月華後宮伝

織部ソマリ

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番外編

番外編 愛猫の午睡

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 凛花りんかの庭畑に黄色の菜の花が咲き乱れ、暖かな風にそよぐ頃。
 以前よりも明るい顔色をした紫曄しゆう朔月宮さくげつきゅうを訪れていた。

「……寝てる、だと?」

 紫曄のその言葉に、申し訳なさそうな顔で出迎えた麗麗れいれいが更に頭を下げた。

「はい。せっかくお越しくださいましたのに、申し訳ございません」
「いや、詫びるべきなのは突然来た俺だ。それは構わないが、このようないい天気だというのに、凛花は寝ているのか?」

 空には青空が広がっていて、虫が花の蜜を求め動き回り、鳥たちも花をついばさえずっている。暑くも寒くもなく心地よい風が吹いているこんな絶好の畑仕事日和に、凛花が寝ているだと……!? と、紫曄は眉根を寄せた。

「体調を崩したのか? それ以前、何か宮に異変はなかったか」

 まさか他の月妃――具体的には、若干十六歳の弦月妃げんげつひ董白春とうはくしゅんだが――からよからぬものを盛られたのではないか? 少し前に凛花が攫われた、あの媚薬香の騒動を思い紫曄の声が低くなる。

 この朔月宮は未だ手薄だ。
 下働きの宮女から衛士まで、人を厳選し少しずつ増やしている最中ではあるが、筆頭侍女の麗麗が並みの兵士よりも頼りになるからと油断が過ぎたか。

 紫曄がそう悔やみ、『冷徹』と呼ばれる皇帝の顔を見せたところで、麗麗が慌てて顔を上げ言った。

「いえ! そうではございません! 凛花さまはただ眠っているだけで……」
「ん?」

「その、あまりにも天気がいいので早朝から先程まで、ずっと畑仕事をされてまして……。さすがにお疲れになったようで、居室いまながいすでお休みになられてます」

 麗麗は苦笑の顔でそう言うと、凛花の居室へ紫曄をそっと招き入れた。


 ◆


「まったく……妙な心配をさせる悪い猫だ」

 紫曄は窓際に置かれたながいすの隅に浅く腰掛け、ハァと小さな溜息を落とした。

 皇帝だというのにこんな隅っこに座っているのは、勿論このながいすを占領している凛花のせいだ。
 月妃とは思えない軽装で、日向ぼっこをしながら立てる寝息はすぅすぅと穏やかだが、何故かその顔はしかめっ面。

「眩しいんじゃないのか?」

 紫曄は呆れた顔で笑いつつ、陽が当たっている凛花の顔を自分の影に入れてやる。
 すると凛花はホッとしたような顔を見せ、にんまり微笑み再び寝入る。

「まったく……猫のようだぞ、お前」

 少し開けられた窓からは、春の香りがそよ風に乗り入ってきている。
 軽く背を丸め暖かい窓辺でふかふかの綿枕クッションを抱えている姿は、皇宮内に掛けられている絵にある猫とよく似ている。確か題名は『愛猫の午睡ごすい』だったと記憶している。

 猫と触れあったことなどなかった紫曄だが、きっと猫とはこういう生き物なのだろう。夜だけでなく、昼間にも凛花と会うようになりそう思うことが多くなった。
 本人は「猫じゃなくて虎です!」と猫扱いに不満を言うが……。

「早朝から土いじりをして、食事をしたら眠くなり日向で昼寝するなど……どう見ても猫だろうが」

 紫曄は微笑みながら眠る凛花の髪をそっと撫でる。
 緩く簡単に結われただけの髪は撫でやすくていい。複雑に結い上げられ、煌びやかな髪飾りを付けた姿もいいが、やはり飾り気のないこのほうが凛花らしい。

 それに、今日の凛花の髪紐は、初めて会った夜に『首輪』として結んでやった紫色の髪紐だ。
 皇帝だけが使えるその色が、凛花の髪を飾っている様に紫曄はつい頬を緩めてしまう。みぞおちの辺りがむず痒いような、ソワソワする気持ちがどうにも照れ臭い。

「おい。まだ起きないのか」

 照れ隠しか八つ当たりか、紫曄は眠り猫の鼻をつついて言う。日に当たったせいかほんのり赤くなった頬もつついてやる。

 起こしたいような、寝かせておいてやりたいような。
 でていたいような、悪戯をしてやりたいような。

 紫曄はそんな気持ちで凛花の髪を一房掬い上げた。

 サラサラ、サラサラ。凛花の細い銀髪が紫曄の掌を滑り、指から零れる度に陽光を反射し煌めく。差し込む陽の光に照らされた銀髪は、月の下とは違う暖かな色に見えるから不思議だ。

「……ああ、菜の花の色か」

 窓の外は、黄色で溢れている。『栄養価が高くて美味しい!』という、凛花らしい理由で植えられた菜の花だったが、予想よりも暖かい日が続きあっという間に開花してしまったのだという。

『本当は蕾のうちに、もっと主上に食べさせてあげたかったんですけど……』

 一昨日の夜、そうしょんぼり言っていたことを紫曄は思い出す。

「すっかり満開だな」

 鮮やかな黄色が、まるで凛花の瞳の色のような青空に映えている。

 ――目を閉じているのが惜しいな。
 紫曄は眠ったままの顔を覗き込みそんなことを思う。

 そしてぽかんと開けられている紅をさしていない唇に、そっと唇を落とした。

 すると、ふるりと睫毛が揺れて瞼が薄く開かれた。街に待った虎猫のお目覚めだ。

「ん……あれ? 主上……?」

 愛しい空色に映り込む、緩んだ顔をした男と目が合って、紫曄は「ハハッ」と笑った。
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感想 31

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みんなの感想(31件)

淡希蘭央(執筆活動休止中)
ネタバレ含む
2025.04.02 織部ソマリ

書籍版を読んでいただき、ありがとうございます!
楽しんでいただけて嬉しいです。

解除
わべさん
2023.11.14 わべさん

貸し入れ→菓子入れ かな?

番外編の恋文を読んで金虎、黒虎の出てくる話しを読むと
えーっ!あんなにラブラブだったのに今更?

と不安になっておりました。

四部に組み込まれたということは…?!

安心して良いですか?

2023.11.15 織部ソマリ

誤字報告ありがとうございます。助かりました!

感想もありがとうございます。
第四部、ちょっとご不安にさせてしまったようで…。

私はハッピーエンド派なので、バッドエンドもメリバもないのでそこは安心してくださいー!
続きも楽しく読んでいただけたら幸いです。

解除
daichan
2023.10.22 daichan

久々の更新、四部のスタートありがとうございます✨
ご入院されていたとのこと、もうお身体の方は大丈夫でしょうか?
どうぞご無理なさいませんように❣️
金虎の登場、後宮入り…色々な困難があるかもしれませんが、凛花の持ち前の明るさと逞しさで明るく乗り切って欲しいなと思います😊❣️
虎猫と紫曄のモフモフ抱き枕シーン💕、凛花との甘々シーン、どちらも楽しみにしています😆

2023.10.23 織部ソマリ

感想ありがとうございます。
体調へのお気遣いもありがとうございます。ひとまず大丈夫です!

四部を楽しみにしていただけて嬉しいです。
予定では、モフモフシーンも甘々シーンもあるので、両方楽しんでいただけるのでは…と思います!

解除

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