盾の間違った使い方

KeyBow

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第61話 暴走する質量と下敷きの英雄

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 雫のヒールで一命を取り留めた俺は、すぐさま彼女に指示を出し、巨大なミノタウロスの死骸を『アイテムボックス』に収納させた。
「よし、回収完了! 帰るぞ雫! 今日は宴だ!」
 さっきまで血を吐いて倒れていた男とは思えない回復ぶりだ。
 現金なものだが、目の前に最高級の牛肉があると思えば、内臓の痛みなど吹き飛んでしまう。
「あはは……。佐東さん、本当に元気ですね」
「当たり前だ。食うことは生きることだからな! さあ、ホームへ凱旋だ!」
 俺は意気揚々と歩き出した。
 足取りは軽い。勝利の興奮も手伝って、俺の口はいつもより滑らかだった。
「いやぁ、楽しみだなぁ。このミノタウロスの肉、やっぱり松阪牛(まつさかうし@まつさかぎゅうではない!)とどっちが美味いんだろうな?」
「松阪牛……? 佐東さん、食べたことあるんですか?」
「いや、ない! 高すぎて手が出ないからな。だが、噂じゃあそこの牛はビールを飲ませて育ててるらしいぞ」
「えっ、ビールですか? 牛がお酒を飲むんですか?」
「食欲増進のためらしいが、本当かどうかは知らん。……こいつも強かったし、いいもん食って育ってるはずだ。負けないくらい美味いかもしれんぞ?」
 俺たちはそんな他愛のない会話を交わしながら笑い合った。
 本来なら、こんな無防備な雑談は、鍵のかかった安全な拠点(ホーム)の中でするべきものだ。
 だが、ボス級の敵を倒したという達成感が、俺たちの警戒心を麻痺させていた。
 完全に、浮かれていたのだ。
 ――だから、気づくのが一瞬遅れた。
「……ッ! 止まれ!」
 『索敵』スキルが、強烈な反応を捉えた瞬間、俺は叫んだ。
 だが、話に夢中になっていた分、初動が遅れる。
 通路の奥、拠点のすぐ近くから、猛然と近づいてくる新たな気配。
「ブモォォォッ!!」
 闇の中から飛び出してきたのは、巨大な牙を持つ戦車――ブルータルボアだ。
 ボス戦の騒ぎを聞きつけて来たのか、それともただの徘徊か。
 どちらにせよ、最悪のタイミングだ。
「くそっ……! 寄越せってか!? 俺のすき焼き肉を!」
 俺は舌打ちし、両手の盾を構えようとした。
 だが、身体が重い。
 気持ちは元気でも、やはり大量の吐血によるダメージは残っている。瞬発力が鈍っているのが自分でも分かった。
「……ッ!」
 反応が遅れる。
 俺が歯噛みした、その瞬間だった。
 俺の前に、スッと小さな背中が割り込んだ。
「佐東さんは、下がっていてください! 私に、任せてください!」
 雫は杖を構え、一直線に突進してくるブルータルボアを見据えた。
 放たれたのは、中級魔法。
「――我が敵を穿て、アイスランス!!」
 ドシュッ!!
 放たれた巨大な氷の槍が、ボアの堅い頭蓋骨ごと脳天を貫いた。
 巨体が一瞬で絶命し、力が抜ける。
 ――勝った。
 誰もがそう思った。
 だが、ここはリアルだ。
 命を奪っても、数百キロに及ぶ巨体の「質量」と、トップスピードで突進していた「慣性」は消えない。
 ズザザザザザァァァッ!!!
 死体となったブルータルボアは止まることなく、まるで巨大なボブスレーのように、石床を滑りながら雫へと突っ込んできた。
「え……?」
 魔法を放った直後の雫は、発動後の硬直のため動けない。
 迫りくる肉の壁。
 直撃すれば、華奢な彼女の体など粉々に砕け散る。
「雫ッ!!!」
 俺の身体が、思考より先に動いた。
 吐血のダメージで鉛のように重い体を無理やりねじ込み、彼女の小さな体を抱きすくめる。
「きゃっ!?」
 俺は彼女を抱えたまま、横っ飛びに回避しようとした。
 だが、間に合わない。
 俺は空中で身体を反転させ、せめて彼女だけでも衝撃から逃がそうと、腕にありったけの力を込めた。
「逃げろぉッ!!」
 俺は抱きかかえた雫を、通路の脇へと力任せに放り投げた。
 彼女の体が宙を舞い安全圏へと転がったが、その直後。
 ドォォォォォンッ!!!
 背中に、トラックに撥ねられたような衝撃が走った。
「が、はっ……!?」
 視界が明滅する。
 俺はそのまま、突っ込んできたブルータルボアの巨体と、壁との間に挟まれる形で吹き飛ばされ――そして、ずり落ちるボア。
その圧倒的な質量の「下敷き」になった。





 静寂。
 いや、耳鳴りがうるさい。
「……さ、佐東……さん……?」
 遠くで、雫の震える声が聞こえる。
 俺は目を開けようとしたが、身体が動かない。
 重い。
 胸から下が、完全に巨大な猪の下に埋まっている。
 肺が圧迫され、息が吸えない。
 さっき治ったはずの内臓が、再び悲鳴を上げているのが分かった。
「いやぁぁぁっ!! 佐東さんッ!!」
 駆け寄ってきた雫が、半狂乱になってボアの巨体を押そうとしている。
 だが、数百キロの肉塊だ。非力な少女の腕で動かせるはずがない。
「動いてよぉ! どいてよぉぉっ!!」
 彼女は泣きじゃくりながら、俺の腕を引っ張り出そうとする。
 だが、俺の体はピクリとも動かない。
 感覚が、消えていく。
 視界の隅が黒く塗りつぶされていく。
 まずい。これは、本当にまずい。
 俺が死んだら、彼女はこの深層で一人ぼっちになる。それだけは、避けなきゃならない。
「……し、ず……く……」
 俺は掠れる声で、彼女を呼んだ。
「佐東さん! 今、今助けますから! 待っててください!重い!」
「……ちが……う……」
 泣き叫び、必死に俺の腕を引っ張る彼女に、俺は最後の力を振り絞って伝えた。
 この状況を打破できる、唯一の方法。
「……アイ……テム……」
 俺の指が、ボアの死体に触れる。
「……しま、え……」
 収納しろ。
 そう言おうとしたが、言葉は最後まで続かなかった。
 プツリ、と意識の糸が切れる音がした。
「……佐東さん? 佐東さんッ!!?」
 雫の絶叫が遠ざかっていく。
 俺の意識は、深い闇の底へと落ちていった。
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