世界の十字路

時雨青葉

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第5章 揺れる心と揺らがぬ決意

拓也の宣言

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 クルオルに渡されたのは、小さな木の実が数粒。


「これを、口の中で噛み潰してから飲んでください。」


「これは?」


「アケシアの粉に対する解毒効果があります。これを飲んでしばらくすれば、体も一気に楽になりますので。」


「アケシアの粉?」


 訊ねながら、もらった木の実を口の中に放り込む。
 張りのある木の実を奥歯で噛み潰すと、果汁が瞬く間に口腔内に広がっていった。


「うえ……にっが……」


 顔をしかめると、拓也が水を持ってきてくれる。
 拓也の手を借りて体を起こし、水をゆっくりと飲み込んだ。


 これで苦味も流れていくかと思いきや、口の中には依然と強い苦味が残り、水と一緒に果汁を飲み込んだ喉にはやたらと冷たい感覚がまとわりついていた。


「何これ、最悪……」


 素直に文句を言うと、拓也が苦笑いをする。


「良薬口に苦しってな。三十分くらいしぶとく苦味が残ってるから、頑張って耐えろ。」


「マジですかい……って、拓也も飲んだの?」


「おれも尚希も、クルオルも飲んだよ。この後、今捕まってる人たちにも飲ませていく予定。」


「ってことは、何か分かったんだ?」


 訊ねると、拓也が一瞬で表情を消した。


「暴動を起こした連中の家から、見つかった物がある。」


 そう言って、拓也は机の上に置いてあった布袋を手に取った。
 そこから出てきたのは、ここに来て嫌というほど見た黒い羽根である。


「すぐに浄化されるけど、一応口元を塞いどけよ。」


 言いながら自分もそでで口と鼻を覆い、拓也は手にした羽根を微かに揺らした。
 すると、その羽根から白い粉のようなものが落ちる。


 粉はあっという間に空気中へと消えていき、すぐに精霊の力で部屋の空気が動くのを感じた。


「ほとんどが処分されてたけど、暴動を起こした奴らの家には必ずこれがあったと見て間違いないだろうな。」


 拓也はすぐに羽根を布袋へと戻し、説明を再開する。


「この羽根に仕込まれてたのが、アケシアの粉っていうんだと。この近くに生えている植物で、強い麻薬みたいなもんらしい。激しい酩酊感に意識障害、大量に吸うと幻覚や幻聴まで出てくるっていう厄介なもんだそうだ。どうりでみんな、言うことが支離滅裂なわけだよな。犯人は、これを使って集落の人に一種の催眠術をかけてたっていうのがおれたちの見解。調査中に体調を崩す奴とかもいたんだけど、それもアケシアの粉が残ってたのが原因だろうな。」


「なるほどね。」


 実は、息を吐いて額に手をやる。


「確かに、これはきついわ。簡単に意識を持っていかれるもん。まだあいつらの声が消えない。」


 精霊たちが室内を浄化してくれているから多少は動けるが、意識の方はまだまだ回復しきっていないというのが現状だ。


 頭は割れそうなほどに痛いし、男性たちが口々に呟いていた言葉が幻聴のようにだましている。


「実さんの場合、短時間でかなりの量を吸わされたようですからね。よくあの状態で意識を保てましたね。脱帽ものですよ。」


「いやいや、かなりやばかったよ? それに、意識を保ってたっていっても、拓也が入ってくるちょっと前辺りからは、もう何がなんだかって感じでほとんど覚えてないんだ。」


 苦笑混じりに言うと、急に拓也の表情が変わった。
 真面目な表情に若干の影が差し、何かに悩むような色が見受けられる。


「どうしたの?」


 拓也の変化に気付いた実が首を傾げる。


 それにさらに悩ましげに眉を寄せる拓也だったが、ふいに肩から力を抜いた彼は静かに首を振った。


「……いや。覚えてないならいい。」
「え…」


 拓也の言葉に、実は頬がひきつらせる。


「俺、なんかやばいことしてた?」
「だから、覚えてないならいいって。」


 拓也はそう言うが、その言葉がこちらの懸念を肯定しているようなものだ。


 実は必死に記憶を手繰たぐる。


 しかし、どれだけ過去を思い返しても、混濁した意識と記憶の中からはまともな情報が何一つとして得られない。


「ああもう! 結果論として大丈夫だったんだから、もういいんだって! 余計なことは考えずに、今は寝てろ!」


「わっ!?」


「ただな。」


 実をベッドに押し戻して毛布をかけてやり、拓也は声のトーンを落とす。


「これからは、やばいと思ったらすぐに人を呼べ。今回のことで、お前が一人の状態でがけっぷちに立つと洒落しゃれにならないことだけはよーく分かった。」


「へ? どういう……」


「それと―――」


 そこで声の調子を一変させ、拓也は実の頭を掴んでいた手に力をこめた。


「この馬鹿め!! くだらない伝言のために尚希を使いやがって! それで一人になったのが、こうなった間接的な原因なんだからな!? 分かってんのか!?」


「あたたたた! く、くだらないって……」


「くだらないわ!」


 最後にぺしっと頭を叩かれ、実はじんじんとしびれる頭をさすった。
 ただでさえ頭が痛いというのに、これはかなりこたえる。


「なんかもう、伝言で終わらせるのもしゃくさわるから直接言ってやる。よく覚えとけ。」


 枕元に手をつき、拓也は実を真上から見下ろして口を開いた。


「おれは、おれがした選択を後悔するつもりはさらさらないからな。自分なりに考えて、どんなリスクがついて回るのかも承知の上だ。それでおれはここにいる。、ここにいるって決めたんだ。お前の運命に巻き込まれてここにいるんじゃないんだからな。」


「―――っ!!」


「疑うなら、お得意の読心術で探ってみろよ。おれの言葉に嘘があるかどうか。」


 息を飲む実の目を、拓也はじっと見つめる。


 そんな拓也のことを唖然とした様子で見上げていた実だったが、しばらくしてその瞳が言葉を探すようにさまよい始めた。


「……ごめん、降参。」


 毛布に顔を隠した実が口にしたのは、彼にしては珍しい敗北宣言。


「当たり前だ。ってか、分かってたんなら訊く必要もないだろ。」


 始めから嘘などないのだから、実に反論の余地など与えるつもりはない。
 そう思っていた拓也は、満足げに頷いて実から離れた。


「くっそー……」


 拓也が後ろでクルオルと今後について話し始めたので、実は誰にも聞こえないようにこっそりと毒づく。


 何も言えなかったじゃないか。


 あんな風に正面から堂々と叩きつけられた言葉に、必死に考えて取りつくろった言葉など敵うわけがない。


 心を読むまでもなく分かってしまった。


 揺るぎないあの言葉にも、こちらをまっすぐに見下ろす曇りのない瞳にも、虚栄やいつわりが一片もないことが。


 確かに、尚希に伝言を頼む前からこういう答えが返ってくるだろうことは予想していた。


 それでもあえて問いを投げかけたのは、直情的な拓也に対する牽制けんせいのつもりだったのだ。


 こちらとの距離感が分からないと言いながらも、拓也の目からは躊躇ためらいや迷いといったものが不思議なくらい消えていた。


 そのことが、少しだけ怖かった。


 迷いがあるということは、拓也が自分から離れる可能性がまだあるということだ。


 拓也の態度が微妙に変化したことで、彼から迷いがなくなったことに気付いて感じ取った意志。


〝もう絶対に引かない〟


 拓也の全身から放たれるこの決意が、自分が心のどこかですがっていた後ろ向きな可能性をかんなきまでに潰していた。


 拓也はもう、自分の運命から引き離すことができない。
 そう思うと、背筋が凍りそうになった。


 だから、あえて問うたのだ。
 そうすることで、拓也が自分の考えを振り返るきっかけを作れればと思って。


 しかし、結末はこう。
 拓也に自身の選択を振り返らせるどころか、逆に決意を固くさせてしまったらしい。


「無駄な足掻きだったな。ああいうのは、こちらが命令しても聞かぬ時は聞かぬぞ。諦めろ。」


「……うるさい。」


 それ見たことか、と。
 ノルンが皮肉げに言ってくる。


 その口調に少しの腹立たしさを感じたものの、反論の言葉を見つけられない実は毛布に潜り込むしかないのだった。

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