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初デート編
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※一部過激な表現があります。
「南ーー!婚約者君、外で待ってるよ?」
入学初日から、観音高校まで迎えに来た義弟のせいで、クラスメイトから彼氏持ちどころか婚約者持ちだと認識されてしまった。瀬条高校からここまで近くはない筈なんだけど、義弟は毎日のように迎えに来る。
「心配だから迎えに行くね♡♡♡ 俺が迎えに行くまで勝手に帰っちゃダメだよ?♡♡♡」
「別に来なくて良いよっ!?むしろ来ないで!?」
「……初夜前倒しにする……?」
「嬉しい~~♡♡♡ 迎えに来てね?♡♡♡」
こんな調子で、ことある毎に処女喪失の危機が付いて回るのだ。誰が義弟の申し出を断れようか。
「いいな~~♡ 私もあんなイケメンの婚約者欲しい~~♡」
「……ならあげようか……?」
「え?なんて?」
「……何でもない……」
中学の時の女癖の悪さを目の当たりにしていたら、とてもそんな夢など見れない。諦念して校門に向かうと、義弟が手を差し出してきた。婚約者なのだから手を繋いで帰るのは当たり前だとのことだ。
「ねぇ南……そろそろデートしない?♡♡♡」
「えっ?毎日顔見てるのに?」
「そうだね……本当はおやすみからおはようまでの時間も南の顔見てたいんだけど……」
「しよう!!デートしましょう!!」
婚約者になったのだから毎日一緒に寝たいと駄々を捏ねた義弟に、節度あるお付き合いをしなさいと諌めてくれたママには感謝してもし切れない。しかしことある毎に施錠したはずの部屋にヌルッと侵入してくるので、全く気が抜けないのが現状だ。安心して眠れる環境を守るためなら、デートの一つや二つ我慢しなければ……。
「二人とも、晩ごはんはどうするの?」
「食べて帰るから大丈夫だよ。ね、南♡♡♡」
「え?夕方には帰るんじゃ……?」
「じゃ、行こうか♡♡♡」
私の言葉を遮り、家を出る。ママ……ニコニコ送り出してる場合じゃないと思うんだけど。
ロープウェイに乗って、山の頂上付近まで来た。テラスやカフェ等の映えスポットが多く、登山客や観光客で賑わっている。
「南、こういう場所好きでしょ?♡♡」
ニコニコ笑いながらそう言う義弟に、熟れてるな~~……と感心した。
「そうね……何で知ってるのかは聞かないけど」
「南のことなら何でも知ってるよ♡♡♡」
「…………」
突っ込むものか……突っ込んだら知りたくなかったことまで知ってしまいそうだ。
「例えば生理の周期とか…」
「言わなくて良いってぇぇーーーッッ!!?」
キモイと大声で言いたかったが、それを言ってしまったら処女(以下略)
「すみません、写真撮って貰えますか?」
「あ、はい」
カップルの女性に声を掛けられ、渡されたスマホをかざす。幸せそうに寄り添う二人が微笑ましかった。
「お二人もお撮りしますよ」
男性に言われ、私たちも写真を撮ることになった。義弟に抱き寄せられ、ポーズを取る。スマホに映し出された私の表情は、とても幸せそうには見えなかった。きっとこの顔を義弟は見続けているのだろうに、それでも私の側にいたいものなのか。
「お腹空かない?」
「うん。ご飯食べよう」
フードコートで買ったサンドイッチをテラスで食べながら、気になっていたことを聞いてみた。
「蓮はさ、他の女の子と遊びたくならないの?私とばかり一緒にいたら、飽きるでしょ?」
「南に飽きるなんて、絶対絶対絶対ッッ!!有り得ないけど?」
「……おお、そっか……」
「何?他の女のとこに行けば良いのにって思った?」
図星を突かれて、つい押し黙ってしまった。
「元々、好きで付き合った女なんて、一人もいないよ……」
「え?じゃあなんで付き合ったの?」
「復讐……」
そう告げた義弟の目は、仄暗い闇を映し出していた。
そう言えば、初めて部屋に忍び込んで来た時、何か不穏なことを言ってたな……。
「俺は今でも、童貞だった頃に戻れるなら何でもする。穢された……俺の想いも、身体も……」
「蓮……?」
「あの日……南が吐いた日……俺は犯されたんだ……」
あの日……中1の夏休みのことだろうか?
あの日は猛暑日だった。家の中はサウナみたいに蒸し暑くて、籠った湿気を逃すために、帰ってすぐに家中の窓を開けて回った。
「蓮~~……部屋換気した……ら……」
「ッッ!?姉さん!!?」
「お姉ちゃん?お邪魔してま~~す♡♡♡」
確かクラスメイトのお姉さんだったと思う。ベッドの上で絡まる男女。締め切った部屋に篭る匂い……汗とか、体臭とか、嗅いだ事のない匂いとか……
あまりの生臭さに、急いで部屋を出て……洗面所で吐いた。初潮を迎えたばかりの多感な時期に見るには、あまりにもエグ過ぎる光景だった。
「おう……思い出しちゃったよ……オエ……」
「あの日から南は俺を避けるようになったよね……あの手の女の、男をベッドに誘い込む執念を甘く見てたよ……無理矢理犯されてからしばらくは自暴自棄になってたし、女という生き物に復讐したいと思ってた……」
「だからって……他の女の子は関係ないじゃん……」
「だから反省して、今は誰とも遊んでないよ?南が婚約者になってくれたんだもん。他の女なんて見るわけないよ♡♡♡」
そうだ。あの頃、蓮の部屋から女の子の嬌声と言うよりも悲鳴がよく聞こえてきた。きっと随分乱暴な行為をしていたのだろう。思ったより深い闇に触れたことで、それ以上追求出来なくなった……。
「だから……南は俺と一緒にいるのが苦痛だろうけど……離してあげられない……ごめんね……」
「蓮……」
やっぱり蓮は気付いてたんだ……そりゃそうか。正しいプロセスを経て婚約した訳じゃないもんね。なんで私がこんな目に、と思うのも事実だけど、義弟に悲しい顔をさせたい訳じゃない。
「もう脅さなくても、逃げないからさ……私たち、やり直さない?きょうだいからやり直そうよ」
「イヤだ!!俺は兄弟だと思ったこと無いって言ったよね!?」
「だから……きょうだいからゆっくり関係を進めていかない?どうせ結婚出来る年齢まで時間はあるんだし。無くした時間取り戻そう?」
「南……本当に逃げない……?」
「逃げないよ。そもそも逃げようが無いよ」
日にち薬という言葉もあるくらいだ。ゆっくり向き合って、いつか蓮の心の傷が癒える頃には、女の子との交際を前向きに考えることが出来てると良い。ワンチャンそこで離脱出来るかもしれない。
「そういうワケで、今日からきょうだいに…」
「もちろん婚約は継続だよね?」
「いや、きょうだ…」
「婚約は、継続、だよね?♡♡♡」
「………ウン………」
逃げないと言った手前、それ以上は言えなかった……。
「蓮って趣味何なの?」
恥ずかしながら、何年も同じ屋根の下で暮らしていて、蓮の趣味ひとつ知らなかった。蓮と向き合うと決めた今、少しずつでも知っていきたい。
「趣味?南だよ♡♡♡」
「そういうのいいから……」
「本当だもん。南以外に興味ない」
「え?好きな場所とか、食べ物とかも無いわけないよね??」
「うーん……場所……食べ物……南の好きなもの!!♡♡♡」
「お寿司は?」
「南が好きだから好き♡♡♡」
「焼肉は?」
「南、あんまり肉好きじゃないだろ?だから俺も好きじゃない♡♡♡」
あっ……これはあかんヤツや……なんと言うか、情緒の再教育とかしないとあかんヤツや……。
「これからゆっくり、自分の好きを見つけていこうね……」
「好きなのは南だよ~~♡♡♡」
ニコニコ笑いながらそう言う蓮に、こっそりため息をついた。なんと言うか、急にデカい子供を育てることになった気分だ。
ーーーーーーー
「ねぇ南……抱き締めても良い……?♡♡♡」
「うっ……うん!良いよ♡」
あ、嫌そうな顔……
ホント、南は分かりやすいよな……。南は俺のことが嫌いなんだろう。それでもいい。あの頃と違って、今はその瞳に俺を映してくれるから。居ないものとして扱われていたあの頃よりも、ずっといい。
初めて会った日の南は、天使のように可愛かった。目尻が僅かに吊り上がった大きな瞳、毛先がクルンと丸まったミディアムロングの髪、スラッと伸びた細い手足……刺繍の入った白いワンピースを着ていた南は、儚げな雰囲気の美少女だった。そんな南ときょうだいになるかもしれないと父さんに言われた時、何とも言えない複雑な思いを抱いたのを覚えている。
子供心に南と結婚したいとか、キスしたいとか、エッチなことしたいとか、好きな子に向ける人並みの感情を抱いていた。きょうだいになるのは嫌だけど、ひとつ屋根の下で暮らすのは楽しみだ。暗い部屋が怖いと言えば、一緒に寝てくれるかもしれない。眠れないと言えば、子守唄を歌ってくれるかもしれない。寂しいと言えば、お休みのチューをしてくれるかもしれない。
義姉としての南との同居の妄想に、胸と股間をソワソワさせていたのだが、いざ同居が始まると、南は思いの外ドライだった。一度、一緒に寝て欲しいとお願いしてみたら、大人になりなさいと諭され、一度も部屋に入れてくれなかった。父さんや母さんには笑顔で話すのに、俺に対しては壁を作る南。そんな彼女が憎たらしいと思うようになり、ついつい睨んでしまうと、間が悪く南が振り返る。そしてまた南の壁が厚くなるの繰り返しだった。
「蓮君、今一人?タケシからゲーム預かってるのよ」
物凄く暑い日だった。タケシの姉と名乗る女が玄関先に立っていた。部屋まで荷物を運んであげると言い張り、俺の部屋に押し掛けてきた女。面識の無い見知らぬ女が物凄く怖かった記憶がある。
「困ります、帰ってください」
「ねぇ蓮君?私と遊ばない?♡」
「遊びません。帰ってください!」
「ふーん、あっそ!」
女は徐に自分の服を破り始めた。
「何してるんですかッッ!!?」
「私の言うことを聞きなさい。聞かなかったら、蓮君に乱暴なことされたって、アンタのパパにチクるわよ?」
「はあ!!?」
「ほらぁ、チクられたくなかったら、私と遊びなさい♡」
女は俺をベッドに押し倒して、服を剥ぎ取った。俺の上に乗る女のおぞましい顔は、生きながらにして餓鬼道に堕ちたのではと思わせるような醜悪さだった。南との初体験を夢見ていた俺の童貞は、この時無惨にも散らされてしまった。
「蓮~~……部屋換気した……ら……」
「ッッ!?姉さん!!?」
「お姉ちゃん?お邪魔してま~~す♡♡♡」
さらに間の悪いことに、帰宅した南が珍しく部屋に入ってきた。俺たちを見て目を見開いた南は、洗面所に駆け込んで行った。
「ちょっとw お姉ちゃんえずいてるんだけどw 酷くない?アタシ、ああいう穢れを知りませ~んって女って大嫌い♡」
その日は家から追い出したタケシの姉を、後日暴漢に襲わせたことは、墓場まで持って行く秘密の一つだ。
それからは言い寄って来る女を片っ端から抱いた。プレイの一環だと言い張って髪を引っ張り、腹を殴り、尻を叩いた。女の嬌声は南の部屋まで届いているだろう。あの日から俺を汚物のように扱う南。俺に触られないように距離を取る南。女への復讐であると同時に、南への復讐のつもりでヤりまくった。
「母さん、南は志望校どこにしたの?」
「瀬条高校って言ってたわよ。学力的にちょうどいいんですって」
女とヤりまくっていたら、もちろん成績なんて上がる訳がなく、受験が近付く頃には南との学力差がかなり開いていた。高校が別れるなんて有り得ないと思っていた俺は、その日から猛勉強を始めた。物凄く嫌われてしまったけれど、疎遠になるのだけは絶対に避けたい。南と同じ高校に行きたい一心で、成績を上げていった。
なのに……南も猛勉強をしていたなんて……。
受験当日、南の姿は既に無かった。
「あれ?姉さん先に行ったの?」
「ああ、実はね、南は今日観音高校の試験を受けに行ったのよ」
「……はっ!?……なんで?」
「急に志望校のランク上げるって言い出してね~~。成績も上がってることだし、それも良いわね~~って話してたのよ~~」
「なんで……なんで反対しなかったの!!?」
「蓮……?」
「あ……違う……ごめん、もう行くね……」
戸惑いの表情を見せる母さん。母さんを敵に回したくない俺は、慌てて取り繕い、試験会場に向かった。ボロボロの状態で受けた試験だったけど、なんとか瀬条高校には受かった。受かってももう、意味がないんだけど……。
ねぇ南……俺もう疲れたよ……もう南の処女、貰うね……。
半ば自暴自棄になって侵入した南のベッド。南の項に顔を埋め、細い身体をギュッと抱き締めると、胸がポワポワと暖かくなった。俺はやっぱり南が好きなんだ……。俺ばっかりが好きで……辛いよ……。
俺とは別の高校に楽しそうに通うの?俺の知らないうちに彼氏が出来ちゃったりするの?大学生になったら家を出て一人暮らしするのかな?就職したらもう家にはなかなか顔を出せなくなるよね?そうこうしてるうちに適齢期になって、結婚するのかな?……俺じゃない誰かと……?
イヤだ……イヤだ……イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだッッ!!!
南は俺のだ!!セックスするのも結婚するのも全部全部全部全部俺なんだよッッ!!!
パジャマのまま家を飛び出したことに驚いて、すぐに追い掛けられなかったのは痛恨のミスだ。しかもそのまま友達と旅行に行ってしまうなど、誰が想像出来ただろうか。同行者は椿と亜耶だと言う。亜耶は、友達のいない俺に度々声をかけてくれる良い奴だ。だけど亜耶と言えど男と旅行に行っていると考えると、心配で心配で眠れなかった。こんな気持ちをこの先もするくらいなら手篭めにする。無理矢理にでも俺のものにする。
「あのッッ……蓮!!私と婚約してッッ!!」
「南……?」
「蓮と婚約するからっ!!結婚するまでそういうのは無しにしたいの!!ダメ……?」
きっと南は、俺に抱かれたくなくてそう言ったのだろう。そんなことは分かっていたけど、南の口から婚約という言葉が出た瞬間、脳内麻薬がドバドバ分泌されてしまった♡♡♡ 平たく言うと、超浮かれてしまった♡♡♡
婚約婚約婚約婚約婚約婚約ッッ!!♡♡♡ 結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚ッッ!!♡♡♡♡
南と結婚!!♡♡♡ 南が俺のお嫁さん!!♡♡♡ 絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚するッッ!!!♡♡♡♡♡
もし南が土壇場で嫌がったら、一緒にあの世で結婚しよう♡♡♡ もしも君が俺の純粋な恋心を裏切るのなら、その時は一緒に死のうね♡♡♡♡
母さんにお赤飯を炊かれても、デートに出掛けてもどこか嫌そうな南。きょうだいに戻りたいと言われた時は、今夜犯そうと思ったけど、きょうだいから関係をやり直したいと言ってくれた。なんとか婚約継続を言い包めたから、約束通り初夜は待ってあげるね……♡♡♡
待っててあげるから……早く俺のこと、好きになってね♡♡♡♡♡
「南ーー!婚約者君、外で待ってるよ?」
入学初日から、観音高校まで迎えに来た義弟のせいで、クラスメイトから彼氏持ちどころか婚約者持ちだと認識されてしまった。瀬条高校からここまで近くはない筈なんだけど、義弟は毎日のように迎えに来る。
「心配だから迎えに行くね♡♡♡ 俺が迎えに行くまで勝手に帰っちゃダメだよ?♡♡♡」
「別に来なくて良いよっ!?むしろ来ないで!?」
「……初夜前倒しにする……?」
「嬉しい~~♡♡♡ 迎えに来てね?♡♡♡」
こんな調子で、ことある毎に処女喪失の危機が付いて回るのだ。誰が義弟の申し出を断れようか。
「いいな~~♡ 私もあんなイケメンの婚約者欲しい~~♡」
「……ならあげようか……?」
「え?なんて?」
「……何でもない……」
中学の時の女癖の悪さを目の当たりにしていたら、とてもそんな夢など見れない。諦念して校門に向かうと、義弟が手を差し出してきた。婚約者なのだから手を繋いで帰るのは当たり前だとのことだ。
「ねぇ南……そろそろデートしない?♡♡♡」
「えっ?毎日顔見てるのに?」
「そうだね……本当はおやすみからおはようまでの時間も南の顔見てたいんだけど……」
「しよう!!デートしましょう!!」
婚約者になったのだから毎日一緒に寝たいと駄々を捏ねた義弟に、節度あるお付き合いをしなさいと諌めてくれたママには感謝してもし切れない。しかしことある毎に施錠したはずの部屋にヌルッと侵入してくるので、全く気が抜けないのが現状だ。安心して眠れる環境を守るためなら、デートの一つや二つ我慢しなければ……。
「二人とも、晩ごはんはどうするの?」
「食べて帰るから大丈夫だよ。ね、南♡♡♡」
「え?夕方には帰るんじゃ……?」
「じゃ、行こうか♡♡♡」
私の言葉を遮り、家を出る。ママ……ニコニコ送り出してる場合じゃないと思うんだけど。
ロープウェイに乗って、山の頂上付近まで来た。テラスやカフェ等の映えスポットが多く、登山客や観光客で賑わっている。
「南、こういう場所好きでしょ?♡♡」
ニコニコ笑いながらそう言う義弟に、熟れてるな~~……と感心した。
「そうね……何で知ってるのかは聞かないけど」
「南のことなら何でも知ってるよ♡♡♡」
「…………」
突っ込むものか……突っ込んだら知りたくなかったことまで知ってしまいそうだ。
「例えば生理の周期とか…」
「言わなくて良いってぇぇーーーッッ!!?」
キモイと大声で言いたかったが、それを言ってしまったら処女(以下略)
「すみません、写真撮って貰えますか?」
「あ、はい」
カップルの女性に声を掛けられ、渡されたスマホをかざす。幸せそうに寄り添う二人が微笑ましかった。
「お二人もお撮りしますよ」
男性に言われ、私たちも写真を撮ることになった。義弟に抱き寄せられ、ポーズを取る。スマホに映し出された私の表情は、とても幸せそうには見えなかった。きっとこの顔を義弟は見続けているのだろうに、それでも私の側にいたいものなのか。
「お腹空かない?」
「うん。ご飯食べよう」
フードコートで買ったサンドイッチをテラスで食べながら、気になっていたことを聞いてみた。
「蓮はさ、他の女の子と遊びたくならないの?私とばかり一緒にいたら、飽きるでしょ?」
「南に飽きるなんて、絶対絶対絶対ッッ!!有り得ないけど?」
「……おお、そっか……」
「何?他の女のとこに行けば良いのにって思った?」
図星を突かれて、つい押し黙ってしまった。
「元々、好きで付き合った女なんて、一人もいないよ……」
「え?じゃあなんで付き合ったの?」
「復讐……」
そう告げた義弟の目は、仄暗い闇を映し出していた。
そう言えば、初めて部屋に忍び込んで来た時、何か不穏なことを言ってたな……。
「俺は今でも、童貞だった頃に戻れるなら何でもする。穢された……俺の想いも、身体も……」
「蓮……?」
「あの日……南が吐いた日……俺は犯されたんだ……」
あの日……中1の夏休みのことだろうか?
あの日は猛暑日だった。家の中はサウナみたいに蒸し暑くて、籠った湿気を逃すために、帰ってすぐに家中の窓を開けて回った。
「蓮~~……部屋換気した……ら……」
「ッッ!?姉さん!!?」
「お姉ちゃん?お邪魔してま~~す♡♡♡」
確かクラスメイトのお姉さんだったと思う。ベッドの上で絡まる男女。締め切った部屋に篭る匂い……汗とか、体臭とか、嗅いだ事のない匂いとか……
あまりの生臭さに、急いで部屋を出て……洗面所で吐いた。初潮を迎えたばかりの多感な時期に見るには、あまりにもエグ過ぎる光景だった。
「おう……思い出しちゃったよ……オエ……」
「あの日から南は俺を避けるようになったよね……あの手の女の、男をベッドに誘い込む執念を甘く見てたよ……無理矢理犯されてからしばらくは自暴自棄になってたし、女という生き物に復讐したいと思ってた……」
「だからって……他の女の子は関係ないじゃん……」
「だから反省して、今は誰とも遊んでないよ?南が婚約者になってくれたんだもん。他の女なんて見るわけないよ♡♡♡」
そうだ。あの頃、蓮の部屋から女の子の嬌声と言うよりも悲鳴がよく聞こえてきた。きっと随分乱暴な行為をしていたのだろう。思ったより深い闇に触れたことで、それ以上追求出来なくなった……。
「だから……南は俺と一緒にいるのが苦痛だろうけど……離してあげられない……ごめんね……」
「蓮……」
やっぱり蓮は気付いてたんだ……そりゃそうか。正しいプロセスを経て婚約した訳じゃないもんね。なんで私がこんな目に、と思うのも事実だけど、義弟に悲しい顔をさせたい訳じゃない。
「もう脅さなくても、逃げないからさ……私たち、やり直さない?きょうだいからやり直そうよ」
「イヤだ!!俺は兄弟だと思ったこと無いって言ったよね!?」
「だから……きょうだいからゆっくり関係を進めていかない?どうせ結婚出来る年齢まで時間はあるんだし。無くした時間取り戻そう?」
「南……本当に逃げない……?」
「逃げないよ。そもそも逃げようが無いよ」
日にち薬という言葉もあるくらいだ。ゆっくり向き合って、いつか蓮の心の傷が癒える頃には、女の子との交際を前向きに考えることが出来てると良い。ワンチャンそこで離脱出来るかもしれない。
「そういうワケで、今日からきょうだいに…」
「もちろん婚約は継続だよね?」
「いや、きょうだ…」
「婚約は、継続、だよね?♡♡♡」
「………ウン………」
逃げないと言った手前、それ以上は言えなかった……。
「蓮って趣味何なの?」
恥ずかしながら、何年も同じ屋根の下で暮らしていて、蓮の趣味ひとつ知らなかった。蓮と向き合うと決めた今、少しずつでも知っていきたい。
「趣味?南だよ♡♡♡」
「そういうのいいから……」
「本当だもん。南以外に興味ない」
「え?好きな場所とか、食べ物とかも無いわけないよね??」
「うーん……場所……食べ物……南の好きなもの!!♡♡♡」
「お寿司は?」
「南が好きだから好き♡♡♡」
「焼肉は?」
「南、あんまり肉好きじゃないだろ?だから俺も好きじゃない♡♡♡」
あっ……これはあかんヤツや……なんと言うか、情緒の再教育とかしないとあかんヤツや……。
「これからゆっくり、自分の好きを見つけていこうね……」
「好きなのは南だよ~~♡♡♡」
ニコニコ笑いながらそう言う蓮に、こっそりため息をついた。なんと言うか、急にデカい子供を育てることになった気分だ。
ーーーーーーー
「ねぇ南……抱き締めても良い……?♡♡♡」
「うっ……うん!良いよ♡」
あ、嫌そうな顔……
ホント、南は分かりやすいよな……。南は俺のことが嫌いなんだろう。それでもいい。あの頃と違って、今はその瞳に俺を映してくれるから。居ないものとして扱われていたあの頃よりも、ずっといい。
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子供心に南と結婚したいとか、キスしたいとか、エッチなことしたいとか、好きな子に向ける人並みの感情を抱いていた。きょうだいになるのは嫌だけど、ひとつ屋根の下で暮らすのは楽しみだ。暗い部屋が怖いと言えば、一緒に寝てくれるかもしれない。眠れないと言えば、子守唄を歌ってくれるかもしれない。寂しいと言えば、お休みのチューをしてくれるかもしれない。
義姉としての南との同居の妄想に、胸と股間をソワソワさせていたのだが、いざ同居が始まると、南は思いの外ドライだった。一度、一緒に寝て欲しいとお願いしてみたら、大人になりなさいと諭され、一度も部屋に入れてくれなかった。父さんや母さんには笑顔で話すのに、俺に対しては壁を作る南。そんな彼女が憎たらしいと思うようになり、ついつい睨んでしまうと、間が悪く南が振り返る。そしてまた南の壁が厚くなるの繰り返しだった。
「蓮君、今一人?タケシからゲーム預かってるのよ」
物凄く暑い日だった。タケシの姉と名乗る女が玄関先に立っていた。部屋まで荷物を運んであげると言い張り、俺の部屋に押し掛けてきた女。面識の無い見知らぬ女が物凄く怖かった記憶がある。
「困ります、帰ってください」
「ねぇ蓮君?私と遊ばない?♡」
「遊びません。帰ってください!」
「ふーん、あっそ!」
女は徐に自分の服を破り始めた。
「何してるんですかッッ!!?」
「私の言うことを聞きなさい。聞かなかったら、蓮君に乱暴なことされたって、アンタのパパにチクるわよ?」
「はあ!!?」
「ほらぁ、チクられたくなかったら、私と遊びなさい♡」
女は俺をベッドに押し倒して、服を剥ぎ取った。俺の上に乗る女のおぞましい顔は、生きながらにして餓鬼道に堕ちたのではと思わせるような醜悪さだった。南との初体験を夢見ていた俺の童貞は、この時無惨にも散らされてしまった。
「蓮~~……部屋換気した……ら……」
「ッッ!?姉さん!!?」
「お姉ちゃん?お邪魔してま~~す♡♡♡」
さらに間の悪いことに、帰宅した南が珍しく部屋に入ってきた。俺たちを見て目を見開いた南は、洗面所に駆け込んで行った。
「ちょっとw お姉ちゃんえずいてるんだけどw 酷くない?アタシ、ああいう穢れを知りませ~んって女って大嫌い♡」
その日は家から追い出したタケシの姉を、後日暴漢に襲わせたことは、墓場まで持って行く秘密の一つだ。
それからは言い寄って来る女を片っ端から抱いた。プレイの一環だと言い張って髪を引っ張り、腹を殴り、尻を叩いた。女の嬌声は南の部屋まで届いているだろう。あの日から俺を汚物のように扱う南。俺に触られないように距離を取る南。女への復讐であると同時に、南への復讐のつもりでヤりまくった。
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「瀬条高校って言ってたわよ。学力的にちょうどいいんですって」
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「ああ、実はね、南は今日観音高校の試験を受けに行ったのよ」
「……はっ!?……なんで?」
「急に志望校のランク上げるって言い出してね~~。成績も上がってることだし、それも良いわね~~って話してたのよ~~」
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「蓮……?」
「あ……違う……ごめん、もう行くね……」
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半ば自暴自棄になって侵入した南のベッド。南の項に顔を埋め、細い身体をギュッと抱き締めると、胸がポワポワと暖かくなった。俺はやっぱり南が好きなんだ……。俺ばっかりが好きで……辛いよ……。
俺とは別の高校に楽しそうに通うの?俺の知らないうちに彼氏が出来ちゃったりするの?大学生になったら家を出て一人暮らしするのかな?就職したらもう家にはなかなか顔を出せなくなるよね?そうこうしてるうちに適齢期になって、結婚するのかな?……俺じゃない誰かと……?
イヤだ……イヤだ……イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだッッ!!!
南は俺のだ!!セックスするのも結婚するのも全部全部全部全部俺なんだよッッ!!!
パジャマのまま家を飛び出したことに驚いて、すぐに追い掛けられなかったのは痛恨のミスだ。しかもそのまま友達と旅行に行ってしまうなど、誰が想像出来ただろうか。同行者は椿と亜耶だと言う。亜耶は、友達のいない俺に度々声をかけてくれる良い奴だ。だけど亜耶と言えど男と旅行に行っていると考えると、心配で心配で眠れなかった。こんな気持ちをこの先もするくらいなら手篭めにする。無理矢理にでも俺のものにする。
「あのッッ……蓮!!私と婚約してッッ!!」
「南……?」
「蓮と婚約するからっ!!結婚するまでそういうのは無しにしたいの!!ダメ……?」
きっと南は、俺に抱かれたくなくてそう言ったのだろう。そんなことは分かっていたけど、南の口から婚約という言葉が出た瞬間、脳内麻薬がドバドバ分泌されてしまった♡♡♡ 平たく言うと、超浮かれてしまった♡♡♡
婚約婚約婚約婚約婚約婚約ッッ!!♡♡♡ 結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚ッッ!!♡♡♡♡
南と結婚!!♡♡♡ 南が俺のお嫁さん!!♡♡♡ 絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚する絶対結婚するッッ!!!♡♡♡♡♡
もし南が土壇場で嫌がったら、一緒にあの世で結婚しよう♡♡♡ もしも君が俺の純粋な恋心を裏切るのなら、その時は一緒に死のうね♡♡♡♡
母さんにお赤飯を炊かれても、デートに出掛けてもどこか嫌そうな南。きょうだいに戻りたいと言われた時は、今夜犯そうと思ったけど、きょうだいから関係をやり直したいと言ってくれた。なんとか婚約継続を言い包めたから、約束通り初夜は待ってあげるね……♡♡♡
待っててあげるから……早く俺のこと、好きになってね♡♡♡♡♡
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