盾の間違った使い方

KeyBow

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第63話 鋼の重さと直肌の体温

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 ズザァァ……ッ。
 金属が石床を擦る音が止まった。
 拠点の入り口を越え、いつもの見慣れたコンクリート打ちっぱなしの空間に入った瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れた。
「……はぁ、はぁ……ッ。つ、着いた……」
 私は肩に食い込んでいたロープを外し、その場にへたり込んだ。
 後ろには、タワーシールドに乗せられたまま意識を失っている佐東さんの姿。
 顔色はさっきの回復魔法で良くなっているけれど、まだ目は覚めない。
「……休んでる暇なんて、ないですよね」
 私は震える足に喝を入れ、立ち上がった。
 このまま硬い盾の上で寝かせておくわけにはいかない。
 私は佐東さんの横に膝をつき、震える手で装備の解除に取り掛かった。
 両腕の盾、胴体のプロテクター、ブーツ。
 重い装備を一つひとつ外し、身軽になった佐東さんを、私は渾身の力で引きずって簡易ベッドへと寝かせた。
「……ふぅ」
 でも、これで終わりじゃない。
 私は佐東さんの上着に手をかけた。
 泥と脂汗で汚れたジャケットを脱がせ、その下のインナーも捲り上げる。
(……確認しなきゃ)
 さっき『ミドルヒール』をかけた。
 外れた肩も、圧迫された胸も、魔法の光で治ったように見えた。
 でも、私はまだ魔法を使い始めたばかりだ。
 本当に、体の奥まで治っているの?
 内出血は? 骨のひびは?
 不安でたまらない。だから、直接この目で見て、確かめないと気が済まない。
「失礼します……」
 私は佐東さんの上半身を裸にした。
 露わになった厚い胸板と、鍛え上げられた腹筋。
 そこには、戦いの激しさを物語るような痣の痕跡があったが、魔法のおかげで今は薄くなっている。
 私はおそるおそる、その肌に指を這わせた。
「……よかった。骨は、大丈夫そう……」
 肋骨に沿って指を滑らせ、異常がないか確かめる。
 肩の関節も、腫れていない。
 私の拙い魔法でも、なんとか治療できたようだわ。
「……ひどい汗」
 緊張が解けると同時に、彼の身体がひどく汗ばんでいることに気づいた。
 私は『アイテムボックス』から水とタオルを取り出し、硬く絞った。
 意識のない彼を不快なままにしてはおけない。
 私はタオルで、彼の顔、首筋、そして広い背中を丁寧に拭っていった。
 ひんやりとしたタオルの感触に、佐東さんの眉がピクリと動く。
「……う、ん……」
 低い唸り声。
 睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。
「……あ、佐東さん!?」
 私は顔を覗き込む。
 焦点の合わない瞳が、ぼんやりと天井を彷徨い、そして私を捉えた。
「……しず、く……?」
「はい、あなたの雫です! 分かりますか!? ここは拠点です、もう安全ですから!」
 よかった、意識が戻った。
 私は安堵で力が抜けそうになった。
 きっと彼は、「怪我はないか」とか「重かっただろう」とか、私を気遣う言葉をかけてくれるはずだ。
 佐東さんは、乾いた唇をゆっくりと動かした。
「……あぁ、そうか……帰れた、のか……」
「はい、帰ってこれましたよ」
「……そうか……。……で」
 彼はカッと目を見開き、ガバッと上半身を起こそうとした。
「肉は!? 俺の松阪牛(ミノタウロス)は無事か!?」
「…………は?」
 私はポカンと口を開けた。
 死にかけて、運ばれて、裸にされて看病されて、目覚めた第一声が、それ?
「い、いや、夢ですき焼き食う寸前で目が覚めてな……! アイテムボックスの肉は!? 腐ってないよな!?」
 必死の形相で詰め寄ってくる佐東さん。
 そのあまりに「いつも通り」で、あまりに「現金」な姿。
 私は呆れた。本当に、呆れた。
 でも、それ以上に――。
「……っ、うぅ……!」
 熱いものが、目頭から溢れ出した。
 元気だ。いつもの、食いしん坊で、ちょっと抜けてて、でも頼れる佐東さんだ。
 本当に、生きているんだ。
「……バカァッ!!」
 私は叫ぶと同時に、ベッドの上の佐東さんに飛び込んだ。
「うおっ!?」
「心配したんですよ……ッ! 死んじゃうかと思ったんですよぉ……ッ!!」
 私は彼の胸板に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。
 頬に触れるのは、インナー越しの熱なんかじゃない。
 さっき私が拭いたばかりの、直の肌の感触。
 ゴツゴツとした筋肉の固さと、驚くほど熱い体温。
 そして、トクトクと力強く脈打つ心臓の音が、私の耳元で大きく響いている。
「……雫……」
 佐東さんは一瞬戸惑ったようだったけれど、すぐに優しく、私の頭に手を置いてくれた。
 大きな手のひら。
 戦いで傷つき、泥にまみれ、それでも温かい手。
「……悪かった。心配かけて、ごめんな」
「……ぐすっ、お肉のことばっかり……ひどいです……」
「ああ、俺が悪かった。……でもな」
 彼は困ったように笑いながら、裸の背中を震わせ、私の頭をポンポンと撫でた。
「こうして生きてるのは、お前が諦めずに運んでくれたおかげだ。……ありがとうな、雫」
 その言葉に、私はさらに涙が止まらなくなった。
 しばらくの間、私は彼の広い胸で泣き続け、彼はただ黙って私を撫で続けてくれた。
 やがて、私の涙が枯れ、少し落ち着いた頃。
 佐東さんは、気まずそうに、でも少しワクワクした声で言った。
「……で、落ち着いたらでいいんだが。……すき焼き、やるか?」
 そのブレなさに、私は涙目で、でも今日一番の笑顔で答えた。
「……ふふっ、もうぶれないんですね。はい、やりましょう!」
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