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15.御前会議は謀る
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「シャイロとザイディーの婚儀があと二年に迫ったことがヤツらを焦らせたのだろうな」
思案顔のジウンが言う。
「父上が早々に隠居したいと、内々に言ったのが漏れたことも一因だろうな」
ダイルがため息をつく。
「若輩に痛い腹を探られるとでも思ったのでしょうね」
こめかみに指を当てたザイディーが呟く。
「小娘の財政引き締めもおもしろくなかったのでしょう」
目を伏せてわたくしが漏らすと三人がガバっと身を起こした。
「だが、あの事案に国費を出せと言う方がおかしいだろう!?」
ジウンの声にダイルもザイディーも頷く。
あの事案とは、昨年の秋にオランジュ男爵が、自分の長男とイース帝国の皇女との婚姻を求めた件だ。
アンリ・オランジュは十五年前の皇位争奪の内乱の折、我が国に援助を要請され派遣した軍の大隊長で、功を立てたてたことで一代男爵位を与えられた。彼一代で貴族籍から抜けるため、貴族と婚姻関係を結ぼうと躍起になっていた。イース帝国に名を知られているためイース帝国とならば婚姻できるだろうと、浅はかにも考えたが、肝心の相手との算段がつかずエルダン王家にその伝手と便宜を図ってくれるよう求めてきた。
王家が一代男爵家の婚姻に尽力することも、それを国の仕事とすることも、更にはその経費を負担することも、オランジュ男爵はなんらおかしいことではないと思ったらしい。
イース帝国の皇女を欲したことも元はアンリ・オランジュの考えではなく、女王反対派が吹き込んだことだ。
アンリ・オランジュは男爵位を与えられたことで舞い上がっていたし、元は一兵士だったために貴族の常識が足りていなかった。
十五年前の功績を男爵位に叙して小さな領地を与えたことで労った。これ以上の優遇はないというのに、十五年間さらに優遇されることを求められて辟易していたのだ。
要求を撥ねつけたことを恨んでおり、そこを女王反対派につけこまれたのだ。
いや、そもそも彼が身の程を弁えない縁談を望んだこと自体、女王反対派の誰かに唆されたのだ。王家に素気無く断られて恨みを抱くまでが反対派の目論見なのだ。
根が単純なオランジュ男爵は、表立ってわたくしの王位継承を反対する者達の代表に祭り上げられてしまった。
そこまではこちらでも予想していた。
オランジュ男爵が叙爵された当時、貴族としての教育と領地運営のために文官が派遣され、そのまま二人が男爵家のお抱えになった。王都の家の執事と領地の家令として。
彼らは表向きはオランジュ男爵家の使用人だが、王家の送った間諜でもある。彼らの報告でそこまではわかっていた。
オランジュ男爵の動きから反対派を炙り出して一掃してしまいたかったのだが…
しかしオランジュ男爵は女王反対活動を「密かに」しているつもりだったようだが、逆に悪目立ちしていた。そして全ての失策を負わされている。
それが女王反対派の隠れ蓑になってしまったため、本当の頭目や構成員を調べ上げるのは難航している。
次に、女王反対派がここ数年盛り上がってしまったのは、財政引き締めに大きな原因がある。
表立っては「倹約姫」ことわたくしが主導しているが、事の発端はイース帝国の皇位争奪の騒ぎと、それによって荒らされたアーシェント王国の西南部が荒地になってしまったことなのだ。
その地の住民は生活の地を失ったが、元々国力の弱いアーシェント王国ではどうすることもできず、流民となってしまった。イース帝国でも他国の流民の受け入れをできかね、エルダン王国で引き受けることとなったのだ。
そもそもアンリ・オランジュが立てて実行した力技が原因なのに。
無理に行軍を推し進めたために、反乱軍はやけを起こして国境で禁忌の魔術を使い、そこが荒地になったのだ。
その後始末にはわたくしが成人後に、癒しの祈りを捧げることが決まっていた。
復活した暁には、流民達の帰還希望者を戻すことになっている。
そして女王反対派が神殿を焚きつけた。
二十年前に神殿は醜聞で処分されている。
前の神官長が女色に耽り、勝手にお布施を求め欲しいままにしていたことが、デニアウムの告発で発覚した。
エルダン王国では三代続けて女性王族に恵まれず、国王が統治していた。
前神官長を断罪した三年後に国王の下に三代ぶりに娘が生まれたことで、処分は正当と見なされたと思った者が多かったが、例外もまたいた。
わたくしが生まれてすぐ王妃アイリアが産褥で亡くなったことを論って、その例外の貴族達による女王反対派が決起した。
表立って音頭をとった、ガイリン伯爵とシーニア男爵は処分された。
もっと大物も関わっていたはずだが、それ以上辿ることはできなかった。
逃れた者達の燻りが今回の事件を引き起こしたのだ。
七人もの稀人の召喚。
この大問題の裏に重大な叛意がある。
エルダン王国の王位継承権が女性優位である最大の理由は、王家の内部分裂を防ぐためだ。
王女が王位継承権の程々に近い貴族を王配に就かせ、王家の血統や王位継承権をあまり遠くに散らばせないこと。なぜなら王家はテミル女神の恩恵を受ける娘、つまりいざと言う時に重要になる聖女が出る確率が高いからだ。
そして男性王族は王配と並んで国の重職に就き女王を補佐する。
これは兄弟間での王位をめぐる争いを避けるためだ。
女王という大きな宝玉を支える剣や盾は多いほどいい。
宝玉が落ちても控えが多くいる状態は荒れにくい。
また分担により専制や独裁を防ぐ。
これは神殿への影響も強く、王家に最も神に近い者がいることで神殿が腐敗することを防ぐことにもなる。
王家と神殿の争いを防ぎ、絆を保つ。
そして今回のような場合、王家が判断し裁断できる力を保つ。
おそらくかなり高い確率で、これらの首謀者と構成員は同じ者達だ。
今般の神殿の勝手な行動の裏には、このようなエルダン王国の有り様に不満を持つ者、またはこの仕組みを壊したい者が必ずいる。
言葉巧みに神官長や神官を唆したのだ。
「この国のため」と甘い言葉で。
デニアウムは最後まで蚊帳の外に置かれ、知った時には手遅れだったのだろう。だから自らの命を捧げたのだ。
御前会議で皆が一致した稀人の今後は以下だ。
聖女として召喚された稀人の存在は、出来得る限り秘匿。
おそらく、いや必ず稀人の召喚は女王反対派には知れ渡っている。
その目的は王家に忠誠を誓う貴族たちを引っ掻き回し、なんらかの騒乱に乗じて女王即位を阻むことだ。
だから、あくまで聖女も稀人もいないことにしなくてはならない。
聖女としての資質のある者はいないし、遅くても三年後には実際にいなくなるのだから、三年間守ればいい。
そして絶対にあってはならないことは、稀人の娘達の勝手な行動だ。
北奥の離宮から決して出してはならない。
ただ、ランだけは様子を見て、出来ることならば最善のことをしたい。
思案顔のジウンが言う。
「父上が早々に隠居したいと、内々に言ったのが漏れたことも一因だろうな」
ダイルがため息をつく。
「若輩に痛い腹を探られるとでも思ったのでしょうね」
こめかみに指を当てたザイディーが呟く。
「小娘の財政引き締めもおもしろくなかったのでしょう」
目を伏せてわたくしが漏らすと三人がガバっと身を起こした。
「だが、あの事案に国費を出せと言う方がおかしいだろう!?」
ジウンの声にダイルもザイディーも頷く。
あの事案とは、昨年の秋にオランジュ男爵が、自分の長男とイース帝国の皇女との婚姻を求めた件だ。
アンリ・オランジュは十五年前の皇位争奪の内乱の折、我が国に援助を要請され派遣した軍の大隊長で、功を立てたてたことで一代男爵位を与えられた。彼一代で貴族籍から抜けるため、貴族と婚姻関係を結ぼうと躍起になっていた。イース帝国に名を知られているためイース帝国とならば婚姻できるだろうと、浅はかにも考えたが、肝心の相手との算段がつかずエルダン王家にその伝手と便宜を図ってくれるよう求めてきた。
王家が一代男爵家の婚姻に尽力することも、それを国の仕事とすることも、更にはその経費を負担することも、オランジュ男爵はなんらおかしいことではないと思ったらしい。
イース帝国の皇女を欲したことも元はアンリ・オランジュの考えではなく、女王反対派が吹き込んだことだ。
アンリ・オランジュは男爵位を与えられたことで舞い上がっていたし、元は一兵士だったために貴族の常識が足りていなかった。
十五年前の功績を男爵位に叙して小さな領地を与えたことで労った。これ以上の優遇はないというのに、十五年間さらに優遇されることを求められて辟易していたのだ。
要求を撥ねつけたことを恨んでおり、そこを女王反対派につけこまれたのだ。
いや、そもそも彼が身の程を弁えない縁談を望んだこと自体、女王反対派の誰かに唆されたのだ。王家に素気無く断られて恨みを抱くまでが反対派の目論見なのだ。
根が単純なオランジュ男爵は、表立ってわたくしの王位継承を反対する者達の代表に祭り上げられてしまった。
そこまではこちらでも予想していた。
オランジュ男爵が叙爵された当時、貴族としての教育と領地運営のために文官が派遣され、そのまま二人が男爵家のお抱えになった。王都の家の執事と領地の家令として。
彼らは表向きはオランジュ男爵家の使用人だが、王家の送った間諜でもある。彼らの報告でそこまではわかっていた。
オランジュ男爵の動きから反対派を炙り出して一掃してしまいたかったのだが…
しかしオランジュ男爵は女王反対活動を「密かに」しているつもりだったようだが、逆に悪目立ちしていた。そして全ての失策を負わされている。
それが女王反対派の隠れ蓑になってしまったため、本当の頭目や構成員を調べ上げるのは難航している。
次に、女王反対派がここ数年盛り上がってしまったのは、財政引き締めに大きな原因がある。
表立っては「倹約姫」ことわたくしが主導しているが、事の発端はイース帝国の皇位争奪の騒ぎと、それによって荒らされたアーシェント王国の西南部が荒地になってしまったことなのだ。
その地の住民は生活の地を失ったが、元々国力の弱いアーシェント王国ではどうすることもできず、流民となってしまった。イース帝国でも他国の流民の受け入れをできかね、エルダン王国で引き受けることとなったのだ。
そもそもアンリ・オランジュが立てて実行した力技が原因なのに。
無理に行軍を推し進めたために、反乱軍はやけを起こして国境で禁忌の魔術を使い、そこが荒地になったのだ。
その後始末にはわたくしが成人後に、癒しの祈りを捧げることが決まっていた。
復活した暁には、流民達の帰還希望者を戻すことになっている。
そして女王反対派が神殿を焚きつけた。
二十年前に神殿は醜聞で処分されている。
前の神官長が女色に耽り、勝手にお布施を求め欲しいままにしていたことが、デニアウムの告発で発覚した。
エルダン王国では三代続けて女性王族に恵まれず、国王が統治していた。
前神官長を断罪した三年後に国王の下に三代ぶりに娘が生まれたことで、処分は正当と見なされたと思った者が多かったが、例外もまたいた。
わたくしが生まれてすぐ王妃アイリアが産褥で亡くなったことを論って、その例外の貴族達による女王反対派が決起した。
表立って音頭をとった、ガイリン伯爵とシーニア男爵は処分された。
もっと大物も関わっていたはずだが、それ以上辿ることはできなかった。
逃れた者達の燻りが今回の事件を引き起こしたのだ。
七人もの稀人の召喚。
この大問題の裏に重大な叛意がある。
エルダン王国の王位継承権が女性優位である最大の理由は、王家の内部分裂を防ぐためだ。
王女が王位継承権の程々に近い貴族を王配に就かせ、王家の血統や王位継承権をあまり遠くに散らばせないこと。なぜなら王家はテミル女神の恩恵を受ける娘、つまりいざと言う時に重要になる聖女が出る確率が高いからだ。
そして男性王族は王配と並んで国の重職に就き女王を補佐する。
これは兄弟間での王位をめぐる争いを避けるためだ。
女王という大きな宝玉を支える剣や盾は多いほどいい。
宝玉が落ちても控えが多くいる状態は荒れにくい。
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これは神殿への影響も強く、王家に最も神に近い者がいることで神殿が腐敗することを防ぐことにもなる。
王家と神殿の争いを防ぎ、絆を保つ。
そして今回のような場合、王家が判断し裁断できる力を保つ。
おそらくかなり高い確率で、これらの首謀者と構成員は同じ者達だ。
今般の神殿の勝手な行動の裏には、このようなエルダン王国の有り様に不満を持つ者、またはこの仕組みを壊したい者が必ずいる。
言葉巧みに神官長や神官を唆したのだ。
「この国のため」と甘い言葉で。
デニアウムは最後まで蚊帳の外に置かれ、知った時には手遅れだったのだろう。だから自らの命を捧げたのだ。
御前会議で皆が一致した稀人の今後は以下だ。
聖女として召喚された稀人の存在は、出来得る限り秘匿。
おそらく、いや必ず稀人の召喚は女王反対派には知れ渡っている。
その目的は王家に忠誠を誓う貴族たちを引っ掻き回し、なんらかの騒乱に乗じて女王即位を阻むことだ。
だから、あくまで聖女も稀人もいないことにしなくてはならない。
聖女としての資質のある者はいないし、遅くても三年後には実際にいなくなるのだから、三年間守ればいい。
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