世界の十字路

時雨青葉

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第2章 失踪

複雑になる友人の言葉

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「あっはははは!」


 晴人との会話を愚痴ぐちると、拓也は外にいるにもかかわらず大笑いした。


「なんで笑うのさ!」


 拓也の反応が予想外だったので、実は思わずそう言って拓也に掴みかかる。


「わ……悪い悪い。だけど、面白くてさ。」


 まあまあ、と。
 実をなだめるように、拓也は顔の前に手をやる。


「でもさ、実って本当に、三村が相手だと容赦がないよなぁ。」
「それは、あいつが馬鹿だから……」
「はいはい。」


 実の言い分を軽く受け流した拓也は、ふとその顔に穏やかな笑みを浮かべた。


「悪い事じゃないじゃん。正直、おれは結構ほっとしてるよ。」
「……どういう意味?」


 いまいち理解できない実が聞き返すと、拓也はくすりと肩をすくめた。


「最近の実、本当に安定してる。ちょっとずつだけど、おれが会ったばかりの頃の実の部分が戻ってきてると思う。色々あったこの一年の間、実の三村に対する態度が昔と変わってないってことは、三村は実にとって、何が起こっても遠慮せずに接することができる相手なんだろうな。おれや尚希とは違って、三村はアズバドルとはなんの関係もない。だからこそ、三村はおれたちとは全く違う次元でお前を支えてる。……なんか、ちょっぴりうらやましいな。でも、そのおかげで実が安定してるから、ほっとしてるのと同時に、三村には感謝してる面が大きいんだ。」


 拓也の言葉ににじむ、若干のぎゃく的な響き。


 つきり、と。
 胸が少し痛んだ。


 別に、拓也たちを意図してけているつもりはないのだ。


 けれど、晴人が自分の抱えているものに巻き込まれる可能性がほとんどないと分かっている分、遠慮がないというのもまた事実だと思う。


 拓也たちに晴人と同じような態度で接することができるかといえば、それはきっと無理だ。


「大丈夫。分かってるから。」


 沈黙した実の気持ちを察したのか、拓也が笑う。


「気を悪くするなって。確かに三村をうやらましいとは思うけど、おれはおれで、三村にはできない支え方ができるし。それに、最近はようやく、実もおれたちを認めてくれるようになったみたいだし?」


「べ……別に、認めてないなんて言ったことないでしょ。」


 からかうような視線を向けられて、実は歯切れ悪く言い返す。
 拓也は小さな笑い声を漏らすと、ふと頭上の青空を見上げた。


「だけど、こうしてると不思議だよな。去年のせわしなさが嘘みたいだ。時々、去年は状況が異常だっただけで、実自身は何も変わってないんじゃないかって思ったりもする。それくらい、今が平和なんだな。そんなに長続きしないって分かっていても、こんな時がもっと続けばいいのにって願わずにはいられない。」


「………っ」


 ドクン、と。
 心臓が跳ねた。


 何も変わっていないと思うということは、拓也が今と昔の違いが分からなくなってきているということだろう。


 まさか、拓也まで自分と同じようなことを考えているとは思わなかった。
 他人にもそう思われるくらい、今の自分は安定しているのだ。


 いや―――それくらい、昔と今の自分の境が消えてしまっているというべきだろうか。


(なあ……俺たちの違いって、なんなんだ?)


 実は自分の中に問いかける。
 無論、返事はない。


 無意識のうちに、ぐっと奥歯を噛み締める。


(ずっと関わりたくないって思ってたけど、今以上にお前と話してみたいって思ったことはないよ……)


 そんなことが今さら実現しないことなど十も百も承知だが、今の不安定な自分の気持ちをどうにかしたくて仕方ない。


(どっちに転んでも、不安定なのは変わらないのか……)


 自嘲ぎみに笑ったと同時に、拓也が口を開いた。


「なのに、平和だから楽しまなきゃって言ってたお前が、自分から厄介事を引き込んでくるんだもんな。」


「へ…?」


 話の流れについていけず、実は固まる。
 しばらくして言葉の意味を飲み込んだ実は、思い切り首と手を振った。


「いやいや。俺が引き込んだんじゃなくて、晴人が持ち込んできたの。」
「どっちにしろ、厄介事を引き受けたのは変わらないだろ。優しいな、実は。」


 実の気質をよく知っている拓也は、実の言葉にただ笑うだけだ。


 一年一緒にいて分かったが、実は自身に対して絶対に高評価を与えない。
 他人から高い評価を受けても、それを素直に受け取る性分でもない。


 こちらが実に合わせて話を進めれば、実はどんどん卑屈になるだろう。
 だから、これでちょうどいいのである。


「だから違うって……」


 やはり実は、否定しか口にしない。
 そんな実にくすくすと笑っていると、実がピタリと歩みを止めた。


 拓也も同じように立ち止まり、自分のすぐ横にそびえるものを見た。


「到着か?」
「そう。」


 実たちの側には、二人の身長よりも少し高い門がある。


 ここは、聖清学園の裏門。


 門の内側には木が乱立していて、人の気配は感じられない。


 手入れはされているように見受けられるのだが、見る者にどことなく寂しい印象を与えた。


 実が門に手をかけてゆっくり押すと、古くさびついたみみざわりな音を立てながら門が開いた。


 人一人分が入れるくらいまで門を開き、その隙間に滑り込んで校内に入る。
 実の後に続き、拓也もその中へ。


「へぇ…。こんな場所があったのか。」


 ぐるぐると辺りを見回しながら、拓也が言う。


「俺も学校中を駆け回ってて、初めてここに気付いたんだよ。校舎から少し離れてるし、ほとんど人なんて来ないよ。」


 当初はきっと、憩いの場としての機能があったのだろう。
 木々の隙間に、いくつかのベンチとテーブルがある。


 だが、今となってはここを利用する者はかなり少ない。
 本当に時々、美術部の生徒が写生しに来るくらいだ。


 ―――だからこそ、ここを選んだのだけど。


「で、何するんだ?」


 拓也が訊ねてくる。


「もう俺だけじゃ分からないことだらけで、お手上げ状態だからさ。この辺に詳しそうな奴に話を聞こうと思って。」


 しゃがみ込んだ実は、地面に手を当てた。
 一つ深呼吸をして、目を閉じる。


 ざわざわと、地面に落ちている葉が小さく揺れ出す。
 そのまましばし。




「ちょっと! うるさいわよ!!」




 甲高くて幼い声がしたかと思うと、何かが実の頭の上に次々と落ちてきた。

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