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本編
49:夕陽に誓う(1)
しおりを挟む最近は初めて出会った頃より、心を開いてくれていると思っていた。
だから自分も心を開けた。
そこに恋愛的な感情はなくとも、家族としての情は互いに持っていると思っていた。
愛はなくとも、仮面夫婦でも穏やかに互いを思いやり暮らしていけていると思っていた。
それくらいの関係は築けていると思っていた。
(まさか、ここまで信用がないとは思わなかった…)
困惑の表情で自分を見つめるアルフレッドを、シャロンは冷めた目で見下ろす。
自分の言葉が信用出来ない程度にしか関係を築けていなたかったという事実が、シャロンには何より重い。
恋愛関係に疎い彼女は、アルフレッドの嫉妬に気づけずに悪い方へと考えを巡らせてしまう。
そんな後妻の心情を察することができないアルフレッドは、ゆっくりと立ち上がると腕を組み、キョトンとした顔で首を傾げた。
「…えーっと…え?離縁したいの?何故に?」
「別に今すぐ離縁してほしいわけじゃありません。私が子どもを産むという役割を果たしたら離縁してほしいのです」
「え?え?子ども?子どもつくるの?」
「あ、子種は他からもらってくるので安心してください」
「いやいやいや、安心できる要素ひとつもないんだが…」
「確かに私は陛下の命で旦那様の元に嫁いできましたが、子を産めば目的は果たされますから離縁も許してもらえると思いますよ?」
シャロンがアルフレッドの元に嫁がされた理由は彼の子を産むためだ。
目的を果たせば、王命だろうと離縁できるのではないかとシャロンは言う。
会話が成立していそうで全く成立していないのに、アルフレッドは彼女の話をふむふむと聞いていた。
「なるほど、確かにそう言われると…って、そうでなく!そもそもなぜ離縁するという話に!?」
「だって地獄じゃないですか」
「え、地獄なの!?私との結婚は君にとって地獄だったの!?さっき好きだって言ったのに!?」
「どれだけ都合の良い耳してるんですか。好き『かもしれない』です。あなたを好きになるなんて正気の沙汰じゃない」
「ひどい言われようだ!だが否定できない!」
前妻の話ばかりする男を好きになるなんてあり得ない。
セバスチャンに『そのうち嫌われますよ』と言われ続けたせいか、最近アルフレッドはこのままの状態でシャロンに好かれるわけがない事をようやく自覚し始めていたらしい。
「『かもしれない』くらいの感情のうちに離れた方が賢明でしょう?ただ一緒に暮らして情が移っただけ、と言い訳できるわ」
遠い目をしてアルフレッドの背後に見える夕陽を眺めるシャロン。
一方のアルフレッドはというと、手元をいじりながら数秒考えていた。
そして、『意を決して』という言葉で装飾する事が相応しいような表情と口調で彼女に告げる。
「そ、その情が愛情に変わるかもしれないのなら、私は別れたくない。君にはその、そばにいて欲しい」
シャロンが自分に少なからず好意を抱いている事を知って少し浮かれているのだろうか。素晴らしいほどにポジティブだ。
自分の発した言葉が何を意味するのかということに気づいていないアルフレッドを、シャロンは「何を言っているんだコイツは」とでも言いたげな目で見ていた。
「旦那様は私に不毛な片思いを永遠に続けろとおっしゃるのですか?」
普通の恋愛小説ならここで『私も好き』となり、ひしっと抱き合うところなのだろうが、アルフレッドとシャロンの関係ではそうはいかない。
シャロンは彼の言葉に寒気がした。
何故なら彼の発言は『自分はエミリアを愛していて、シャロンを愛せない』と公言しているのに、シャロンには『自分を愛して欲しい』と言っているのとほぼ同義である。
そのことに気づいたアルフレッドは気まずそうに目を逸らせた。
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