快楽に溺れ、過ちを繰り返す生命体

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シリアルキラー

イルボンのソンセン

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「日本人がここで、アンタらを教えたってのか?」

「そういう事だ。確か、二十年ぐらい前になるが、オレを含め、七、八人の子供がここに集まってイルボンの下、身体を鍛える為に様々な事を学んだ」

ソンヒョクは相変わらずストレッチを続けている。
開脚や、立ったまま膝を曲げず、おでこが膝にくっつく程の柔軟さだ。
テコンドーストレッチといって、テコンドーには欠かせない柔軟性を養うウォーミングアップでもある。

「オレたちは、その人をソンセン(先生)とかソンセンニム(先生様)って呼んでた。その人は今、お前が寝泊まりしている宿泊所に住んでいて、朝になればここに来て、オレたちに色んな話をしてくれた」

何故、こんな場所で日本人が在日コリアンの子供を教えていたのか?
しかも、ソンヒョクはその格闘術を暗殺術として使っている…

それも、日本人が伝授したのだろうか?

「その日本人ってのは、何モンなんだ?」

「…分からない。ただこの街にフラッと現れ、この場所でトレーニングしていた。
オレたちはその様子を外からジッと見ていただけだったが、ソンセンがオレたちを見て、こっちに来て一緒にトレーニングしよう、と言ったのが始まりだったから」

(不思議な日本人だな。こんなとこに来て、とんでもねぇ事教えるなんて…)

「てことは、そのソンセンはハングルを使ってたのか?」



次のタバコに火を点け、プハーっと煙を吐き出した。

「おい!オレは禁煙してんだから、あんまりこっちに煙を出すな。
勿論、オレたちは日本で生まれたが、周りは皆ハングルで話すから自然とハングルで話すようになる。
そうだろ?でも、ソンセンはハングルも話せたし、オレたちが将来日本で生きていく為に困らないようにと、日本語も教えてくれた。当時ソンセンは五十前後だったから生きてりゃ、七十を過ぎてるんじゃないかな…」

当時を振り返り、ソンヒョクはリングを下りて、天井にぶら下がってる太いロープに手をかけた。

「ソンセンのトレーニングは一切器具を使わない。
自重を生かしたトレーニング方法を教えてくれた。例えばこのロープ。
これを掴んで天井まで上がって、下りてまた上がる。
後は腕立て伏せや腹筋、スクワットに柔軟体操…ソンセンはいつも、オレたちに言ってた。
【お前たちに見せかけだけの筋肉など必要ない。
重要なのはしなやかな筋肉とバネだ】と。
だから、ウエイトトレーニングなんかする必要もない。
自分の身体だけを使ったトレーニングで鍛えられた」

「…てことはその日本人はテコンドーの経験者ってワケか?」

その日本人は今、何をしているのだろうか。気になる。


「テコンドーというより、ソンセンは若い頃、空手と柔道をやっていたらしい。
それで、自分の格闘技が世界で通用できるか、って事で色々な国に渡って他流試合をしてきたみたいだ。そのせいなのか、オレたちはテコンドーのみならず、寝技も教わった。だからソンセンから教わったのは、総合格闘術ってヤツだ」

「あのよぉ、ソンヒョク。オレ、イマイチピンとこないんだが、その日本人は何がしたくてここに来たんだ?その日本人の名前は?何て言うんだ?」

ソンヒョクはロープを掴み、腕力だけで天井まで上り、フワッと柔らかいジャンプで床に着地した。

「見たろ、今の?天井まで上り、そっから床に着地する。普通ならズドン!て音を立てるか、足を捻って捻挫しちまう。
だが、オレたちは猫のように着地する際も足音を出来るだけ立てずに上手く着地できる。
こういう事をソンセンに教わった」

天井までは三メートルをゆうに越えている。
そこから飛び降りて、足音を最小限に抑えて上手く着地するなんて並大抵の事じゃ出来ない。

「じゃ、そのソンセンはソンヒョク達に暗殺術を伝授したって事か?」

達也もロープを掴んで天井まで腕の力だけで上った。だが、ここから飛び降りて足音を立てないように着地なんて出来るワケがない。

「達也、下手な体勢で着地すると踵の骨折れるぞ!」

飛び降りようと思ったが、ソンヒョクの言うとおり、足をケガする危険性がある。

達也は再びロープを使って、ゆっくりと下りた。

「こりゃスゲー訓練だ!で、そのソンセンは今何をしてるんだ?」

達也の問いにソンヒョクは一瞬表情を曇らせた。

「死んだよ…オレが殺した…」

「…殺した?何故?」

「ソンセンの教えを最後まで習っていたのはオレだけになった…他のヤツラは、ソンセンがイルボンだと分かったらもう、ここには来なくなった…ここは在日だけの街で、イルボンの来る所じゃない!と。だが、オレはソンセンの教えを忠実に従った。
その後、ある程度力を付けた時、ソンセンはオレとノールールの闘いをした…」

(何だこの展開?ホントに、この現代である事なのか?)

「で、アンタがソンセンを仕留めた…って事か?」

ソンヒョクは頷いた。

「ソンセンもかつては、日本のヤクザに雇われた殺し屋だったらしい…だが、足を洗ってここに来た…全てを伝授して最期はオレに殺されるかのようにして…」

「それって、マンガの世界そのものじゃねえか!こんな事が実際にあるのか?」

達也には信じられなかった。

「後は…悪いが、思い出したくないから言うのは勘弁して欲しい。ただ、オレはソンセンの跡を継いでこの殺し屋の仕事をするようになった…そういう事だ」

ソンヒョクは窓から太陽の光を、眩しそうに見ていた。

「オレたちは、あの太陽のような光を浴びずに暗闇で任務を果たすだけ…影の存在で無くちゃならないんだよ」

「…」

達也が今までやってきた事は、ソンヒョクに比べたら子供騙しみたいなもんだ。
とてもじゃないが、今のオレには敵わない…

ソンヒョクは窓を閉め、壁に掛けてあった黒のコートを羽織った。

「達也、今からオレの仕事を見てみないか?その後飯でも食いに行こう」

(仕事?それって殺すんだよな?大丈夫かオレ、付いてって?)

「大丈夫、すぐに終わる仕事だ。それも、誰にも気づかれる事なく」

ソンヒョクは靴紐を結び直し、外に出た。

どんな殺り方で葬るのか…

(オレだって、亮輔と沢渡を始末しなきゃならないんだ、どういう風に始末するのか見てみよう)

達也はソンヒョクの後に付いて行った。
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