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76:最終話
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その後、リリアンには聖女の称号を与えられ、イライザと彼に与した者たちは聖女の名の下に処刑された。
皇帝は病に伏して退位。代わりに即位した第一皇子ヨハネスは、今回の一件の裏で糸を引いていた公国を打ち破ったと声高らかに勝利を宣言した。そして被害に遭った人々への補償と共に、浮浪者の支援に力を入れることを民に誓った。
民の皇室への不満は高まる一方だが、きっと新皇帝ヨハネスがうまく収めるだろう。
そのための施作として聖女リリアンは、第二皇子ジェレミーを護衛に従えて、帝国各地を巡る旅に出た。
民の声を聞くためだ。
小さな不安も見逃さないように、二人は長い時間をかけて各地を回るらしい。
「まあ、ただの婚前旅行ですけどね」
キースは今夜からしばらく泊まる予定のリンドバーグ男爵家の客室で、荷解きをしながらため息をこぼした。
この旅の真の目的は、国民にリリアンとジェレミーの結婚を認めさせること。
これは、今まで魔獣討伐くらいしか目立った活躍がなかった疑惑の皇子様が、聖女を娶るためには民意を味方につける必要があると考えたヨハネスからの提案だ。
「陛下は怖くないのかな。民意と聖女を味方につけた弟が自分に反旗を翻す可能性だってゼロではないだろうに」
信頼しているのか、それとも侮っているのか。
いずれにせよ、自分ならこんな提案はしないだろうとキースは思う。
「声に出ていますわよ、クライン卿」
独り言をこぼすキースに、同じく荷解きをしていたオリビアは呆れたように目を細めた。
「罪人の子を侍女にするあたり、流石ハイネ嬢って感じだ」
「だから声に出てますってば!」
オリビアは膨れっ面で、持っていたタオルをキースに投げつけた。
グレイス家はリリアンの進言により、お家取り潰しの後、ルウェリンのみが処刑となった。
家族はそれぞれ、今は名を変えて平民として静かに暮らしている。
ただ、名を変えたとしても所詮は罪人の子だ。苦労することも多いだろう。特に女であるオリビアは優秀だった兄たちとは違い、実績を持たない。花嫁修行しかしてこなかった彼女は職に就くことすら難しい。
リリアンはそんな彼女を憂い、周囲の反対を押し切って侍女として雇うことにしたのだ。
(……元気そうで良かった)
特に落ち込んだ様子もないオリビアに、キースは安堵したように微笑んだ。
「何ですの?その笑みは」
「いえ。ただ、華やかなドレスより質素なワンピースの方がよくお似合いだなと思いまして」
「それ、褒めているつもりですか?」
「ええ、もちろんです」
「……そうですか」
オリビアは残念なモノを見るような目をキースに向けた。主人が主人なら、従者も従者だ。
「そういえば殿下たちはどちらに?」
「さっき捕まえた野盗を地元の自警団に引き渡したあと、街の散策に出かけられましたわ」
「……野盗か」
この街に着く前の道中で自分たちを襲ってきた愚かな賊を思い出し、哀れみの表情を浮かべた。
「襲う相手は選ばねばなりませんね」
「どうして賊の方に同情するのですか」
「だって、あまりにも可哀想なほどにボコボコにされていたから……」
「悪いことをしているのだから、当然のことですわ」
「まあ、そうなんですけど……。それにしても、こんな低コストな旅もないよなぁ」
聖女と皇子がいるのに、護衛一人に侍女一人とは。
自分の身は自分で守れる貴人は金がかからなくていい。
「お前がいなければ、もっとコストは抑えられるぞ?」
「ひっ!?」
背後から聞こえた声に、キースは悲鳴をあげた。
振り返るとそこには何故か血濡れの主人が立っていた。
「…………ジェレミー殿下。何故そんなに汚れているのですか」
この臭い。どう考えても獣の血だ。
キースは彼の後ろからひょっこりと顔を出したリリアンを見上げた。
すると彼女もまた、同じように血を浴びていた。
オリビアは怯えたように、キースの後ろに隠れる。
「お、お帰りなさいませ。リリアンさま……」
「何があったのですか?」
「大したことじゃないんだけど、熊が夜な夜な畑を荒らすと相談を受けてね。狩ってきたの」
「狩っ…………」
「ごめんなさい、オリビア。湯浴みをしたいのだけど、用意をお願いしても良いかしら」
「は、はい!すぐにご用意いたしますわ!」
血に慣れていないオリビアは逃げるように、部屋を飛び出した。
リリアンは彼女の姿が見えなくなったことを確認し、ゆっくりと扉を閉める。
そしてドアに背を預け、ジェレミーに視線を送った。
キースは二人の目線のやり取りで大体を察し、すぐに姿勢を正す。
「緊急事態ですか?」
「いや、大したことじゃないからそんなに構なくてもいい」
「先ほど男爵と離していたのだけれど、実は領地の奥の森にね、明らかに普通の獣とは違う生き物がいるそうなの。数はまだ少ないのだけれど、中央に報告するか迷ってるらしくて」
「魔獣、ですか?」
「わからない。ただ早いうちに一度確認に行こうと思う」
「だからね、クライン卿。悪いんだけど、オリビアの護衛を頼めるかしら?あの子を一人でここに置いておくのは不安なのよ」
「今夜、晩餐の後に出かけるつもりだから、オリビア嬢には上手く説明しておいてくれ」
「…………はい」
リリアンは申し訳なさそうに手を合わせる。
キースはなんとも言えない表情を二人に向けた。
だが、ここで「僕はお二人の護衛として着いてきたのですが?」なんて言っても「必要ない」と返されるのがオチなので、言わない。
主人に従順な男、キース・クラインは静かに「仰せのままに」と返事をした。
その夜、キースの主人ジェレミーとその婚約者リリアン・ハイネは、二人仲良く馬に飛び乗り、怪しげな森へと駆けて行った。
「デートだとか思ってるんだろうなぁ、ジェレミー殿下」
月明かりに照らされた、妖しげな夜。
遠くなる二人の背中を眺めながら、キースは呆れたように肩をすくめた。
(完)
皇帝は病に伏して退位。代わりに即位した第一皇子ヨハネスは、今回の一件の裏で糸を引いていた公国を打ち破ったと声高らかに勝利を宣言した。そして被害に遭った人々への補償と共に、浮浪者の支援に力を入れることを民に誓った。
民の皇室への不満は高まる一方だが、きっと新皇帝ヨハネスがうまく収めるだろう。
そのための施作として聖女リリアンは、第二皇子ジェレミーを護衛に従えて、帝国各地を巡る旅に出た。
民の声を聞くためだ。
小さな不安も見逃さないように、二人は長い時間をかけて各地を回るらしい。
「まあ、ただの婚前旅行ですけどね」
キースは今夜からしばらく泊まる予定のリンドバーグ男爵家の客室で、荷解きをしながらため息をこぼした。
この旅の真の目的は、国民にリリアンとジェレミーの結婚を認めさせること。
これは、今まで魔獣討伐くらいしか目立った活躍がなかった疑惑の皇子様が、聖女を娶るためには民意を味方につける必要があると考えたヨハネスからの提案だ。
「陛下は怖くないのかな。民意と聖女を味方につけた弟が自分に反旗を翻す可能性だってゼロではないだろうに」
信頼しているのか、それとも侮っているのか。
いずれにせよ、自分ならこんな提案はしないだろうとキースは思う。
「声に出ていますわよ、クライン卿」
独り言をこぼすキースに、同じく荷解きをしていたオリビアは呆れたように目を細めた。
「罪人の子を侍女にするあたり、流石ハイネ嬢って感じだ」
「だから声に出てますってば!」
オリビアは膨れっ面で、持っていたタオルをキースに投げつけた。
グレイス家はリリアンの進言により、お家取り潰しの後、ルウェリンのみが処刑となった。
家族はそれぞれ、今は名を変えて平民として静かに暮らしている。
ただ、名を変えたとしても所詮は罪人の子だ。苦労することも多いだろう。特に女であるオリビアは優秀だった兄たちとは違い、実績を持たない。花嫁修行しかしてこなかった彼女は職に就くことすら難しい。
リリアンはそんな彼女を憂い、周囲の反対を押し切って侍女として雇うことにしたのだ。
(……元気そうで良かった)
特に落ち込んだ様子もないオリビアに、キースは安堵したように微笑んだ。
「何ですの?その笑みは」
「いえ。ただ、華やかなドレスより質素なワンピースの方がよくお似合いだなと思いまして」
「それ、褒めているつもりですか?」
「ええ、もちろんです」
「……そうですか」
オリビアは残念なモノを見るような目をキースに向けた。主人が主人なら、従者も従者だ。
「そういえば殿下たちはどちらに?」
「さっき捕まえた野盗を地元の自警団に引き渡したあと、街の散策に出かけられましたわ」
「……野盗か」
この街に着く前の道中で自分たちを襲ってきた愚かな賊を思い出し、哀れみの表情を浮かべた。
「襲う相手は選ばねばなりませんね」
「どうして賊の方に同情するのですか」
「だって、あまりにも可哀想なほどにボコボコにされていたから……」
「悪いことをしているのだから、当然のことですわ」
「まあ、そうなんですけど……。それにしても、こんな低コストな旅もないよなぁ」
聖女と皇子がいるのに、護衛一人に侍女一人とは。
自分の身は自分で守れる貴人は金がかからなくていい。
「お前がいなければ、もっとコストは抑えられるぞ?」
「ひっ!?」
背後から聞こえた声に、キースは悲鳴をあげた。
振り返るとそこには何故か血濡れの主人が立っていた。
「…………ジェレミー殿下。何故そんなに汚れているのですか」
この臭い。どう考えても獣の血だ。
キースは彼の後ろからひょっこりと顔を出したリリアンを見上げた。
すると彼女もまた、同じように血を浴びていた。
オリビアは怯えたように、キースの後ろに隠れる。
「お、お帰りなさいませ。リリアンさま……」
「何があったのですか?」
「大したことじゃないんだけど、熊が夜な夜な畑を荒らすと相談を受けてね。狩ってきたの」
「狩っ…………」
「ごめんなさい、オリビア。湯浴みをしたいのだけど、用意をお願いしても良いかしら」
「は、はい!すぐにご用意いたしますわ!」
血に慣れていないオリビアは逃げるように、部屋を飛び出した。
リリアンは彼女の姿が見えなくなったことを確認し、ゆっくりと扉を閉める。
そしてドアに背を預け、ジェレミーに視線を送った。
キースは二人の目線のやり取りで大体を察し、すぐに姿勢を正す。
「緊急事態ですか?」
「いや、大したことじゃないからそんなに構なくてもいい」
「先ほど男爵と離していたのだけれど、実は領地の奥の森にね、明らかに普通の獣とは違う生き物がいるそうなの。数はまだ少ないのだけれど、中央に報告するか迷ってるらしくて」
「魔獣、ですか?」
「わからない。ただ早いうちに一度確認に行こうと思う」
「だからね、クライン卿。悪いんだけど、オリビアの護衛を頼めるかしら?あの子を一人でここに置いておくのは不安なのよ」
「今夜、晩餐の後に出かけるつもりだから、オリビア嬢には上手く説明しておいてくれ」
「…………はい」
リリアンは申し訳なさそうに手を合わせる。
キースはなんとも言えない表情を二人に向けた。
だが、ここで「僕はお二人の護衛として着いてきたのですが?」なんて言っても「必要ない」と返されるのがオチなので、言わない。
主人に従順な男、キース・クラインは静かに「仰せのままに」と返事をした。
その夜、キースの主人ジェレミーとその婚約者リリアン・ハイネは、二人仲良く馬に飛び乗り、怪しげな森へと駆けて行った。
「デートだとか思ってるんだろうなぁ、ジェレミー殿下」
月明かりに照らされた、妖しげな夜。
遠くなる二人の背中を眺めながら、キースは呆れたように肩をすくめた。
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