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第一章 輪廻の滝で
27:罪深い(4)
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「テオ。俺は罪深い」
「……はあ。そうですか」
まったくもって興味がなさそうに返したテオドールは、メイドが持ってきたワゴンの前でお茶の用意をしていた。ワゴンにはこの屋敷で一番高価なティーセットが二人分用意されているが、もう一つはもちろんの事こと、彼のものではない。
「奥様はランに呼ばれたらしく、一旦部屋に戻るそうです。先にお茶を飲まれますか?」
「いや、待つ……」
「かしこまりました」
「……」
「……」
「おい」
「はい、何でしょう」
「何でしょう、じゃなくて。聞けよ」
「何をですか?」
「アイシャと何があったのか、とか!何で泣いたのか、とか!気にならないのか!?」
涙が引いたイアンは赤くなった目を擦りながら叫んだ。
「めんどくさ……」
『気にならないのか』はつまり、『聞いて欲しい』と言う意味。察してちゃんな男はモテないのだぞと言ってやりたいが、既にモテないので意味はない。テオドールは大きく深呼吸すると、腕を組み、楽な体勢をとった。
「奥様に振られましたか?」
「違う!」
「では十数年前に無責任な事を言った男が自分だとバレましたか?」
「やっぱりお前は俺のことを無責任だと思っていたのか!?」
「その話を聞いた当初はそんなこと思っていませんでしたが、さすがにブランチェット家での奥様のお立場を知るとそうだと思わざるを得ませんよ。もしや、今それに気付いたのですか?」
「そうだよ!悪いか!」
「別に悪いなんて言ってませんし、そもそもそんなに責任を感じることでもないかと?」
テオドールは小首を傾げた。
確かにイアンの発言は無責任だったかもしれないが、初対面の少女がどのような家庭で生きてきたかなど、少し話しただけで理解できる奴は少ない。まして当時12歳の、それも今まさに死のうとしているほどに追い詰められていた彼が、他人のことを気遣えなくとも誰も文句を言わないだろう。
「発言自体は無責任でしたが、だからといって旦那様が責められる謂れはないのでは?僕が話すのはタイミングを見てからと言ったのは、何の関係性も構築できていない状態で枷となる言葉を送った男が貴方だと知れると、それから先の夫婦関係がギクシャクすると思ったからですよ」
この状況の解決策として一番理想的なのは、暫くの間、気づいていないふりをしつつ様子を見て、自然な流れでアイシャの方から『過去に会っていたのだ』と気づいてもらうことだ。そうすることで、イアンが思い描いていた求めていた感動的な再会もできるかもしれない。
打算的でずるいかもしれないが、主人第一のテオドールらしい発言だ。
しかしイアンは彼の提案に納得できていないようだった。
「それは、あまり良くないのではないか?」
「そうですか?」
「こういうことは早く伝えるべきだろう。俺の発言が彼女を苦しめたのは事実なのだし、謝らないと。それになるべくアイシャに嘘はつきたくない」
「嘘ではありません。知っていることを言わないだけですよ」
「……しかし、知っていることを黙っているのだって、よくないだろう?不誠実だ」
「情報を与えないことで得られる平穏もあります。全て話すのが正解というわけではないです」
「だが……、俺はほら、そういう誤魔化したりするのは得意ではないし……」
「フッ。そうでしたか?」
イアンがあまりにも純真無垢な人間であるかのように振る舞うものだから、テオドールは思わず苦笑してしまった。
何を今更、と。
人智を超えた力を持つ相手との戦場で、ただ愚直に正面から敵を薙ぎ倒すだけで生き延びられるはずがない。だからイアンは仲間を囮に使うことも、敵の内通者を騙し、欺きながら手のひらの上で転がし、情報を吸い取ってから屠るなんてこともやってきた。
もちろんそれが悪いわけではない。生き残るためには必要なことだった。だが、その過去は本当に純真無垢だったイアンを変えたはずだ。
「旦那様は普段は頼りなくて残念な人ですが、だからといって奥様一人を欺けないほど愚かな人でもありません」
そんな男が嘘をつけないだの、誠実でいたいだのとほざくものだから、テオドールは可笑しくてしかたがない。嘲りとも取れる弧を描いた目でジッと見つめられたイアンはたまらず目を逸らせた。
「責めているのか?」
「事実を申し上げただけです」
「そうか……」
「まあいずれにせよ、過去のことを伝えたいのだとしても、それは今ではないかと。早く打ち明けて、心のモヤモヤを解消したいという旦那様の気持ちはわかりますが」
「別にそんなこと思ってない」
「それは嘘でしょ。黙ってるのが心苦しいという感情がなければ、マイナスにしかならない情報を奥様に伝えたいなどと思わないはずです」
「……辛辣だな」
「おや?図星でしたか?」
「うるさい」
「はいはい。とにかく、どうしても打ち明けたいと言うのなら止めませんが、お勧めはしませんよ」
呆れたような口調でそう言い放ったテオドールは、むくれるイアンに大きなため息をこぼした。
頑固でしつこくて面倒臭い男だ、本当に。
「はあ……。どうせ死ぬまで一緒にいるのです。ベストなタイミングなんてそのうちやってきますよ」
「死ぬまで一緒……」
「旦那様が余程のことをやらかなさい限りはそうでしょう?この婚姻は皇帝陛下の好意という名の命令でもあるのですから、そう簡単に離婚はできません」
「死ぬまで、一緒……。そっか、そうだよな。ずっと一緒なのか……」
二人が死を別つまで。ふと、結婚の誓いの文言が頭に浮かんだイアンは頬を緩めた。
「チョロいな、こいつ」
テオドールは無意識に口から漏れ出た言葉を誤魔化すため、咳払いをした。
男とは単純な生き物であるなど言うが、ここまで単純な男も珍しい。
「……はあ。そうですか」
まったくもって興味がなさそうに返したテオドールは、メイドが持ってきたワゴンの前でお茶の用意をしていた。ワゴンにはこの屋敷で一番高価なティーセットが二人分用意されているが、もう一つはもちろんの事こと、彼のものではない。
「奥様はランに呼ばれたらしく、一旦部屋に戻るそうです。先にお茶を飲まれますか?」
「いや、待つ……」
「かしこまりました」
「……」
「……」
「おい」
「はい、何でしょう」
「何でしょう、じゃなくて。聞けよ」
「何をですか?」
「アイシャと何があったのか、とか!何で泣いたのか、とか!気にならないのか!?」
涙が引いたイアンは赤くなった目を擦りながら叫んだ。
「めんどくさ……」
『気にならないのか』はつまり、『聞いて欲しい』と言う意味。察してちゃんな男はモテないのだぞと言ってやりたいが、既にモテないので意味はない。テオドールは大きく深呼吸すると、腕を組み、楽な体勢をとった。
「奥様に振られましたか?」
「違う!」
「では十数年前に無責任な事を言った男が自分だとバレましたか?」
「やっぱりお前は俺のことを無責任だと思っていたのか!?」
「その話を聞いた当初はそんなこと思っていませんでしたが、さすがにブランチェット家での奥様のお立場を知るとそうだと思わざるを得ませんよ。もしや、今それに気付いたのですか?」
「そうだよ!悪いか!」
「別に悪いなんて言ってませんし、そもそもそんなに責任を感じることでもないかと?」
テオドールは小首を傾げた。
確かにイアンの発言は無責任だったかもしれないが、初対面の少女がどのような家庭で生きてきたかなど、少し話しただけで理解できる奴は少ない。まして当時12歳の、それも今まさに死のうとしているほどに追い詰められていた彼が、他人のことを気遣えなくとも誰も文句を言わないだろう。
「発言自体は無責任でしたが、だからといって旦那様が責められる謂れはないのでは?僕が話すのはタイミングを見てからと言ったのは、何の関係性も構築できていない状態で枷となる言葉を送った男が貴方だと知れると、それから先の夫婦関係がギクシャクすると思ったからですよ」
この状況の解決策として一番理想的なのは、暫くの間、気づいていないふりをしつつ様子を見て、自然な流れでアイシャの方から『過去に会っていたのだ』と気づいてもらうことだ。そうすることで、イアンが思い描いていた求めていた感動的な再会もできるかもしれない。
打算的でずるいかもしれないが、主人第一のテオドールらしい発言だ。
しかしイアンは彼の提案に納得できていないようだった。
「それは、あまり良くないのではないか?」
「そうですか?」
「こういうことは早く伝えるべきだろう。俺の発言が彼女を苦しめたのは事実なのだし、謝らないと。それになるべくアイシャに嘘はつきたくない」
「嘘ではありません。知っていることを言わないだけですよ」
「……しかし、知っていることを黙っているのだって、よくないだろう?不誠実だ」
「情報を与えないことで得られる平穏もあります。全て話すのが正解というわけではないです」
「だが……、俺はほら、そういう誤魔化したりするのは得意ではないし……」
「フッ。そうでしたか?」
イアンがあまりにも純真無垢な人間であるかのように振る舞うものだから、テオドールは思わず苦笑してしまった。
何を今更、と。
人智を超えた力を持つ相手との戦場で、ただ愚直に正面から敵を薙ぎ倒すだけで生き延びられるはずがない。だからイアンは仲間を囮に使うことも、敵の内通者を騙し、欺きながら手のひらの上で転がし、情報を吸い取ってから屠るなんてこともやってきた。
もちろんそれが悪いわけではない。生き残るためには必要なことだった。だが、その過去は本当に純真無垢だったイアンを変えたはずだ。
「旦那様は普段は頼りなくて残念な人ですが、だからといって奥様一人を欺けないほど愚かな人でもありません」
そんな男が嘘をつけないだの、誠実でいたいだのとほざくものだから、テオドールは可笑しくてしかたがない。嘲りとも取れる弧を描いた目でジッと見つめられたイアンはたまらず目を逸らせた。
「責めているのか?」
「事実を申し上げただけです」
「そうか……」
「まあいずれにせよ、過去のことを伝えたいのだとしても、それは今ではないかと。早く打ち明けて、心のモヤモヤを解消したいという旦那様の気持ちはわかりますが」
「別にそんなこと思ってない」
「それは嘘でしょ。黙ってるのが心苦しいという感情がなければ、マイナスにしかならない情報を奥様に伝えたいなどと思わないはずです」
「……辛辣だな」
「おや?図星でしたか?」
「うるさい」
「はいはい。とにかく、どうしても打ち明けたいと言うのなら止めませんが、お勧めはしませんよ」
呆れたような口調でそう言い放ったテオドールは、むくれるイアンに大きなため息をこぼした。
頑固でしつこくて面倒臭い男だ、本当に。
「はあ……。どうせ死ぬまで一緒にいるのです。ベストなタイミングなんてそのうちやってきますよ」
「死ぬまで一緒……」
「旦那様が余程のことをやらかなさい限りはそうでしょう?この婚姻は皇帝陛下の好意という名の命令でもあるのですから、そう簡単に離婚はできません」
「死ぬまで、一緒……。そっか、そうだよな。ずっと一緒なのか……」
二人が死を別つまで。ふと、結婚の誓いの文言が頭に浮かんだイアンは頬を緩めた。
「チョロいな、こいつ」
テオドールは無意識に口から漏れ出た言葉を誤魔化すため、咳払いをした。
男とは単純な生き物であるなど言うが、ここまで単純な男も珍しい。
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