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第77話 四百年の英雄と一滴の優しさ
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「この国が俺たちをあんな目に遭わせたのか?」
俺の魂からの詰問。
その言葉は聖騎士であるエレオノールの、血の気のいい、整った顔から、見る見るうちに色を失わせていった。
彼女は唇を噛み締め、膝の上で握りしめた拳を震わせている。
やがて、彼女は絞り出すように口を開いた。
「……半分は違い、半分は真実です」
「なんだと?」
「国として、あなた方を召喚した事実はありません。我が国の法において、異世界からの召喚は禁忌とされています。ですが……」
彼女は苦渋の表情で、俺を直視した。
「……ある王族の一人が、独断で禁忌を犯し、召喚の儀式を行ったことが、つい先日発覚しました。あなた方は、その被害者である可能性が高い。我々は異世界人を発見次第保護するために、捜索隊を各地へ送り込み、私はその一隊を率いていたのです」
「……は?」
俺は呆気にとられた。
国の方針ですらない? ただの王族の暴走?
じゃあ何か。俺たちが味わったあの二ヶ月の地獄は、誰かの個人的なワガママのとばっちりだったって言うのか?
「ふざけるな……!」
再び、ドス黒い怒りが腹の底から湧き上がってくる。
公的だろうが私的だろうが、俺たちにとって結果は同じだ。死地に放り出され、死にかけた事実は変わらない。
「発覚したから救助に来たってか? 遅すぎるんだよ! 俺たちはあの地獄で、何十回死にかけたと思ってる!」
俺は立ち上がり、テーブルを叩こうとした。
だが、その手は空中で止まった。
テーブルの下で、俺のもう片方の手が、小さな温かい手に、ぎゅっと握られたからだ。
「……!」
見ると隣に座る雫が、悲しそうな顔で俺を見上げ、小さく首を横に振っていた。
『もう、やめてあげてください』
その瞳が、そう訴えている。
俺は視線をエレオノールに戻した。
彼女は反論もせず、ただ顔面蒼白で、俺の怒りを一身に受け止めていた。その瞳は潤み、今にも泣き出しそうに見える。そして体は震えており、失禁していないのが不思議なくらいのおびえようだ。
……そうだ。
彼女がやったわけじゃない。彼女は王家の不始末を拭うために奔走し、こうして頭を下げているに過ぎない。
俺の怒りをぶつけるべきは、この国というシステムや暴走した王族であって、目の前で必死に職務を全うしようとしている、この一人の騎士ではない。
(……悪いことをしたな)
俺は大きく息を吐き出し、すっと表情から怒りを消した。
そして、ゆっくりとソファに座り直す。
「……すまん。取り乱した。あんたを責めるつもりはなかったんだ」
「い、いえ……当然の・・・お怒りです」
「この話は一旦おこう。過ぎたことを今ここで叫んでも、俺たちの腹の虫は収まらない」
部屋に、気まずい沈黙が落ちる。
俺は、ただ、テーブルの下で握られた、雫の小さな手の温もりだけを感じながら、話題を変えることにした。
「……それより、もう一つ聞きたいことがある」
俺は隣でぼんやりと虚空を見つめている爺さん――アルツハイムを顎でしゃくった。
「門前であんたの部下たちが血相を変えた理由だ。この爺さんが『アルツハイム』と名乗った途端、殺されかけた。あれはどういうことだ?」
俺の問いに、エレオノールは一度固く目を閉じ、深呼吸をしてようやく聖騎士としての落ち着きを取り戻したようだった。
「……ご説明します」
「頼む」
彼女はまるで古い叙事詩を語るかのように、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「かつてこの国は『奈落のダンジョン』から溢れ出す魔物の氾濫(スタンピード)によって、幾度となく滅びの危機に瀕しました。今から約四百年前のことです」
「四百年前……」
「時の王家は、国中から魔法使いや戦士の精鋭を集めました。そのリーダーこそが、当代きっての大賢者、アルツハイム様。彼と選ばれし四十九人の精鋭たちは、ダンジョンを完全に攻略するか、それが無理ならば、未来永劫氾濫が起きぬよう封印すべく、かの地へと向かわれたのです」
彼女の視線が、虚ろな顔で座っているアルツハイムへと向けられる。
その瞳には、畏敬の色が宿っていた。
「しかし、彼らは誰一人として戻らなかった。ダンジョン攻略は失敗したとされました。ですが……封じ込めは成功したのです。それから四百年間、ただの一度も、あそこから魔物が溢れたことはありません」
彼女は胸に手を当て、厳かに告げた。
「四十九名の英霊と、大賢者アルツハイム様は、自らの命と引き換えにこの国を救った『救国の英雄』として、今日まで神聖視され、祀られてきたのです」
なるほど、読めてきた。
つまりこの国において「アルツハイム」という名は、日本で言えば歴史上の偉人か、あるいは神話の英雄レベルの重みを持つ名前なのだ。
それをどこの馬の骨とも知れぬ薄汚い格好をした老人が名乗ったとなれば……。
「お分かりいただけましたか? 門番たちが怒り狂った理由を。彼らからすると、あなた方がしたことは、国民にとって最も神聖な英雄の名を騙り、その死を汚すにも等しい、最大級の冒涜行為だったのです。ましてやアルツハイム様の出身地であり、奈落のダンジョンがある街からすれば尚更なのです」
そりゃあ、槍も飛んでくるわけだ。いや、あれは目の前の聖騎士殿が、戦闘に当突入するのを防いだんだったな。
俺はようやく事の重大さを理解した。
だが、同時に一つの疑問も解消された。
「……なるほどな。だがもしこの爺さんが『本人』だったとしたら?」
「……え?」
エレオノールがキョトンとする。
俺は、淡々と、しかし確信を持って嘘を混ぜた「推測」を語った。
「俺たちがダンジョン最奥で発見した時、この爺さんは死体の山の中で、仮死状態のように眠っていた。おそらく何らかの『時間停止魔法』、あるいは『コールドスリープ』のような状態で、四百年の時を超えたんじゃないか?」
もちろん本当は「リッチへの転生儀式」の途中だったのだろう。
だが、そんなことを言えば「アンデッドだ! 浄化せよ!」となりかねない。
ここは「国を救うために自らを封印し、時を超えた英雄」というシナリオにした方が、俺たちの安全確保にも都合がいい。
「じ、時間停止……!? そのような神の御業のような魔法が……?」
「大賢者なんだろ? それくらいできても不思議じゃない」
俺の言葉に、エレオノールは目を見開き、信じられないものを見る目で、隣にいる好色老人を見つめた。
アルツハイムは、ただ、きょとんとして自分の骨張った手を見つめている。
四百年。
彼にとっては、ほんの数年の修行(転生準備)だったはずの時間。
その間に、彼は故郷を救った伝説の英雄として、神に祭り上げられていたのだ。
なんという皮肉だろうか。
俺は、隣に座る「生ける伝説(俺からしたらただの好色老人)」の肩を、ポンと叩いた。
「おい爺さん。あんた、とんでもない有名人だったみたいだぞ」
俺の魂からの詰問。
その言葉は聖騎士であるエレオノールの、血の気のいい、整った顔から、見る見るうちに色を失わせていった。
彼女は唇を噛み締め、膝の上で握りしめた拳を震わせている。
やがて、彼女は絞り出すように口を開いた。
「……半分は違い、半分は真実です」
「なんだと?」
「国として、あなた方を召喚した事実はありません。我が国の法において、異世界からの召喚は禁忌とされています。ですが……」
彼女は苦渋の表情で、俺を直視した。
「……ある王族の一人が、独断で禁忌を犯し、召喚の儀式を行ったことが、つい先日発覚しました。あなた方は、その被害者である可能性が高い。我々は異世界人を発見次第保護するために、捜索隊を各地へ送り込み、私はその一隊を率いていたのです」
「……は?」
俺は呆気にとられた。
国の方針ですらない? ただの王族の暴走?
じゃあ何か。俺たちが味わったあの二ヶ月の地獄は、誰かの個人的なワガママのとばっちりだったって言うのか?
「ふざけるな……!」
再び、ドス黒い怒りが腹の底から湧き上がってくる。
公的だろうが私的だろうが、俺たちにとって結果は同じだ。死地に放り出され、死にかけた事実は変わらない。
「発覚したから救助に来たってか? 遅すぎるんだよ! 俺たちはあの地獄で、何十回死にかけたと思ってる!」
俺は立ち上がり、テーブルを叩こうとした。
だが、その手は空中で止まった。
テーブルの下で、俺のもう片方の手が、小さな温かい手に、ぎゅっと握られたからだ。
「……!」
見ると隣に座る雫が、悲しそうな顔で俺を見上げ、小さく首を横に振っていた。
『もう、やめてあげてください』
その瞳が、そう訴えている。
俺は視線をエレオノールに戻した。
彼女は反論もせず、ただ顔面蒼白で、俺の怒りを一身に受け止めていた。その瞳は潤み、今にも泣き出しそうに見える。そして体は震えており、失禁していないのが不思議なくらいのおびえようだ。
……そうだ。
彼女がやったわけじゃない。彼女は王家の不始末を拭うために奔走し、こうして頭を下げているに過ぎない。
俺の怒りをぶつけるべきは、この国というシステムや暴走した王族であって、目の前で必死に職務を全うしようとしている、この一人の騎士ではない。
(……悪いことをしたな)
俺は大きく息を吐き出し、すっと表情から怒りを消した。
そして、ゆっくりとソファに座り直す。
「……すまん。取り乱した。あんたを責めるつもりはなかったんだ」
「い、いえ……当然の・・・お怒りです」
「この話は一旦おこう。過ぎたことを今ここで叫んでも、俺たちの腹の虫は収まらない」
部屋に、気まずい沈黙が落ちる。
俺は、ただ、テーブルの下で握られた、雫の小さな手の温もりだけを感じながら、話題を変えることにした。
「……それより、もう一つ聞きたいことがある」
俺は隣でぼんやりと虚空を見つめている爺さん――アルツハイムを顎でしゃくった。
「門前であんたの部下たちが血相を変えた理由だ。この爺さんが『アルツハイム』と名乗った途端、殺されかけた。あれはどういうことだ?」
俺の問いに、エレオノールは一度固く目を閉じ、深呼吸をしてようやく聖騎士としての落ち着きを取り戻したようだった。
「……ご説明します」
「頼む」
彼女はまるで古い叙事詩を語るかのように、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「かつてこの国は『奈落のダンジョン』から溢れ出す魔物の氾濫(スタンピード)によって、幾度となく滅びの危機に瀕しました。今から約四百年前のことです」
「四百年前……」
「時の王家は、国中から魔法使いや戦士の精鋭を集めました。そのリーダーこそが、当代きっての大賢者、アルツハイム様。彼と選ばれし四十九人の精鋭たちは、ダンジョンを完全に攻略するか、それが無理ならば、未来永劫氾濫が起きぬよう封印すべく、かの地へと向かわれたのです」
彼女の視線が、虚ろな顔で座っているアルツハイムへと向けられる。
その瞳には、畏敬の色が宿っていた。
「しかし、彼らは誰一人として戻らなかった。ダンジョン攻略は失敗したとされました。ですが……封じ込めは成功したのです。それから四百年間、ただの一度も、あそこから魔物が溢れたことはありません」
彼女は胸に手を当て、厳かに告げた。
「四十九名の英霊と、大賢者アルツハイム様は、自らの命と引き換えにこの国を救った『救国の英雄』として、今日まで神聖視され、祀られてきたのです」
なるほど、読めてきた。
つまりこの国において「アルツハイム」という名は、日本で言えば歴史上の偉人か、あるいは神話の英雄レベルの重みを持つ名前なのだ。
それをどこの馬の骨とも知れぬ薄汚い格好をした老人が名乗ったとなれば……。
「お分かりいただけましたか? 門番たちが怒り狂った理由を。彼らからすると、あなた方がしたことは、国民にとって最も神聖な英雄の名を騙り、その死を汚すにも等しい、最大級の冒涜行為だったのです。ましてやアルツハイム様の出身地であり、奈落のダンジョンがある街からすれば尚更なのです」
そりゃあ、槍も飛んでくるわけだ。いや、あれは目の前の聖騎士殿が、戦闘に当突入するのを防いだんだったな。
俺はようやく事の重大さを理解した。
だが、同時に一つの疑問も解消された。
「……なるほどな。だがもしこの爺さんが『本人』だったとしたら?」
「……え?」
エレオノールがキョトンとする。
俺は、淡々と、しかし確信を持って嘘を混ぜた「推測」を語った。
「俺たちがダンジョン最奥で発見した時、この爺さんは死体の山の中で、仮死状態のように眠っていた。おそらく何らかの『時間停止魔法』、あるいは『コールドスリープ』のような状態で、四百年の時を超えたんじゃないか?」
もちろん本当は「リッチへの転生儀式」の途中だったのだろう。
だが、そんなことを言えば「アンデッドだ! 浄化せよ!」となりかねない。
ここは「国を救うために自らを封印し、時を超えた英雄」というシナリオにした方が、俺たちの安全確保にも都合がいい。
「じ、時間停止……!? そのような神の御業のような魔法が……?」
「大賢者なんだろ? それくらいできても不思議じゃない」
俺の言葉に、エレオノールは目を見開き、信じられないものを見る目で、隣にいる好色老人を見つめた。
アルツハイムは、ただ、きょとんとして自分の骨張った手を見つめている。
四百年。
彼にとっては、ほんの数年の修行(転生準備)だったはずの時間。
その間に、彼は故郷を救った伝説の英雄として、神に祭り上げられていたのだ。
なんという皮肉だろうか。
俺は、隣に座る「生ける伝説(俺からしたらただの好色老人)」の肩を、ポンと叩いた。
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