【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々

文字の大きさ
130 / 149
番外編 ビターチョコレート

3:夜這い疑惑

しおりを挟む
 アッシュフォードの独身の騎士たちは、屋敷の敷地外にある騎士団の隊舎で生活している。
 だが、同じ騎士と言っても流石に女性をむさ苦しい男たちの中に置いておくわけにもいかないので、リズベットら数名の独身の女性騎士は屋敷内にある使用人棟に住んでいる。
 つまり当然、ランとリズベットの部屋は同じ建物の中にあるわけで。
  
 まだ日も昇らない午前4時。
 ニックの仕事を手伝うため、ニーナと一緒に早起きしたランは、リズベットの部屋から出てきた私服のテオドールと遭遇した。
 テオドールはまるで浮気現場を見られたクズ男みたいに、顔を真っ青にして何かを言おうと口をパクパクさせている。
 しかし、上手い言い訳が見つからないのだろう。声が出ていない。
 
 ランはそんな彼に向かってチッと舌を鳴らした。

 正直に言おう。早起きは昔から苦手だ。
 だから今のランは機嫌が悪い。

「夜這いですか?執事長ともあろうお方が、堂々と……」
「ち、ちが……」
「最っっ低」

 ランは南部にいた頃、キッチンでよく見かけた動きの気持ち悪い黒い害虫を見るような目をテオドールに向けた。
 すると、後ろからコツンと頭を小突かれる。
 ランが頭頂部を押さえて振り返ると、ニーナが呆れたように笑っていた。
 彼女のそのふくよかな体型と、クセの強い髪を前髪まで全て後ろで纏めている姿は実家の母に重なる。

「こーら、ラン。上司に向かって生ゴミを見るような視線を送らないの」
「生ゴミではありません。害虫です」
「尚のこと悪いわ」
「痛っ!」

 もう一度小突かれた。今度は容赦がない。

「別にあなたが考えているようなことじゃないから。多分、知らないけど」

 屋敷内で巻き起こる複雑な三角関係を何となく察しているニーナは頭を抑えるランの手ごと、豪快に撫で回す。
 年齢的にも彼女の身長はもう伸びないだろう。
 精一杯背伸びをして強がる姿が少し哀れに思えたニーナは、テオドールの方を見やり、そこそこに冷めた視線を送った。
 南から遥々こんな僻地までやってきて、まず惚れたのがよりによってこんな男とは。ランも気の毒だ。

「テオ様も、見られた以上はちゃんと話しておくべきかと思いますが?」
「そ、それは……」
「まあ、誤解されたままで良いのなら私はそれでも構いませんよ」
「……ニーナはわかってくれると思っていました」
「結局、私は何も聞かされておりませんもの。一応、雰囲気で何となくの事情を察しているつもりでおりましたが、最近はただ単にテオ様がフラフラフラフラしておられるだけではないのかと勘繰っております」
「別に。フラフラしてませんよ」
「そうですか。ではランは連れて行きますね。失礼いたします」

 ニーナはにっこりと微笑み、ランの手を引いてテオドールの横を通り過ぎる。
 テオドールは少し迷った末に、通り過ぎるランの手を掴んだ。

「……ラン。少し、話せませんか?」
「嫌です。お仕事がありますので」
「時間は取らせません」
「ラン、ニックには私から言っておくわ」
「……わかりました」

 ランはニーナの手を離し、彼女を見送った。
 そしてニーナの姿が見えなくなったところでランはテオドールの手を思い切り振り払い、彼の手が触れた部分をお仕着せのエプロンでゴシゴシと拭いた。心底不快そうに。
 これには流石のテオドールも少しムッとした。

「……そこまで嫌がらなくとも良いでしょうに」
「何なんですか?手短にお願いします」
「いや、その……」
「……場所、変えます?」
「そう、ですね」

 言葉を詰まらせるテオドールに、リズベットの部屋の前では話しにくいことなのだろうと察したランは場所を移動することを提案した。
 本当に、この男は世話が焼ける。

「ニックさんのとこ、行きます?」
「いや……」
「じゃあ、私の部屋来ます?」
「流石にそれはちょっと……」
「じゃあ、厨房横の休憩室?」
「………僕の部屋でもいいですか?」
「別にいいですけど」

 ランの部屋はダメで自分の部屋なら良い理由はなんなのだろう。
 ランは首を傾げながらも、執事長クラスの部屋がどんなものなのか少し気になるので、とりあえずテオドールの後をついていくことにした。


しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

処理中です...