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高校受験編
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「なぁ~~南~~いい加減付き合ってくれよ~~」
「嫌だよ……何度も同じこと言わせないで」
しつこい同級生をあしらうと、不服そうな顔をされる。何度告白されても、私は誰とも付き合う気は無いのだ。
色恋が絡むと人間関係が拗れる。それは義弟を見ていてイヤというほど実感している。
小5の時、ママが再婚した。お相手の男性はママのお友達だった。数年前から時々お菓子を持って家に遊びに来ていたお友達は、ある日突然パパになった。そしてお友達の息子は、突然弟になった。
新しいパパはとても優しくて良い父親だったけど、新しい弟は無表情で何を考えてるのかいまいち分からない子だった。同い年なのだから仲良くしなさいとママに言われたけど、そもそも弟が私と仲良くしたがらないのだと思う。何故なら視線に気付いて振り返ると、いつも睨んでいるのだ。余程再婚が気に入らないのだろう。
私と義弟の蓮は同じ中学に進学した。同級生として見た蓮は一言で言うとクズだった。元々顔が良い為、女の子からはすごくモテていた義弟だったけど、中身は彼女を取っ替え引っ替えの、女泣かせのクズそのものだった。いつの間にか、同居の義姉だというだけで女子から敵視されるようになり、下駄箱にゴミが入れられていたり、持ち物に落書きされたりと、古典的な嫌がらせも少なくなかった。
せっかく仲良くしている両親には迷惑をかけられない。中学の3年間さえ我慢出来れば、高校は離れることが出来る。私の方が遥かに成績が良いから、志望校は絶対被らない。それだけを心の支えにしてきたと言うのに……
「あらぁ♡ 蓮も瀬条高校受験するの~~?♡」
2階の自室を出て階段の手摺りに手を掛けたところで、1階のダイニングからママと蓮の声が聞こえてきた。瀬条高校……?私の志望校だ。
「うん……俺、受験勉強頑張るよ。だからさ……姉さんには瀬条高校受けること、まだ内緒にしててくれない?もし落ちたら恥ずかしいからさ」
「きっと蓮なら大丈夫よぉ~~♡」
私は足音を立てずに自室に戻った。膝を抱えて蹲ると、だんだん体が震えてきた……。
さっき、義弟は何て言ってた……?瀬条高校……私の志望校……仮に奴が瀬条高校に受かったら、また3年間同じ学校!?また3年間女子から目の敵にされるの!?そんなの絶対にイヤ!!
次の日、私は他クラスの友達を訪ねた。
「というわけなんだけど……お願い椿!!助けて!!」
「助けてってw」
椿は自由人だ。中学生の身でありながら、何やら事業でひと財産築いていて、部活動が無い休日は思いつきで一人旅に行くような子だ。部活動が忙しくなると平気で授業をサボったりもする。それでもテストは一二を争う順位だから、誰も椿に文句を言わない。しかし椿の本当にすごいところは分析力だと思っている。問題を冷静に分析して、最適解を導き出すことに関しては、私の知る限り一番だと思ってる。
「南、これから1年間、死に物狂いで勉強する気があるか?」
「えっ?」
「観音高校目指せ」
「ええっっ!?」
「どうせ義弟君は南がランクを下げたらそっちに合わせてくるだろ?今の南のランクがココ。義弟君のランクがココ。で、義弟君は頑張って南のランクまで上げようとしていると」
ものすごい勢いでノートパソコンを触りだしたと思ったら、ディスプレイを見せながら説明を始める椿。しっ……仕事早っ!!
「だったら南がランクを上げれば良い。瀬条高校とほぼ同じ学費で、南の家から無理なく通学出来る学校。観音高校なら南のお母さんも納得するだろ?」
「……でも万が一蓮がさらに猛勉強して成績上げて来たら……?」
「だからギリギリまで内緒にしておくのさ♪直前で志望校変える訳だから、キッチリ学力上げていく必要があるけど、同じ学費でランク上げることに反対する親は、まぁおらんやろ?」
「なるほど……」
確かに、なんやかんや言っても世間体を気にするママだ。ランクが上の高校なら反対はしないと思う。
「ただ、南が高校入ってから勉強に付いて行けなくなる可能性もあるから、その辺しっかり考えろよ?」
「うん……もしその作戦実行するって言ったら、時々勉強教えてくれる……?」
「乗りかかった船だ。面倒見てやるよ」
椿の男前な答えを聞いて、私の心は定まった。勉強に付いて行けなくなることくらい、義弟から離れられることに比べたら大した問題ではない。その日から私は、受験勉強を死に物狂いで頑張った。
「志望校を観音高校に変えたいの」
出願日の一週間前にママに申し出た。この一年、露骨に成績を上げないよう調整しながら勉強を続けた。アドバイスをくれた椿のおかげで、誰からも怪しまれずに観音高校合格圏まで成績を上げることが出来た。ママは戸惑っていたけど、これと言って反対する理由も無く、すんなり了承してくれた。
「このことは受験が終わるまで、ママと私だけの秘密にしてほしいの」
「あら?どうして?」
「急に志望校変えて、もしも落ちたら恥ずかしいでしょ?みんなから笑われちゃう」
何年も母子家庭だったママを言い含めるには、他人の目を意識させるとコントロールしやすい……と、これまた椿の入れ知恵だ。おかげで受験日まで誰にも知られることなく、無事試験が終わり、無事合格したのであった。
「あれ?姉さん先に行ったの?」
「ああ、実はね、南は今日観音高校の試験を受けに行ったのよ」
「……はっ!?……なんで?」
「急に志望校のランク上げるって言い出してね~~。成績も上がってることだし、それも良いわね~~って話してたのよ~~」
「なんで……なんで反対しなかったの!!?」
「蓮……?」
「あ……違う……ごめん、もう行くね……」
医療法人「あけびの会」が運営する観音高校。とある身体的特徴を持った人を保護する団体が設立したこの高校は、医療系に強い進学校である。私は春からこの学校に通うのだ。よーし引き続き勉強頑張るぞーー!!
ピピピピ……ピピピピ……
「おはよう姉さん」
「……ん??」
アラームの音で目が覚めた私。真横から義弟の声が聞こえてくるんだけど……?恐る恐る横を向くと、そこには義弟がいた。
「ギャーーーッ!!?」
「朝から元気だね……南♡」
「ママぁ!!?ママァァーーーッッ!!?」
「母さんはパートに出掛けたよ。ねぇ、なんで急に志望校変えたの?なんで黙ってたの?」
「あっ……アンタに言われたくないのよ!?アンタこそ何で瀬条高校受けたのよ!?てか、ベッドから降りなさいよ!?」
「嫌だ……」
「アンタ私のこと嫌ってたでしょーがぁぁ~~ッッ!!?」
「嫌ってたことなんて無いよッッ!!!」
「ヒッ!!?」
義弟の怒鳴り声に、思わず身を縮めた。
「あ……ごめん……怖がらないで……」
怖がらない方が無理だろう。昨日まで家の中でも殆ど喋らなかった義弟が、当たり前のように私のベッドを占領し、後ろから抱き付いているんだぞ?ふざけるな。私はお前の彼女じゃねえ。
「酷いよ姉さん……俺はただ、見てるだけで良かったのに……なんでそんな卑怯なことするの?誰の入れ知恵でこんなことしたの?」
「だっ……誰だっていいでしょ!?アンタに関係ない!!そもそも卑怯なのはアンタでしょ!?」
「頑張ったのに……苦手な勉強頑張ったのに……酷いよ……酷い……」
人の話を聞いていない感じが怖い……。下手したら椿にまで迷惑をかけそうな勢いだ。
「私はせいせいしてるけどね。アンタのせいで、私まで学校で虐められてたんだから!!」
「え?じゃあ元カノ全員ボコッたら許してくれる?俺、南に許されるためなら何でもするよ?」
「せんでいいわマヌケーーッッ!!!」
冗談でもそんなこと言うなと言いたかったが、目がマジだった。何だコイツ!?こんな怖い奴だったのか!?
「同じ高校行けないなら、もう南の処女貰うしか無いよね?本当は俺も童貞捧げたかったんだけど、逆レイプされちゃったからさ~~……ごめんね?でも南は処女くれるよね??」
「ママッッ!!?ママァァーーーッッ!!?」
「だから母さんは仕事だってぇ~~♡♡♡」
暴れたらベッドに押し倒された。腕を掴まれているから身動きが取れない。嘘でしょ!?こんな急に貞操の危機が訪れるなんて!?
「お願い蓮……初めては海が見える高級ホテルが良いの……」
追い詰められた私は、演劇部の椿直伝、か弱い女の演技を繰り出す。目をウルウルさせて説得力3割増よ!!
「……海が見える高級ホテル予約するよ」
「ありがとう蓮っっ♡♡♡」
腕を掴んでいた手を緩める義弟。確実に逃げられる距離まで気は抜けない。間合いの外に逃げなければ……。
「じゃあ、着替えるから部屋出てってくれる?」
「え?出て行かないけど?着替えならすれば?俺見ててあげるよ♡♡♡」
「ママァァーーーーッッ!!?」
「それで着の身着のまま逃げて来たのか……私たち、今から旅行行くんだけど……」
椿の家に駆け込んだら、ハトコの亜耶と旅行に出掛けるところだった。
「え?アンタたち付き合ってるの?」
「「付き合ってねーーよ!!」」
「南も来る?」と言われ、勢いで島◯県まで付いてきてしまった。現地に着き、椿のスマホで電話したら、ママからしこたま怒られた。義弟が乱心したことは伝えるべきか悩んだけど、結局伝えなかった。
「客室露天風呂付きの部屋って……」
亜耶が大浴場に行ってる間、私と椿は客室露天風呂を満喫していた。旅費をポンと出してくれる辺り、椿も相当金持ってるな。
そもそもうちの中学は金持ちが多いのだ。私が同じ中学に通えてたのも、パパの財力の賜物なのである。それもあって、家庭内で波風立てたくないのだ。
「しかし義弟君……そう来たかw 」
「笑い事じゃないんだけど……」
「まぁ今だから言うけど、亜耶は義弟君のこと、精神的にギリギリでヤバいって言ってたんだよな~~」
「え?どういうこと?」
「南はさあ、義弟君のこと避けてただろ?避けられてた義弟君は、ずっとフラストレーション溜めてたみたいよ~~?だから南に肩入れしたら、義弟君から逆恨みされるぞ?って亜耶から忠告受けてたんだよね」
「……ごめん、私のせいで……」
「別に後悔なんてしてないよ。あの時は南が壊れそうだったからなぁ~~……」
そう言う椿の横顔を眺めると、こちらを見て笑った。カッコイイな、真似出来ないな、と思いながら椿と露天風呂に浸かった。
温泉も料理も堪能し、3日後に帰宅した。けれど問題は何も解決していない。帰宅したら義弟がぶすくれて待ち構えていた。
「身一つでの旅行は楽しかった?」
「……超楽しかった……」
「へぇ~~……南がスマホ置いて行ったせいで、俺はこの3日間心配で眠れなかったけどね……??じゃあ次は俺と旅行だね♡♡ 海が見える高級ホテル、予約しておいたよ♡♡♡」
「……やっぱり行けませ…」
「断ったら今夜犯す!!」
壁を拳でドンッ!と叩く義弟の顔が恐ろしくて、蚊の鳴くような声で「行きます……」と言ってしまった……
「やっぱり春休みはどこも混んでるよね~~♡」
「左様でございますね……」
絶対反対されると思ってたのに、両親から笑って送り出された私たち……嘘やろ!?未成年やぞ!?
「未成年なのに身一つで旅行に行ったくせに……」
心を読まれたのかと思っていたら、「顔に出てる」と言われた。そんなに分かりやすい性格じゃないはずなんだけどな……。
私はこのまま純潔を散らされるのだろうか?いや、死に物狂いで受験勉強を続けたこの一年間の自分自身に報いる為にも、このまま流されるわけにはいかない。
「やっぱり蓮とは良い兄弟でいたいよ」
「はあ!?ずっと無視してたクセに!!だいたい俺は兄弟だって思ったこと無いんだけど!?……ずっと南のこと好きだったよ?」
「無視してたのはごめん……蓮にも原因はあったんだけどね……私にとっては大事な弟だよ。それじゃ駄目?」
「ダメ!!俺の好きは、南と赤ちゃん作りたい好きだから」
「ママァァーーーーーッッ!!?」
「助けて椿!!助けて助けて助けてッッ!!」
『お前なぁ~~……何ホイホイ旅行行ってんだ?アホか??』
「だって旅行行かないと即犯すって!!」
『そんなモン部屋に鍵でもかけとけよ』
「椿は同じ屋根の下で暮らす恐怖を知らないからッッ!!」
観光地のトイレに篭って椿に助けを求める。今や困った時の神様のような存在である。
『じゃあ婚約すれば?』
「はぁーーッッ!!?」
『まぁ聞けってw 婚約を盾に、初夜を引き延ばすんだよ。結婚するまで純潔でいたいとか言えば、あの粘着義弟君も一応納得するだろ?』
「そんなのますます逃げ場が無くなるじゃん!?」
『今すぐ孕まされるよりマシだろ?執行猶予が出来れば何か良い対策が見つかるかもしれん』
「……分かった……やってみる……」
「遅かったね」
トイレの前に立っていた義弟は、笑っていたのに目が笑っていなかった……。
「さっ……最近ベンピでさぁ~~」
顔を引き攣らせながら答えると、義弟はニッコリ笑って手を繋いできた。
「そろそろホテル行こうか♡♡♡」
連れられたホテルは、外資系の有名ホテルだった。繁忙期によく予約取れたな……。部屋も広く、窓一面の海は素晴らしい景観だった。一緒に来ているのが義弟じゃなければ、もっとテンション上がっていただろう。
「一緒にお風呂入ろう?♡♡♡」
「あのッッ……蓮!!私と婚約してッッ!!」
「南……?」
「蓮と婚約するからっ!!結婚するまでそういうのは無しにしたいの!!ダメ……?」
一縷の望みをかけて言うと、義弟は固まっていた。やはり都合が良すぎるのだろうか?
「……本気で言ってる……?」
「えっと……本気よ……?多分……」
「約束だからね!!?♡♡♡絶対結婚するんだよ!?♡♡♡絶対絶対絶対絶対ッッ!!結婚するからねッッ!?♡♡♡♡」
手を握り締めて凄い勢いで迫ってくる義弟……。椿……これ、逃げられる……?
「約束するから……どうか処女だけは……」
「分かった!!今日はシない。新婚初夜まで我慢する!!だって俺たち婚約者同士だもんねッッ!!♡♡♡♡」
「…………はい…………」
「約束破ったら……心中しようね……?」
「ママァァーーーーーッッ!!?」
「あ、母さんにも教えなきゃ♡♡♡ あ、もしもし母さん?俺、南と婚約したんだ!♡♡♡ だから今日から婿としてもよろしくね♡♡♡」
嬉しそうにママと通話する義弟に目眩がした……。ワンチャン反対してくれないかと思っていたのに
『やだも~~♡♡ いつの間にそんなことになってるのよ~~♡♡ 明日はお赤飯炊いて待ってるからね?♡♡♡』
と電話越しにママに言われ、退路を断たれた。
「今夜は抱き締め合って寝ようね~~♡♡♡」
スマホが手のひらからすり抜け、床に落ちる。
椿……ここからどうやったら逆転出来るか、一緒に考えて貰うからね……こうなったら、一連托生だからね……。
おそらく数年の執行猶予を得た私は、遥か遠くの水平線を見ながら、いつになったら自由になれるのかと気が遠くなったのであった……。
「嫌だよ……何度も同じこと言わせないで」
しつこい同級生をあしらうと、不服そうな顔をされる。何度告白されても、私は誰とも付き合う気は無いのだ。
色恋が絡むと人間関係が拗れる。それは義弟を見ていてイヤというほど実感している。
小5の時、ママが再婚した。お相手の男性はママのお友達だった。数年前から時々お菓子を持って家に遊びに来ていたお友達は、ある日突然パパになった。そしてお友達の息子は、突然弟になった。
新しいパパはとても優しくて良い父親だったけど、新しい弟は無表情で何を考えてるのかいまいち分からない子だった。同い年なのだから仲良くしなさいとママに言われたけど、そもそも弟が私と仲良くしたがらないのだと思う。何故なら視線に気付いて振り返ると、いつも睨んでいるのだ。余程再婚が気に入らないのだろう。
私と義弟の蓮は同じ中学に進学した。同級生として見た蓮は一言で言うとクズだった。元々顔が良い為、女の子からはすごくモテていた義弟だったけど、中身は彼女を取っ替え引っ替えの、女泣かせのクズそのものだった。いつの間にか、同居の義姉だというだけで女子から敵視されるようになり、下駄箱にゴミが入れられていたり、持ち物に落書きされたりと、古典的な嫌がらせも少なくなかった。
せっかく仲良くしている両親には迷惑をかけられない。中学の3年間さえ我慢出来れば、高校は離れることが出来る。私の方が遥かに成績が良いから、志望校は絶対被らない。それだけを心の支えにしてきたと言うのに……
「あらぁ♡ 蓮も瀬条高校受験するの~~?♡」
2階の自室を出て階段の手摺りに手を掛けたところで、1階のダイニングからママと蓮の声が聞こえてきた。瀬条高校……?私の志望校だ。
「うん……俺、受験勉強頑張るよ。だからさ……姉さんには瀬条高校受けること、まだ内緒にしててくれない?もし落ちたら恥ずかしいからさ」
「きっと蓮なら大丈夫よぉ~~♡」
私は足音を立てずに自室に戻った。膝を抱えて蹲ると、だんだん体が震えてきた……。
さっき、義弟は何て言ってた……?瀬条高校……私の志望校……仮に奴が瀬条高校に受かったら、また3年間同じ学校!?また3年間女子から目の敵にされるの!?そんなの絶対にイヤ!!
次の日、私は他クラスの友達を訪ねた。
「というわけなんだけど……お願い椿!!助けて!!」
「助けてってw」
椿は自由人だ。中学生の身でありながら、何やら事業でひと財産築いていて、部活動が無い休日は思いつきで一人旅に行くような子だ。部活動が忙しくなると平気で授業をサボったりもする。それでもテストは一二を争う順位だから、誰も椿に文句を言わない。しかし椿の本当にすごいところは分析力だと思っている。問題を冷静に分析して、最適解を導き出すことに関しては、私の知る限り一番だと思ってる。
「南、これから1年間、死に物狂いで勉強する気があるか?」
「えっ?」
「観音高校目指せ」
「ええっっ!?」
「どうせ義弟君は南がランクを下げたらそっちに合わせてくるだろ?今の南のランクがココ。義弟君のランクがココ。で、義弟君は頑張って南のランクまで上げようとしていると」
ものすごい勢いでノートパソコンを触りだしたと思ったら、ディスプレイを見せながら説明を始める椿。しっ……仕事早っ!!
「だったら南がランクを上げれば良い。瀬条高校とほぼ同じ学費で、南の家から無理なく通学出来る学校。観音高校なら南のお母さんも納得するだろ?」
「……でも万が一蓮がさらに猛勉強して成績上げて来たら……?」
「だからギリギリまで内緒にしておくのさ♪直前で志望校変える訳だから、キッチリ学力上げていく必要があるけど、同じ学費でランク上げることに反対する親は、まぁおらんやろ?」
「なるほど……」
確かに、なんやかんや言っても世間体を気にするママだ。ランクが上の高校なら反対はしないと思う。
「ただ、南が高校入ってから勉強に付いて行けなくなる可能性もあるから、その辺しっかり考えろよ?」
「うん……もしその作戦実行するって言ったら、時々勉強教えてくれる……?」
「乗りかかった船だ。面倒見てやるよ」
椿の男前な答えを聞いて、私の心は定まった。勉強に付いて行けなくなることくらい、義弟から離れられることに比べたら大した問題ではない。その日から私は、受験勉強を死に物狂いで頑張った。
「志望校を観音高校に変えたいの」
出願日の一週間前にママに申し出た。この一年、露骨に成績を上げないよう調整しながら勉強を続けた。アドバイスをくれた椿のおかげで、誰からも怪しまれずに観音高校合格圏まで成績を上げることが出来た。ママは戸惑っていたけど、これと言って反対する理由も無く、すんなり了承してくれた。
「このことは受験が終わるまで、ママと私だけの秘密にしてほしいの」
「あら?どうして?」
「急に志望校変えて、もしも落ちたら恥ずかしいでしょ?みんなから笑われちゃう」
何年も母子家庭だったママを言い含めるには、他人の目を意識させるとコントロールしやすい……と、これまた椿の入れ知恵だ。おかげで受験日まで誰にも知られることなく、無事試験が終わり、無事合格したのであった。
「あれ?姉さん先に行ったの?」
「ああ、実はね、南は今日観音高校の試験を受けに行ったのよ」
「……はっ!?……なんで?」
「急に志望校のランク上げるって言い出してね~~。成績も上がってることだし、それも良いわね~~って話してたのよ~~」
「なんで……なんで反対しなかったの!!?」
「蓮……?」
「あ……違う……ごめん、もう行くね……」
医療法人「あけびの会」が運営する観音高校。とある身体的特徴を持った人を保護する団体が設立したこの高校は、医療系に強い進学校である。私は春からこの学校に通うのだ。よーし引き続き勉強頑張るぞーー!!
ピピピピ……ピピピピ……
「おはよう姉さん」
「……ん??」
アラームの音で目が覚めた私。真横から義弟の声が聞こえてくるんだけど……?恐る恐る横を向くと、そこには義弟がいた。
「ギャーーーッ!!?」
「朝から元気だね……南♡」
「ママぁ!!?ママァァーーーッッ!!?」
「母さんはパートに出掛けたよ。ねぇ、なんで急に志望校変えたの?なんで黙ってたの?」
「あっ……アンタに言われたくないのよ!?アンタこそ何で瀬条高校受けたのよ!?てか、ベッドから降りなさいよ!?」
「嫌だ……」
「アンタ私のこと嫌ってたでしょーがぁぁ~~ッッ!!?」
「嫌ってたことなんて無いよッッ!!!」
「ヒッ!!?」
義弟の怒鳴り声に、思わず身を縮めた。
「あ……ごめん……怖がらないで……」
怖がらない方が無理だろう。昨日まで家の中でも殆ど喋らなかった義弟が、当たり前のように私のベッドを占領し、後ろから抱き付いているんだぞ?ふざけるな。私はお前の彼女じゃねえ。
「酷いよ姉さん……俺はただ、見てるだけで良かったのに……なんでそんな卑怯なことするの?誰の入れ知恵でこんなことしたの?」
「だっ……誰だっていいでしょ!?アンタに関係ない!!そもそも卑怯なのはアンタでしょ!?」
「頑張ったのに……苦手な勉強頑張ったのに……酷いよ……酷い……」
人の話を聞いていない感じが怖い……。下手したら椿にまで迷惑をかけそうな勢いだ。
「私はせいせいしてるけどね。アンタのせいで、私まで学校で虐められてたんだから!!」
「え?じゃあ元カノ全員ボコッたら許してくれる?俺、南に許されるためなら何でもするよ?」
「せんでいいわマヌケーーッッ!!!」
冗談でもそんなこと言うなと言いたかったが、目がマジだった。何だコイツ!?こんな怖い奴だったのか!?
「同じ高校行けないなら、もう南の処女貰うしか無いよね?本当は俺も童貞捧げたかったんだけど、逆レイプされちゃったからさ~~……ごめんね?でも南は処女くれるよね??」
「ママッッ!!?ママァァーーーッッ!!?」
「だから母さんは仕事だってぇ~~♡♡♡」
暴れたらベッドに押し倒された。腕を掴まれているから身動きが取れない。嘘でしょ!?こんな急に貞操の危機が訪れるなんて!?
「お願い蓮……初めては海が見える高級ホテルが良いの……」
追い詰められた私は、演劇部の椿直伝、か弱い女の演技を繰り出す。目をウルウルさせて説得力3割増よ!!
「……海が見える高級ホテル予約するよ」
「ありがとう蓮っっ♡♡♡」
腕を掴んでいた手を緩める義弟。確実に逃げられる距離まで気は抜けない。間合いの外に逃げなければ……。
「じゃあ、着替えるから部屋出てってくれる?」
「え?出て行かないけど?着替えならすれば?俺見ててあげるよ♡♡♡」
「ママァァーーーーッッ!!?」
「それで着の身着のまま逃げて来たのか……私たち、今から旅行行くんだけど……」
椿の家に駆け込んだら、ハトコの亜耶と旅行に出掛けるところだった。
「え?アンタたち付き合ってるの?」
「「付き合ってねーーよ!!」」
「南も来る?」と言われ、勢いで島◯県まで付いてきてしまった。現地に着き、椿のスマホで電話したら、ママからしこたま怒られた。義弟が乱心したことは伝えるべきか悩んだけど、結局伝えなかった。
「客室露天風呂付きの部屋って……」
亜耶が大浴場に行ってる間、私と椿は客室露天風呂を満喫していた。旅費をポンと出してくれる辺り、椿も相当金持ってるな。
そもそもうちの中学は金持ちが多いのだ。私が同じ中学に通えてたのも、パパの財力の賜物なのである。それもあって、家庭内で波風立てたくないのだ。
「しかし義弟君……そう来たかw 」
「笑い事じゃないんだけど……」
「まぁ今だから言うけど、亜耶は義弟君のこと、精神的にギリギリでヤバいって言ってたんだよな~~」
「え?どういうこと?」
「南はさあ、義弟君のこと避けてただろ?避けられてた義弟君は、ずっとフラストレーション溜めてたみたいよ~~?だから南に肩入れしたら、義弟君から逆恨みされるぞ?って亜耶から忠告受けてたんだよね」
「……ごめん、私のせいで……」
「別に後悔なんてしてないよ。あの時は南が壊れそうだったからなぁ~~……」
そう言う椿の横顔を眺めると、こちらを見て笑った。カッコイイな、真似出来ないな、と思いながら椿と露天風呂に浸かった。
温泉も料理も堪能し、3日後に帰宅した。けれど問題は何も解決していない。帰宅したら義弟がぶすくれて待ち構えていた。
「身一つでの旅行は楽しかった?」
「……超楽しかった……」
「へぇ~~……南がスマホ置いて行ったせいで、俺はこの3日間心配で眠れなかったけどね……??じゃあ次は俺と旅行だね♡♡ 海が見える高級ホテル、予約しておいたよ♡♡♡」
「……やっぱり行けませ…」
「断ったら今夜犯す!!」
壁を拳でドンッ!と叩く義弟の顔が恐ろしくて、蚊の鳴くような声で「行きます……」と言ってしまった……
「やっぱり春休みはどこも混んでるよね~~♡」
「左様でございますね……」
絶対反対されると思ってたのに、両親から笑って送り出された私たち……嘘やろ!?未成年やぞ!?
「未成年なのに身一つで旅行に行ったくせに……」
心を読まれたのかと思っていたら、「顔に出てる」と言われた。そんなに分かりやすい性格じゃないはずなんだけどな……。
私はこのまま純潔を散らされるのだろうか?いや、死に物狂いで受験勉強を続けたこの一年間の自分自身に報いる為にも、このまま流されるわけにはいかない。
「やっぱり蓮とは良い兄弟でいたいよ」
「はあ!?ずっと無視してたクセに!!だいたい俺は兄弟だって思ったこと無いんだけど!?……ずっと南のこと好きだったよ?」
「無視してたのはごめん……蓮にも原因はあったんだけどね……私にとっては大事な弟だよ。それじゃ駄目?」
「ダメ!!俺の好きは、南と赤ちゃん作りたい好きだから」
「ママァァーーーーーッッ!!?」
「助けて椿!!助けて助けて助けてッッ!!」
『お前なぁ~~……何ホイホイ旅行行ってんだ?アホか??』
「だって旅行行かないと即犯すって!!」
『そんなモン部屋に鍵でもかけとけよ』
「椿は同じ屋根の下で暮らす恐怖を知らないからッッ!!」
観光地のトイレに篭って椿に助けを求める。今や困った時の神様のような存在である。
『じゃあ婚約すれば?』
「はぁーーッッ!!?」
『まぁ聞けってw 婚約を盾に、初夜を引き延ばすんだよ。結婚するまで純潔でいたいとか言えば、あの粘着義弟君も一応納得するだろ?』
「そんなのますます逃げ場が無くなるじゃん!?」
『今すぐ孕まされるよりマシだろ?執行猶予が出来れば何か良い対策が見つかるかもしれん』
「……分かった……やってみる……」
「遅かったね」
トイレの前に立っていた義弟は、笑っていたのに目が笑っていなかった……。
「さっ……最近ベンピでさぁ~~」
顔を引き攣らせながら答えると、義弟はニッコリ笑って手を繋いできた。
「そろそろホテル行こうか♡♡♡」
連れられたホテルは、外資系の有名ホテルだった。繁忙期によく予約取れたな……。部屋も広く、窓一面の海は素晴らしい景観だった。一緒に来ているのが義弟じゃなければ、もっとテンション上がっていただろう。
「一緒にお風呂入ろう?♡♡♡」
「あのッッ……蓮!!私と婚約してッッ!!」
「南……?」
「蓮と婚約するからっ!!結婚するまでそういうのは無しにしたいの!!ダメ……?」
一縷の望みをかけて言うと、義弟は固まっていた。やはり都合が良すぎるのだろうか?
「……本気で言ってる……?」
「えっと……本気よ……?多分……」
「約束だからね!!?♡♡♡絶対結婚するんだよ!?♡♡♡絶対絶対絶対絶対ッッ!!結婚するからねッッ!?♡♡♡♡」
手を握り締めて凄い勢いで迫ってくる義弟……。椿……これ、逃げられる……?
「約束するから……どうか処女だけは……」
「分かった!!今日はシない。新婚初夜まで我慢する!!だって俺たち婚約者同士だもんねッッ!!♡♡♡♡」
「…………はい…………」
「約束破ったら……心中しようね……?」
「ママァァーーーーーッッ!!?」
「あ、母さんにも教えなきゃ♡♡♡ あ、もしもし母さん?俺、南と婚約したんだ!♡♡♡ だから今日から婿としてもよろしくね♡♡♡」
嬉しそうにママと通話する義弟に目眩がした……。ワンチャン反対してくれないかと思っていたのに
『やだも~~♡♡ いつの間にそんなことになってるのよ~~♡♡ 明日はお赤飯炊いて待ってるからね?♡♡♡』
と電話越しにママに言われ、退路を断たれた。
「今夜は抱き締め合って寝ようね~~♡♡♡」
スマホが手のひらからすり抜け、床に落ちる。
椿……ここからどうやったら逆転出来るか、一緒に考えて貰うからね……こうなったら、一連托生だからね……。
おそらく数年の執行猶予を得た私は、遥か遠くの水平線を見ながら、いつになったら自由になれるのかと気が遠くなったのであった……。
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