盾の間違った使い方

KeyBow

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第67話 死の広間の遺品整理

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「何十年…もしかしたら、何百年も前かもしれません…」
 雫が告げた事実は、俺たちの心に重くのしかかった。
 二ヶ月。
 50人近い熟練のパーティーが、命がけで二ヶ月かけて踏破した道を、たった二人で、それも逆走して戻る。
 それは不可能とは言わないが、かなり無茶なことだ。
「…無理だな」
 俺は、正直な感想を口にした。
「この道を遡るのは自殺行為だ」
 だが俺の思考は絶望ではなく、次なる可能性を探っていた。
「彼らの計画はどうだったんだ?日記からして、片道切符の神風特攻だったとは思えない。ボスを倒した後、どうやって帰るつもりだったんだろう」

 そうだ、帰還する方法があったはずだ。
 そして、彼らはボスとの戦闘で全滅した。つまり、その「帰還アイテム」か、あるいは「出口を開く鍵」となる何かは、使われることなく、このボス部屋のどこかに残されている可能性が高い。

 さらに続きをよんでもらう。

「雫ちゃん、すまないが、これをもう少し見てくれないか?俺はこっちの肉の解体で手が回らないんだ。他に何か、役に立つ情報が書かれているかもしれないからね」

 俺にとっては、あくまで「ついで」の確認だった。今、俺の頭の中は、目の前の大量の肉をどう処理するかでいっぱいだったからだ。
「は、はい!分かりました!」
 雫は、真剣な顔で手帳を受け取ると、テーブルに向かい、異世界言語と鑑定のスキルを駆使して、その解読に取り掛かった。
 俺は、解体作業に戻る。血と脂にまみれながら、巨大な肉の塊と格闘する。
 やがて、雫が息を呑む気配がした。
 俺が顔を上げると、彼女は興奮した様子で、手帳のあるページを俺に示してきた。その顔は、希望に輝いていた。
「佐東さん!見てください!この手帳…やっぱり、ここにいたパーティーの魔術師さんの日記みたいです!そして、ここに…異世界召喚のことと…帰る方法が…!」
「なんだって!?」
 俺は、思わず手を止め、彼女の隣に駆け寄った。
 雫は、震える声で、手帳の一節を読み上げ始めた。
『…王宮より、召喚の儀について意見を求められた。わしは反対した。対処できぬ力を求める愚かさ、そして召喚されし者が我らに牙を剥く危険性を説いた。だが、彼らは聞く耳を持たぬ。「力」を手に入れ、それを制御する算段ばかりを語る。万が一、勇者が我らに従わぬ場合、強制的に元の世界へ送還する手段が必要だ…そのために、ダンジョンコアを持ち帰り、その力を使うことを、彼らが計画していた…』
「ダンジョンコア…?」
 初めて聞く単語だった。
「はい!手帳によると、ダンジョンの核となる魔石のことみたいです!そして…」
 雫は、さらに顔を輝かせた。
「そのコアを使えば、元の世界に帰れるって…!」
 帰れる!
 俺たちの頭に、強烈な希望の光が差し込んだ。
「やったな、雫ちゃん!」
 俺が思わず彼女の肩を叩くと、彼女も「はいっ!」と満面の笑みで頷いた。
「本当によかった…これで、帰れるんですね…!」
 彼女は、手帳の続きを読むことも忘れ、ただただ、帰還への希望に胸を膨ませていた。
(ダンジョンコア…まあ、普通に考えれば、ボスを倒さないと手に入らないもんだろうな)
 俺の、アニメや小説で培われた知識が、そう告げていた。つまり、まずはあの眠れる竜を倒す必要がある。
「よし!帰る方法の手ががりが見つかったんだ。まずは、腹ごしらえだ。朝食にしよう」
 俺は、今はそれ以上深く考えるのをやめ、雫を促した。詳しいことは、後で考えればいい。
「あ、お花、摘んできます!」
 雫は、希望に満ちた笑顔で、トイレ用のテントへと駆け込んでいった。
 彼女が席を外した、その隙だった。
 俺は、ふと、手帳の続きが気になった。強制送還の手段…その詳細とは?
 俺は、雫が見ていたページの後ろを、自分の目で追い始めた。
 そして、見つけてしまった。
 彼女が、希望の光に目を奪われて、見落としていた部分を。彼が生前、書き記していた、恐るべき懸念を。
『…コアの力は絶大だが、酷く不安定だ。時空の門を開くには、コアの全エネルギーを解放する必要がある。一度開けば、コアは力を失い、ダンジョンは消滅するだろう。そして、門の安定時間は極めて短い。わしの計算では、門を安全に通過できるのは、ただ一人が限界であろう。再び門を開くためには、失われたコアの力が自然に回復するのを待たねばならない。その歳月、およそ四十年…。だからこそ、わしは安易な召喚に反対したのだ。一度失敗すれば、次の機会は絶望的に遠い』
『…帰還の儀式が成功したとして、彼らが元の世界で無事であるかを確認する術はない。儀式そのものが、どれほど安全なものなのかも、わしには分からぬ。コアを持ち帰ること自体が、下手をすれば国を滅ぼす可能性があると、あれほど忠告したのだが…。ダンジョンのコアとは、それほどの魔力を秘めた、危険な代物なのじゃ…』
 ただ、一人。
 四十年。
 安全性の保証なし。
 そして、コア自体の危険性。
 しかも、これは400年前の知識に基づいた記述だ。
(…そんなこったろうと、思ったよ)
 俺の頭の中で、希望の光が、急速に色褪せていく。
 帰れるかもしれない。だが、それは、二人一緒ではない可能性が高い。そして、危険すぎる賭けだ。
 俺は手帳をパタンと閉じた。
 そして、戻ってきた雫に気づかれないように、何食わぬ顔でそれをインベントリに仕舞い込んだ。
(…今は、これ以上、読みたくない)
 この残酷な可能性を、今、彼女に告げることはできない。
 俺がすべきことは、一つだけだ。
「さあ、朝飯だ!今日は、ミノタウロスの肉もあるぞ!」
 俺は、できるだけ明るい声で、彼女を促した。
 俺は、この重すぎる真実と、手帳に記された懸念を、一人で背負うことを決めた。
 ボス部屋へ行く目的は変わらない。竜を倒し、コアを手に入れる。
 だが、その意味合いは、俺の中で全く違うものになっていた。
 帰るためだけじゃない。
 この残酷な運命に抗うために、そして、別の方法を、二人で、安全に帰れる方法を、必ず見つけ出すために。
 俺は隣で無邪気に朝食の準備を手伝う少女の頭を、そっと撫でた。
 その温もりを感じながら、俺は、誰にも言えない重荷を、胸の奥深くにしまい込んだ。
 そしてまずここを出ることに、無理矢理意識を変えた。現実逃避ともいうが。

「…当面、食料には困らない」
 俺の視線は、解体を待つミノタウロスとブルータルボアの巨体へと向かう。
「ならば、やるべきことは一つだ。探索だ」
 俺は、雫に向き直った。
「もう一度あのボス部屋へ行くぞ。今度は宝探しだ。あの人たちが残してくれた装備やアイテムを片っ端から確認する。相討ちになって帰還アイテムを使えなかった、という可能性に賭ける」
 俺の言葉に、雫は力強く頷いた。
 俺たちの、奇妙な遺品整理が始まった。

 ボス部屋に散らばる、無数の人骨。その傍らに転がる、かつての挑戦者たちの装備。
 ここに来たとき以来、今朝までここに入ったのは雫が来たときのみ。
 俺のときは尊厳とか、そんなことに気が回らず、生き残るための装備を探す、人様の装備で、倫理観もなにもなかった。
 今はちがう。
 一つ一つの装備に使っていた人の想いや覚悟、無念がある。そこに歴史がある。
 彼らの尊厳を踏みにじるつもりはない。俺たちが生き残るために冒涜したとしてもだ。
 幸い、遺骨は雫のアイテムボックスに入るだろう。もし地上に出れたら、きちんと埋葬しよう。だから許してほしい。

 そんな想いから俺たちは、一つ一つの亡骸に手を合わせながら、残されたものを確認していく。
 だが、そのほとんどは、長い年月の間に朽ち果てていた。剣は錆びてボロボロ、革の鎧は腐って形を留めていない。希望は、すぐに絶望へと変わっていった。

(ボスはリポップしない一度きりの存在なのかな…?)
 俺は、完全に静まり返ったドラゴンの骸を見ながら、そんなことを考えていた。もし、こいつが定期的に復活するなら、この部屋はこんなに静かじゃないはずだ。
「…ダメか。やっぱり、使い物になるもんなんて…」
 俺が諦めかけた、その時だった。
 雫が広間の隅、ドラゴンの巨大な肋骨の影になっている場所で、足を止めた。
「佐東さん…これ…」
 彼女が指差す先には、他の人骨とは明らかに違う一体の死体があった。
 豪華な刺繍の施されたローブを纏い、その手には先端に大きな宝石がはめ込まれた杖が握られている。そして、他の死体が白骨化しているのに対し、この死体だけは、まるでついさっきまで生きていたかのように、ミイラ化しているだけで肉が残っていたのだ。
 周囲の人骨の山の下から、俺たちが歩き回った衝撃で、姿を現したらしい。
「…魔術師、か」
 おそらく、このパーティーの重要人物だったのだろう。
 そのミイラに、雫が釘付けになっていた。彼女は青ざめた顔で、その亡骸を指差している。
「佐東さん…!その人…!まだ、魂がそこにいます!」
 俺は、彼女の言葉に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「アンデッドに…なろうとしています…!」
 俺たちは、弾かれたように後ずさった。
 竜は倒したのだろう。だが、この部屋にはもう一つの脅威が眠っていたのだ。
「…一度、引き上げるぞ!」
 俺たちは、一目散に拠点へと逃げ帰った。
 結局、持ち帰れたのは、使い物にならないガラクタのようなアイテムばかり。
 俺は敬意を込めて、回収した人骨を拠点の隅の見えない場所に並べた。
 俺たちの目の前には、新たな、そして、より不気味な謎が立ちはだかっていた。
 あの眠れる魔術師は、一体、何者なのか。
 そして俺たちは、どうすればこの死の広間を突破できるのか・・・
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