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第37話 ホームセンターの限界と「装備」の設
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衣類の選定は、思いのほかスムーズに進んだ。
俺の左手に自分の指先を重ね、ウィンドウを共有したまま、雫ちゃんはワークマン顔負けの機能性ウェアや、厚手のソックスを次々と選んでいく。
「……あの、佐東さん。この下着なんですけど」
「ん? ああ、ごめんな。やっぱり華やかなのはないだろ。ここはホームセンターだからな」
画面に並ぶのは、吸湿速乾性のみを追求したスポーツブラのような無骨なものばかりだ。彼女は少しだけ表情を曇らせたが、「いえ、実用的で、買えるだけ有り難いです」と健気に頷いた。
だが、一通りカートに入れ終えたところで、雫ちゃんの指がぴたりと止まった。
「……どうした? まだ何か足りないか?」
「その……あの……」
雫ちゃんが俯き、俺の左手を握る指先に、ぎゅっと力が入る。
耳の付け根まで真っ赤に染まった彼女は、蚊の鳴くような声で、しかし切実に切り出した。
「……タンポン、とか……ナプキンって、検索……できますか?」
「…………あ」
俺は、自分の配慮のなさに頭を殴られたような衝撃を受けた。
男の一人暮らしが長すぎたせいか。生存に必要なのは「食料」と「武器」と「拠点」だと思い込んでいたが、女性を、それも十七歳の少女を預かる以上、それは食料と同じ……いや、それ以上に尊厳と健康に関わる「絶対的な必需品」だ。
「わかった。すぐ調べる。……左手、そのままな」
俺は震える指で検索窓に単語を打ち込んだ。カテゴリは「日用品」か「衛生用品」か。
『検索結果:0件』
無慈悲なゼロの表示。
品証マンとしての冷徹な分析が脳裏をよぎる。ここは『ホームセンター』なのだ。工具、資材、プロ向けのワークウェア。そこにはコンビニやドラッグストアにあるような「家庭用衛生用品」の棚は存在しない。
「……すまん。やっぱり、売ってないみたいだ」
彼女の肩が、目に見えて小さく落ちた。絶望というより、申し訳なさと羞恥心で消えてしまいそうな、か細い背中。
「……ですよね。ここ、ホームセンターですもんね……。せっかく、綺麗な服を買ってもらったのに……汚しちゃうのが、怖くて……」
その時だ。俺の中で、品証マンとして、そして「大人」としてのスイッチが入った。
清潔な服を汚したくないという、あまりにもささやかで、しかし切実な願い。それを守るのが、今この場にいる「先駆者」の責任だろう。
「如月さん。大事な話だから、事務的に……医者に話すつもりで答えてくれ。……どれくらい、切実な状況なんだ?」
俺はできるだけ落ち着いた、プロフェッショナルなトーンを心がけた。
雫ちゃんは膝の上で指を絡ませながら、消え入りそうな声で答えた。
「……今すぐにでも、取り替えたい……です。量も、その……多い方だと思うので……」
「わかった。……諦めるのはまだ早いぞ。ないなら、作る。それがホームセンターの正しい使い方だ」
俺は再びウィンドウを操作し、彼女にその「設計図」を見せた。俺が選んだのは三点。
『滅菌ガーゼ』(肌に触れる面の保護用)
『脱脂綿(ロール)』(中継・吸水材)
『小型犬用 ペット吸水シート(お試しパック)』:100 PT
「えっ……ペット用、ですか?」
雫ちゃんが驚いて顔を上げる。俺は真剣な目で頷いた。
「ああ。だが、こいつの中身は『高分子吸水ポリマー』だ。構造的には、人間用のそれと、あるいは赤ん坊のオムツと本質は変わらない。これを適切なサイズにカットし、脱脂綿とガーゼで包む。最後に、文具の『強力両面テープ』で下着に固定する」
俺は、作業台の上に設計図を描くように説明した。
「これは、君を守るための『装備』だ。胸当てや脛ガードと同じだ。構造を理解し、機能を果たせれば、それは立派なサバイバルギアなんだよ。……恥ずかしがることはない。これは、生き残るための『最適化』だ」
「……装備」
雫ちゃんは、その言葉を反芻するように呟いた。
俺の目に、同情や憐憫の色はない。あるのは、目の前の「問題(バグ)」をどうやって「解消(フィックス)」するかという、技術者の目だけだ。
その目を見て、雫ちゃんは何かを確信したのだろう。彼女は涙で潤んだ瞳のまま、しかし、今度ははっきりと頷いた。
「はい。……ありがとうございます、騎士様」
俺たちの間に、また一つ。奇妙で、そしてこれまでの何よりも頑丈な「信頼関係」が生まれた瞬間だった。
「よし。じゃあ、今から使うのと、明日の朝取り替えるのだけは急ぎで作る。今後のことはまた明日考えることにしよう」
俺は作業台に向かい、一刻を争う「緊急工程」を開始した。ペットシートを最適なサイズに切り分け、滅菌ガーゼで包み込む。そして新品の下着に強力両面テープで固定する。その作業中、俺は彼女に釘を刺すように言った。
「済まないが、機能したら御の字だと思ってくれ。違和感や心地に関しては二の次だ。痛くなければ我慢してくれ。つらいのを我慢しろとは言わないが、明日落ち着いたら快適を目指して改良しよう。悪いけど今はこれが精一杯だ」
そして、俺はもう一つの現実を突きつけた。
「あと、トイレもきついと思うが、今はこれしかない。災害用の簡易的なバケツタイプだ。あっちに張ったテントは、そのためのトイレ兼シャワー用テントだから、プライバシーは守れる。……いいな?」
俺は事務的に、しかし迅速に二セット分の「装備済み下着」と、新しく買ったワークウェアをまとめて彼女に手渡した。
「よし、実装完了だ。まずはこれを着替えてくれ。キャンプ場とかで使うような簡易的なシャワーもある。身綺麗にして一息つくのが先決だ」
「……っ、ありがとうございます……!」
雫ちゃんは、俺からワークウェアと装備をひったくるように受け取ると、逃げるようにトイレテントへと駆け込んでいった。
物理的な不快感と排泄の問題は、これで最低限の解決を見た。だが、体温のない資材をいくら組み合わせても、彼女の心の奥にある「一人で異世界に放り出された恐怖」までは、まだ手当てができていない。
俺は自分の不甲斐なさを噛み締めながら、テントから漏れる微かな音を聞かないように、カマドの火を整えた。
それが、あの深夜の出来事へと繋がっていくことになる。
俺の左手に自分の指先を重ね、ウィンドウを共有したまま、雫ちゃんはワークマン顔負けの機能性ウェアや、厚手のソックスを次々と選んでいく。
「……あの、佐東さん。この下着なんですけど」
「ん? ああ、ごめんな。やっぱり華やかなのはないだろ。ここはホームセンターだからな」
画面に並ぶのは、吸湿速乾性のみを追求したスポーツブラのような無骨なものばかりだ。彼女は少しだけ表情を曇らせたが、「いえ、実用的で、買えるだけ有り難いです」と健気に頷いた。
だが、一通りカートに入れ終えたところで、雫ちゃんの指がぴたりと止まった。
「……どうした? まだ何か足りないか?」
「その……あの……」
雫ちゃんが俯き、俺の左手を握る指先に、ぎゅっと力が入る。
耳の付け根まで真っ赤に染まった彼女は、蚊の鳴くような声で、しかし切実に切り出した。
「……タンポン、とか……ナプキンって、検索……できますか?」
「…………あ」
俺は、自分の配慮のなさに頭を殴られたような衝撃を受けた。
男の一人暮らしが長すぎたせいか。生存に必要なのは「食料」と「武器」と「拠点」だと思い込んでいたが、女性を、それも十七歳の少女を預かる以上、それは食料と同じ……いや、それ以上に尊厳と健康に関わる「絶対的な必需品」だ。
「わかった。すぐ調べる。……左手、そのままな」
俺は震える指で検索窓に単語を打ち込んだ。カテゴリは「日用品」か「衛生用品」か。
『検索結果:0件』
無慈悲なゼロの表示。
品証マンとしての冷徹な分析が脳裏をよぎる。ここは『ホームセンター』なのだ。工具、資材、プロ向けのワークウェア。そこにはコンビニやドラッグストアにあるような「家庭用衛生用品」の棚は存在しない。
「……すまん。やっぱり、売ってないみたいだ」
彼女の肩が、目に見えて小さく落ちた。絶望というより、申し訳なさと羞恥心で消えてしまいそうな、か細い背中。
「……ですよね。ここ、ホームセンターですもんね……。せっかく、綺麗な服を買ってもらったのに……汚しちゃうのが、怖くて……」
その時だ。俺の中で、品証マンとして、そして「大人」としてのスイッチが入った。
清潔な服を汚したくないという、あまりにもささやかで、しかし切実な願い。それを守るのが、今この場にいる「先駆者」の責任だろう。
「如月さん。大事な話だから、事務的に……医者に話すつもりで答えてくれ。……どれくらい、切実な状況なんだ?」
俺はできるだけ落ち着いた、プロフェッショナルなトーンを心がけた。
雫ちゃんは膝の上で指を絡ませながら、消え入りそうな声で答えた。
「……今すぐにでも、取り替えたい……です。量も、その……多い方だと思うので……」
「わかった。……諦めるのはまだ早いぞ。ないなら、作る。それがホームセンターの正しい使い方だ」
俺は再びウィンドウを操作し、彼女にその「設計図」を見せた。俺が選んだのは三点。
『滅菌ガーゼ』(肌に触れる面の保護用)
『脱脂綿(ロール)』(中継・吸水材)
『小型犬用 ペット吸水シート(お試しパック)』:100 PT
「えっ……ペット用、ですか?」
雫ちゃんが驚いて顔を上げる。俺は真剣な目で頷いた。
「ああ。だが、こいつの中身は『高分子吸水ポリマー』だ。構造的には、人間用のそれと、あるいは赤ん坊のオムツと本質は変わらない。これを適切なサイズにカットし、脱脂綿とガーゼで包む。最後に、文具の『強力両面テープ』で下着に固定する」
俺は、作業台の上に設計図を描くように説明した。
「これは、君を守るための『装備』だ。胸当てや脛ガードと同じだ。構造を理解し、機能を果たせれば、それは立派なサバイバルギアなんだよ。……恥ずかしがることはない。これは、生き残るための『最適化』だ」
「……装備」
雫ちゃんは、その言葉を反芻するように呟いた。
俺の目に、同情や憐憫の色はない。あるのは、目の前の「問題(バグ)」をどうやって「解消(フィックス)」するかという、技術者の目だけだ。
その目を見て、雫ちゃんは何かを確信したのだろう。彼女は涙で潤んだ瞳のまま、しかし、今度ははっきりと頷いた。
「はい。……ありがとうございます、騎士様」
俺たちの間に、また一つ。奇妙で、そしてこれまでの何よりも頑丈な「信頼関係」が生まれた瞬間だった。
「よし。じゃあ、今から使うのと、明日の朝取り替えるのだけは急ぎで作る。今後のことはまた明日考えることにしよう」
俺は作業台に向かい、一刻を争う「緊急工程」を開始した。ペットシートを最適なサイズに切り分け、滅菌ガーゼで包み込む。そして新品の下着に強力両面テープで固定する。その作業中、俺は彼女に釘を刺すように言った。
「済まないが、機能したら御の字だと思ってくれ。違和感や心地に関しては二の次だ。痛くなければ我慢してくれ。つらいのを我慢しろとは言わないが、明日落ち着いたら快適を目指して改良しよう。悪いけど今はこれが精一杯だ」
そして、俺はもう一つの現実を突きつけた。
「あと、トイレもきついと思うが、今はこれしかない。災害用の簡易的なバケツタイプだ。あっちに張ったテントは、そのためのトイレ兼シャワー用テントだから、プライバシーは守れる。……いいな?」
俺は事務的に、しかし迅速に二セット分の「装備済み下着」と、新しく買ったワークウェアをまとめて彼女に手渡した。
「よし、実装完了だ。まずはこれを着替えてくれ。キャンプ場とかで使うような簡易的なシャワーもある。身綺麗にして一息つくのが先決だ」
「……っ、ありがとうございます……!」
雫ちゃんは、俺からワークウェアと装備をひったくるように受け取ると、逃げるようにトイレテントへと駆け込んでいった。
物理的な不快感と排泄の問題は、これで最低限の解決を見た。だが、体温のない資材をいくら組み合わせても、彼女の心の奥にある「一人で異世界に放り出された恐怖」までは、まだ手当てができていない。
俺は自分の不甲斐なさを噛み締めながら、テントから漏れる微かな音を聞かないように、カマドの火を整えた。
それが、あの深夜の出来事へと繋がっていくことになる。
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