盾の間違った使い方

KeyBow

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第30話 死の匂いと命綱(アンビリカルケーブル)

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 俺は沈黙した発電機の前で、重い腕組みをした。
 不適合の要因は明白だ。「騒音」、そして試運転でわずかに漂ってきた「排気ガス」。
 ​ まず、設置場所の変更が必要だ。
 当初は「見えない壁(幻影の壁)」のすぐ外に置くことも考えたが、即座に却下した。剥き出しのコードを通路の入り口に這わせれば、万が一魔物が通りかかった際、それが「ここに何かがある」と教えるガイドラインになりかねない。
 ​ この安全地帯は、今のところ魔物の侵入はない。あの忌々しいゾンビ騒動だって、外から入ってきたわけじゃない。俺が持ち込んだリザードマンの死体を、魔石を抜かずに放置したという「工程ミス」が招いた内部トラブルだ。
 だが、あの一件で「絶対」などないと思い知らされた。何より、今は一分一秒の時間が惜しい。
 ​ 検討(リスクアセスメント)の結果、設置ポイントは「幻影の壁」から通路の奥へ50メートルほど離れた岩陰に定めた。ここなら拠点への騒音は劇的に抑えられ、排気ガスも気流に乗って奥へと消えていく。何故かこのダンジョンは、見えない壁から流れ込む空気が奥へと消えていく性質があるようだ。
 問題は、「発電機は遠く、冷蔵庫は手元に」という配置だ。その間を繋ぐには50メートルの延長コードが必要になるが、冷蔵庫や冷凍庫へ出し入れするたびに往復するのは非効率の極みだ。
 ​ 一度の始動で一気に電力を生成し、蓄電池に溜めて、あとはエンジンを切って使い続ける。
 そのためには、巨大な「蓄電池(バッファ)」が必要になる。
 ​「……あるか?」
 ​ ショッピング画面を検索し、俺は呻いた。
 『超大容量ポータブル電源(2000Whクラス)』:35,000 PT。
 さっき買った発電機の倍以上の価格だが、これがあれば往復の回数を最低限に絞り込める。これは贅沢品ではない。安物の爆音機を運用しつつ、俺の貴重な「作業時間」を確保するための、必須パーツだ。
 ​ 俺は震える指で、ポータブル電源と『防雨型 延長コード(ドラム式・50m)』(3,000 PT)を追加購入した。さらに、入り口の物理的な「栓」とするための『コンクリートブロック』も発注する。
 ​ 累計出費は約83,000ポイント。残高はわずか6,000ポイント強。崖っぷちだが、これは自由な時間を買うための投資だ。
 ​ ――そこからは、最後の力を振り絞っての重労働だった。
 50メートル先の岩陰までコードを転がし、発電機を設置。
 続けて、安全地帯とダンジョンを繋ぐ唯一の境界線――「見えない壁」の物理的補強に着手した。
 理想は、日課である探索や狩りの「出勤・退勤」の工程の中に、この壁の開閉操作を組み込んでしまうことだ。
 ​ いくら外から見えないとはいえ、何かがぶつかれば「変な壁がある」と感づかれる。俺は拠点側から、愛用の一枚板の大楯を壁にぴったりと立て掛けた。さらに、届いたコンクリートブロックで大楯が内側に倒れないよう、ガッチリとつっかえをした。
 ​「……よし。これなら、ちょっとやそっとじゃ動かないな」
 ​ これからは、探索や狩りに出かける際、この重石をどかして外へ出ることになる。手間は増えるが、安全と引き換えなら安いものだ。
 ​ 拠点のポータブル電源にコードを差し込む。液晶画面の「INPUT」数値が力強く跳ね上がった。
 よし、エネルギーが来ている。
 俺は続けて、冷凍ストッカーと冷蔵庫のプラグを接続した。
 ​ ウィーン……。
 ​ 静かなモーターの駆動音。それは、失われかけていた文明の囁きだった。
 俺が設計した「運用フロー」はこうだ。
 ​【始動】 50メートル先の岩陰へ行き、発電機の紐を引いてエンジンを始動。
 ​【準備・出勤】 拠点に戻って探索や狩りの装備を整える。重石(ブロック)と大楯をどけて通路へ出たら、再び壁を塞いでダンジョン奥地へ「出勤」する。
 ​【帰還・停止準備】 狩りを終えて戻ったら拠点に入り、即座に大楯とブロックで入り口に「栓」をする。装備を外して一息つく。
 ​【停止】 最後に外の岩陰へ行き、エンジンを停止。ポータブル電源には数時間分の電力がフル充電されている。
 ​ このサイクルなら、面倒なブロックの移動や入り口の開閉は「仕事」のついでで済む。
 俺は、処理を終えたリザードマンの生肉を冷凍ストッカーへ放り込んだ。マイナス20度の世界。もう腐ることはない。ゾンビ化の心配もない。
 ​「……完璧だ」
 ​ 残高は大きく減った。だが、俺はこの世界で最も価値のある資産を手に入れた。
 探索範囲を広げるための、「自由」という名の時間を。
 ​ 壁から伸びる一本のオレンジ色のコード。
 それは、外の喧騒からエネルギーを送り続ける『命綱(アンビリカルケーブル)』であり、俺がこの世界で「人間」として生きるための生命線だった。
 ​ 俺は二枚の毛布にくるまり、今度こそ、心からの安息と共に泥のような眠りについた。
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