴った。
憂いの表情は一変し、激情をこらえるような切ない色がその顔に広がっていく。
「……なんで…っ」
一音一音を必死に絞り出したような、細い声。
それが、噛み締められた奥歯の隙間から小さく漏れた。
実は地面に叩き込んだ拳を震わせる。
周囲には誰もいない。
それが、張り裂けそうな心のリミッターを外してしまう。
「なんで……俺に、あんなものを見せたんだ…っ」
険しく眉根を寄せる実は、どこか泣きそうな雰囲気を醸し出していた。
「お前に、必要だと思ったからだ。」
ノルンは、やけに平坦な声でそう答える。
彼の言葉に含まれた響きから自分の考えが的を射ていることを知り、実はさらに奥歯を噛み締めるしかなかった。
ノルンがルリたちの元へ自分を導いたのは、家族に会うためではない。
彼の本当の目的は、自分をルリに会わせることにあったのだ。
「いいか、よく聞け。あれが親というものだ。」
その証拠に、ノルンは静かに語り始める。
「たとえどんなに病弱でも、どんなに愚鈍でも、どんなに困難な問題を抱えていたとしても、親は自分の子供を愛するものだ。子供の幸せを何よりも願う生き物なのだ。それは、お前の両親とて同じこと。そしてそれは……親という肩書きがなかったとしても、心を持つ者ならば通ずるところがあるのだ。」
「………何が言いたい……」
実は急激に水分を失った喉を震わせ、ともすればかすれそうになる声で必死に言葉を紡いだ。
許されるなら、この場で倒れることになっても構わないから、己を眠りの闇に隔離してしまいたい。
臆病者と罵られてもいいから、この場から逃げ出してしまいたかった。
実の声に含まれた逃避願望を感じ取ったのだろう。
ノルンの口調に厳しさが混じる。
「わざわざ言わせないと気が済まないのか!? お前は、そこまで愚かではないだろう!!」
ノルンの声は、問答無用で実の脳内を揺らす。
「何故お前の父親は、母親の記憶からお前の存在を消すことを選んでまでお前を異世界に逃がしたのだ!? 何故記憶を取り戻したお前の母親は、必死にお前を呼んだのだ!? なんで今一緒にいるあの者たちは、お前のために動いているのだ!? 周りにいる者たちが、行動で必死に示しているだろう! ―――お前は、ここにいていいのだと!!」
「―――っ!!」
実は、ぎゅっと目をつぶる。
「お前は聡い。そして賢い。だが大馬鹿者だ。分かっているくせに逃げている。周りに与えられている愛情に気付いているくせに、それを受け入れることを躊躇っている。自分は、与えるだけ与えているくせにな。」
「……違う。そんなんじゃない。」
必死に頭を振って、実はノルンの言葉を否定する。
「俺は……与えてなんかない。与えることなんて……できない。」
「だから、お前は馬鹿者だと言うのだ。」
ノルンは、憮然として鼻を鳴らすだけだった。
「与えられているかどうかは、お前ではなく相手が決めることだ。だが……いいだろう。そこまで言うなら、事実を突きつけてやる。」
「………やめて……」
「拓也はお前が自分の命を賭けて死神と取引をしなければ、母親の面影に負けて死んでいた。それ以前に、お前と出会うことがなければ、いずれは己の復讐心に飲まれて破滅の道を辿っていただろう。」
「ちが……」
「尚希はお前の動きがなければ、あのままリラステに己を食わせていた。リラステもお前の血を飲まなければ、あそこまでの隙を見せることもなかっただろう。」
「あれは、頼まれただけで……」
「まだ言うか? 桜理はお前の力なくしては生き延びられず、お前が身を犠牲にするほどの覚悟を見せなければ、自分の本当の心とも向き合えなかった。ユエはお前が助けなければ森の中で死んでいたし、父親から解放されることもなかった。晴人はお前が送り出してやらなかったら、華奈美の笑顔を見られずに、彼女との別れを受け入れることもできなかった。みんなみんな、お前の行動がもたらした結果だ。何か言い返せるなら言い返してみろ。全部叩き返してやる。」
「………っ」
「これは単なる事実だ。お前は、たくさんの人間を救ってきた。何故そんなことをしたのだ? 見殺しにすることだってできただろう? それなのに、お前は多くの人間に手を差し伸べてきた。それは何故だ? お前がそうしたかったからだろう? それだけのことができるほど、周りの者たちが大事だからだろう!?」
「嫌だ…っ」
「逃げるな!! お前は、自分と同じ想いを周りが持ってくれていることを理解している。分かっていて拒絶するな! そこから逃げるんじゃない! 逃げるなら、拒絶するなら……いっそ、今まで関わった者たちを全員殺せ! 中途半端な態度で、周りを苦しめるな!!」
「もうやめてくれ!!」
頭を抱えた実は、全身全霊で叫んだ。
途端に無意識下で暴走した魔力が爆発し、実を中心とした地面に亀裂が走る。
「くっ……うっ……」
自身の肩を抱き、実は暴走する魔力を懸命に抑えた。
自分の魔力の強さを実感する。
腕輪の力がない状態だと、暴走した魔力を抑えるのにここまで苦労するなんて。
「実!?」
ふいに鼓膜を叩いた声に、大袈裟なほどに自分の肩が震えた。
(どうして……こんな、時に……)
唇を噛み締め、両の手で顔を覆う。
そんな実の肩に、慌てて駆けつけてきた拓也と尚希が気遣わしげに触れた。
当たり前だ。
腕輪の制限がない状態で魔力を暴走させれば、この二人が気付かないわけがない。
でも……今は、来てほしくなかったのに。
「実、どうしたんだ!?」
「だいじょ…ぶ……なんでもない……」
「なんでもないわけないだろ!?」
頭を振る実に条件反射で怒鳴り返した拓也だったが、その顔はすぐに懐疑的なものに変わる。
「実……震えてるのか?」
触れた手から伝わる震えに、拓也と尚希は揃って困惑した表情を見せる。
しかし、今の実には二人の機微に構うほどの余裕はなかった。
「本当に、大丈夫だから……何も訊かないで。お願いだから…っ」
ああ、こんなの逆効果だ。
分かっているのに……
今は拓也たちの顔を見ないように深くうつむいて、きつく目を閉じるしかない。
そうでもしないと、この動揺に耐えられない。
泣き叫びたくなる衝動を抑え込めることができないから。
「……ここまで追い込んでも、お前は手を伸ばさないのだな。」
どこか悲しそうな、ノルンの声。
「お前の境遇には同情する。お前が必死に努力していることも認めよう。人間が怖いのも、大事な人を危険にさらしたくがないために彼らを拒絶したくなる気持ちももっともだ。素直だった自分にすがりたかったからこそ、不安定な自分が信じられなくなるのも仕方ない。だがな……」
ノルンの言葉は続く。
「自分が積み上げてきたものを振り返るといい。自分と関わってきた者たちをよく見るのだ。そこには、お前がお前自身を信じてやれるだけのものがあるのだぞ。間違いなく、お前自身の手で作り上げてきたものだ。いい加減、それを受け入れてやれ。もう、それ以上―――自分を追い詰めるな。」
「………うっ……」
そんなの反則だ。
さっきまで偉そうに説教を垂れていたくせに、そんな声を出さないでほしい。
そんな声で―――そんな優しい言葉をかけないでくれ。
目に熱いものが込み上げてくる。
それを必死にこらえながら、実は自分の心を静めることに集中した。
だめだ。
これ以上、心を乱してはいけない。
拓也たちをあまり心配させるわけにはいかないんだから。
でも―――本当に……いいの…?
そんな心の悲痛な声が、いつまでも脳裏で木霊していた。
まるでプラネタリウムのような夜空を見上げ、憂いた表情で小さく息を吐く。
そんな実に―――
「おい。」
ノルンが呼びかける。
しかし、実はそれに反応らしい反応を示さなかった。
「おい、聞いているのか。」
「………」
唇を固く引き結ぶ実の沈黙は頑なだ。
その態度は無視ではなく、もはや拒絶の域だった。
「おいっ……―――実!!」
「うるさい!」
痺れを切らしたノルンが怒鳴ると、実がそれに負けない勢いで怒鳴り返して地面を殴った。
憂いの表情は一変し、激情をこらえるような切ない色がその顔に広がっていく。
「……なんで…っ」
一音一音を必死に絞り出したような、細い声。
それが、噛み締められた奥歯の隙間から小さく漏れた。
実は地面に叩き込んだ拳を震わせる。
周囲には誰もいない。
それが、張り裂けそうな心のリミッターを外してしまう。
「なんで……俺に、あんなものを見せたんだ…っ」
険しく眉根を寄せる実は、どこか泣きそうな雰囲気を醸し出していた。
「お前に、必要だと思ったからだ。」
ノルンは、やけに平坦な声でそう答える。
彼の言葉に含まれた響きから自分の考えが的を射ていることを知り、実はさらに奥歯を噛み締めるしかなかった。
ノルンがルリたちの元へ自分を導いたのは、家族に会うためではない。
彼の本当の目的は、自分をルリに会わせることにあったのだ。
「いいか、よく聞け。あれが親というものだ。」
その証拠に、ノルンは静かに語り始める。
「たとえどんなに病弱でも、どんなに愚鈍でも、どんなに困難な問題を抱えていたとしても、親は自分の子供を愛するものだ。子供の幸せを何よりも願う生き物なのだ。それは、お前の両親とて同じこと。そしてそれは……親という肩書きがなかったとしても、心を持つ者ならば通ずるところがあるのだ。」
「………何が言いたい……」
実は急激に水分を失った喉を震わせ、ともすればかすれそうになる声で必死に言葉を紡いだ。
許されるなら、この場で倒れることになっても構わないから、己を眠りの闇に隔離してしまいたい。
臆病者と罵られてもいいから、この場から逃げ出してしまいたかった。
実の声に含まれた逃避願望を感じ取ったのだろう。
ノルンの口調に厳しさが混じる。
「わざわざ言わせないと気が済まないのか!? お前は、そこまで愚かではないだろう!!」
ノルンの声は、問答無用で実の脳内を揺らす。
「何故お前の父親は、母親の記憶からお前の存在を消すことを選んでまでお前を異世界に逃がしたのだ!? 何故記憶を取り戻したお前の母親は、必死にお前を呼んだのだ!? なんで今一緒にいるあの者たちは、お前のために動いているのだ!? 周りにいる者たちが、行動で必死に示しているだろう! ―――お前は、ここにいていいのだと!!」
「―――っ!!」
実は、ぎゅっと目をつぶる。
「お前は聡い。そして賢い。だが大馬鹿者だ。分かっているくせに逃げている。周りに与えられている愛情に気付いているくせに、それを受け入れることを躊躇っている。自分は、与えるだけ与えているくせにな。」
「……違う。そんなんじゃない。」
必死に頭を振って、実はノルンの言葉を否定する。
「俺は……与えてなんかない。与えることなんて……できない。」
「だから、お前は馬鹿者だと言うのだ。」
ノルンは、憮然として鼻を鳴らすだけだった。
「与えられているかどうかは、お前ではなく相手が決めることだ。だが……いいだろう。そこまで言うなら、事実を突きつけてやる。」
「………やめて……」
「拓也はお前が自分の命を賭けて死神と取引をしなければ、母親の面影に負けて死んでいた。それ以前に、お前と出会うことがなければ、いずれは己の復讐心に飲まれて破滅の道を辿っていただろう。」
「ちが……」
「尚希はお前の動きがなければ、あのままリラステに己を食わせていた。リラステもお前の血を飲まなければ、あそこまでの隙を見せることもなかっただろう。」
「あれは、頼まれただけで……」
「まだ言うか? 桜理はお前の力なくしては生き延びられず、お前が身を犠牲にするほどの覚悟を見せなければ、自分の本当の心とも向き合えなかった。ユエはお前が助けなければ森の中で死んでいたし、父親から解放されることもなかった。晴人はお前が送り出してやらなかったら、華奈美の笑顔を見られずに、彼女との別れを受け入れることもできなかった。みんなみんな、お前の行動がもたらした結果だ。何か言い返せるなら言い返してみろ。全部叩き返してやる。」
「………っ」
「これは単なる事実だ。お前は、たくさんの人間を救ってきた。何故そんなことをしたのだ? 見殺しにすることだってできただろう? それなのに、お前は多くの人間に手を差し伸べてきた。それは何故だ? お前がそうしたかったからだろう? それだけのことができるほど、周りの者たちが大事だからだろう!?」
「嫌だ…っ」
「逃げるな!! お前は、自分と同じ想いを周りが持ってくれていることを理解している。分かっていて拒絶するな! そこから逃げるんじゃない! 逃げるなら、拒絶するなら……いっそ、今まで関わった者たちを全員殺せ! 中途半端な態度で、周りを苦しめるな!!」
「もうやめてくれ!!」
頭を抱えた実は、全身全霊で叫んだ。
途端に無意識下で暴走した魔力が爆発し、実を中心とした地面に亀裂が走る。
「くっ……うっ……」
自身の肩を抱き、実は暴走する魔力を懸命に抑えた。
自分の魔力の強さを実感する。
腕輪の力がない状態だと、暴走した魔力を抑えるのにここまで苦労するなんて。
「実!?」
ふいに鼓膜を叩いた声に、大袈裟なほどに自分の肩が震えた。
(どうして……こんな、時に……)
唇を噛み締め、両の手で顔を覆う。
そんな実の肩に、慌てて駆けつけてきた拓也と尚希が気遣わしげに触れた。
当たり前だ。
腕輪の制限がない状態で魔力を暴走させれば、この二人が気付かないわけがない。
でも……今は、来てほしくなかったのに。
「実、どうしたんだ!?」
「だいじょ…ぶ……なんでもない……」
「なんでもないわけないだろ!?」
頭を振る実に条件反射で怒鳴り返した拓也だったが、その顔はすぐに懐疑的なものに変わる。
「実……震えてるのか?」
触れた手から伝わる震えに、拓也と尚希は揃って困惑した表情を見せる。
しかし、今の実には二人の機微に構うほどの余裕はなかった。
「本当に、大丈夫だから……何も訊かないで。お願いだから…っ」
ああ、こんなの逆効果だ。
分かっているのに……
今は拓也たちの顔を見ないように深くうつむいて、きつく目を閉じるしかない。
そうでもしないと、この動揺に耐えられない。
泣き叫びたくなる衝動を抑え込めることができないから。
「……ここまで追い込んでも、お前は手を伸ばさないのだな。」
どこか悲しそうな、ノルンの声。
「お前の境遇には同情する。お前が必死に努力していることも認めよう。人間が怖いのも、大事な人を危険にさらしたくがないために彼らを拒絶したくなる気持ちももっともだ。素直だった自分にすがりたかったからこそ、不安定な自分が信じられなくなるのも仕方ない。だがな……」
ノルンの言葉は続く。
「自分が積み上げてきたものを振り返るといい。自分と関わってきた者たちをよく見るのだ。そこには、お前がお前自身を信じてやれるだけのものがあるのだぞ。間違いなく、お前自身の手で作り上げてきたものだ。いい加減、それを受け入れてやれ。もう、それ以上―――自分を追い詰めるな。」
「………うっ……」
そんなの反則だ。
さっきまで偉そうに説教を垂れていたくせに、そんな声を出さないでほしい。
そんな声で―――そんな優しい言葉をかけないでくれ。
目に熱いものが込み上げてくる。
それを必死にこらえながら、実は自分の心を静めることに集中した。
だめだ。
これ以上、心を乱してはいけない。
拓也たちをあまり心配させるわけにはいかないんだから。
でも―――本当に……いいの…?
そんな心の悲痛な声が、いつまでも脳裏で木霊していた。
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