盾の間違った使い方

KeyBow

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第6話 レベルアップと猛毒

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 ​L字シールドを使ったカマドの中で、炭が良い具合に赤熱している。
 俺は、持ち手部分が崩壊していて装着出来ない一枚の盾、手持ち用の円形盾(ラウンドシールド)を純水で念入りに洗い、カマドの上に「裏返し」にして乗せた。
 持ち手部分が下になるが、カマドの縁にうまい具合に引っかかる。
 即席の鉄板、いや、中華鍋のようなフライパンの完成だ。
 ​「……よし」
 ​俺は電工ナイフで、ボアの肉塊を一口サイズのサイコロ状に切り分けていく。
 まだじわりと血が滲み出ている。
 熱せられた盾の上に、切り出した脂身を乗せると、ジュワァァッ! と小気味よい音が響き、脂が溶け出して鉄板をコーティングしていく。
 そこに、サイコロ肉を投入する。
 強烈な獣の臭いが立ち込める。スーパーの肉とは違う、野生そのものの臭いだ。じびえ
 俺はバーベキュー串を菜箸のように使って肉を転がし、表面を焼いていく。
 ​「焼けたか……?」
 ​こんがりと焼き色がつき、中まで火が通った頃合い。
 俺は串の先で肉を一つ突き刺し、覚悟を決めて口に入れた。
 ​「……ッ!?」
 ​噛んだ瞬間、俺の表情は歪んだ。
 不味い。
 恐ろしく不味い。
 吐き気を催すほどの獣臭さと、鉄錆を煮詰めたような血の味が口いっぱいに広がる。
 ​だが、それだけじゃない。
 ビリリッ!
 舌が・・・そして口の中全体が、電撃を受けたように痺れた。
 ​「がっ……!?」
 ​喉が焼けるように熱い。
 味覚じゃない。これは、痛みだ。
 明らかに異常だ。身体が全力で『吐き出せ』と警鐘を鳴らしている。
 毒だ。
 この肉、あるいは血そのものが、人間にとっては猛毒なのだ。
 ​「ぐ、おぉっ……!」
 ​吐き出したい。
 だが、俺の本能がそれを許さなかった。
 これを吐き出せば、俺の栄養源はなくなる。この先、餓死するしかない。
 毒でも何でも、食ってエネルギーにするしかないんだ!
 ​俺は涙目で、痺れる舌を無理やり動かし、租借した。
 飲み込めないなら、流し込むまでだ。
 俺は計量カップの水を口に含み、肉塊ごと強引に喉の奥へと押し込んだ。
 ​「んぐっ……! げほっ!」
 ​食道を灼熱の塊が落ちていく。
 胃袋が痙攣するのが分かる。
 そして抗いがたい吐き気。
 だが、その直後だった。
 ​『経験値獲得』
『レベルが上がりました』
 ​頭の中に、無機質なメッセージが直接響いた。
 ​「は……?」
 ​痛みが、ふっと和らいだ気がした。
 レベルアップ?
 倒さなくても、食うだけでレベルアップするのか?
 いや、あるいは「毒を克服した」ことへの経験値か?
 ​理由は分からない。だが、一つだけ確かなことがある。
 レベルが上がったことで、身体の調子が良くなった。毒のダメージを、ステータス上昇による回復(リフレッシュ)が上書きしたような感覚だ。
 ​「……食うぞ。食ってやる」
 ​俺は恐怖をねじ伏せ、二切れ目の肉を口に運んだ。
 やはり痺れと吐き気が襲うも、無理やり水で流し込む。
 だが、今度はアナウンスは聞こえなかった。
 ​「……一回だけか?」
 ​どうやら、経験値が入るのは「その個体を初めて体に取り込んだ時」だけらしい。
 同じ肉を食べ続けても、二度目からはただの肉(栄養源)にしかならないようだ。
 無限に強くなれるほど甘くはないか。
 ​それでも、俺は食べ続けた。
 一口ごとに襲う痺れ。それを水で流し込む。
 まさに命を削る食事だ。
 なんとか切り分けた肉の二割ほどを平らげた頃には、俺は汗だくになっていた。
 ​腹が満たされると、急激な眠気が襲ってきた。
 毒との戦いによる疲労と、満腹感。これには抗えない。
 ​「寝るか……」
 ​俺はショッピング画面を開き、「寝具」を検索する。
 やはり、布団や毛布は売っていない。
 だが、資材コーナーなら代用品があるはずだ。
 引っ越しや工事現場で使う、青くて分厚いアレだ。
『養生クッションマット(あて布団)』
『業務用バスタオル(10枚入)』
 ​あった。
 家具を保護するための、綿が入った厚手の布。通称「あて布団」。
 見た目は工事現場だが、保温性は抜群だし、クッション性もある。
 俺はそれを購入し、冷たい石畳の上に敷いた。丸めたバスタオルを枕にする。
 ​俺は燃え残った炭に水をかけ、完全に火が消えたのを確認する。
 そして、入り口から遠い壁際に移動し、背中の大盾を身体の前に立てかけるように置いた。即席のバリケードだ。気休めかもしれないが、やらないよりはマシだろう。
 ​養生マットの上にごろりと横になる。
 硬いが、直に寝るよりはずっと温かい。
 痛み、恐怖、渇き、空腹、そして猛毒……激動の一日だった。
 ​だが、俺は生き延びた。
 明日、この安全地帯を本当の意味での「拠点」にするための作業を始める。
 瞼が、鉛のように重くなっていく。
 ​意識が途切れる直前、俺は微かに笑っていた。
 異世界サバイバルも、案外、悪くないかもしれない。
 あの肉の不味さと、痺れさえなんとかなればだが……。
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