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16.魚を釣る仕掛け
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もし、アンリ・オランジュの頭脳がもう少し先を見通せるほど明晰であったなら、十五年前にイース帝国から謝意として提示された帝国騎士団入りを受けていただろう。そこでは帝国軍の大隊長の位と少なくない報酬が約束されており、そこで活躍すれば今の待遇よりもよくなったはずだし、何より自由だっただろう。
しかしアンリ・オランジュは国力がそがれたイース帝国よりも、安定したエルダン王国に留まり、安寧な生活を送ることを望んだ。
イース帝国からの少なくはない報酬である金子と、エルダン王国がイース帝国に縋られて与えた一代男爵の地位と領地と王都の家で当時は大喜びしていた。
しかし貴族としての常識を学ぶうちに、高望みを覚えてしまった。
貴族としての待遇が一代で終わることに不満を覚えてしまった。
「もし、母上がご存命で妹が生まれていたら…」
わたくしは思わず言ってしまった。
ジウンとダイルはもちろん、ザイディーの顔が強張る。
わたくし達四人は王女宮のサロンに集まっていた。
「言っても詮無いことだけど、もしそうだったらと時々思うの」
皆無言だ。
「わたくしは神殿へ行き、妹が父上の後を継ぐ。そうすればもっと滑らかに穏やかに進んだかもしれない」
何か言おうとした三人を手で制して続ける。
「今からでも、できるならと思ってしまう。わたくしが神殿に行き、ジウン兄上の長女のマイアが次期女王に…」
「絶対にダメだ!」
ジウンが勢いよく割って入る。
「マイアはエリスに似て小鳥のように繊細だってわかっているだろう。女王の器ではないよ」
そう、ジウンの妻でありわたくしの義姉のエリスは儚げで優しくて繊細な方だ。姪のマイアも妖精のような可愛いらしい子だ。
「クラリスもダメだよ。あの子は落ち着きがなさすぎる。堅苦しい政務は無理だ」
ダイルも釘を刺す。
「あなたが神殿に入ったら、私はマイア姫と結婚しなくてはならないだろうね。またはクラリス姫かな。二人とも幼いから現実的ではないからイライジャ嬢かクリスティア嬢かもしれない。それでもいいの?」
ザイディーがチロリと睨む。
確かにその二人が最有力候補だ。そうなったら今の婚約者と無理やり別れさせることになる。お二方とも婚約者とうまく関係を持っているのに、とんだ横紙破りだ。
「ごめんなさい。詮無いことだとわかっていても言ってみたかったの」
萎らしく俯いた。
「問題は女王反対派の目的だ。ヤツらは我々もろとも葬るつもりだろう」
ダイルが切り出す。
「王位継承権六位から二十七位の誰か、または二十八位以下の者が担がれるだろう」
「ザイディーを担ぎ上げて自分の娘をあてがうことも考えられるが…これは難しいだろうな。そうだろう?ザイディー?」
ジウンがザイディーを見る。
「ええ、それを提示されたらその者を斬り捨てますね」
ザイディーが少し険のある表情になる。
「二十七人も殺すのは現実的ではないわ。マイアかクラリスを担ぎ上げることも考えられるけれど」
「そうなれば完全に女王という名の傀儡ですね」
ザイディーの苦々しい声がわたくしの鳩尾に冷たく響く。
わたくしも可愛い姪達の不幸は許せない。たとえ殺されても死にきれない思いだ。
「どちらにしろ、今の王家のほとんどを排除したいのよね」
「それでも神殿が七人も召喚するとは、あちらも思っていなかっただろう」
ジウンが少し笑う。ダイルも頷き
「何人目かは知らないが、途中で手を引いたと思われるな。娘達のドレスや宝飾品を見たが、途中から突然品が下っている。資金提供をやめたのが見え見えだ」
「宝飾品から幾人か足がつきました」
ザイディーが調査報告書を出した。
報告書にはシラニー公爵とジルダイン伯爵の名がある。
「十中八九、この二人が首謀者ですね。王位継承権九位と十二位ですから。葬る数から言えばシラニー公爵が頭目でしょう」
「ああ、シラニー公爵はイース帝国内乱の折に兵糧を横流しして領地の一部を没収されたからな。部下がやったことにしたが、あの頃から私兵の強化を進めていたのはわかっている。だからこその領地の中でも最も豊かな地域が没収処分になったと聞いている。次に何か起こせば厳罰になる」
報告書を見ながらザイディーとジウンが言う。
「さて…」
ジウンが難しい顔で言う。
「こちらは早々に来た"稀人面会希望者"名簿だが…」
嗤えないという顔だ。
「玉石混合だが、この中から女王反対派の中核を洗い出さなくてはならない。どうする?」
四人で目を合わせる。
「わたくし達は敢えて関わらない方がよろしいでしょう。まずは面談をエイナイダ公爵とクルドー侯爵にしていただき、判断を仰ぎましょう」
「そして怪しい者を稀人と接触させるわけだが…」
ダイルは心底忌々し気な表情を隠さない。
「魚を釣る餌はどれか、ということですね」
ザイディーも汚いものを思い浮かべるような表情だ。
「最も迂闊そうなのは誰だ?」
ジウンが意地悪そうな表情でわたくしを見る。
真っ先に浮かんだのはミサだが、彼女は得体の知れない不気味さがある。わたくし一人では判断できない。
「お手を煩わせますが…」
少し力技も必要だ。
「ジウン兄上とダイル兄上とザイディー、それにもう二人ほどに手をかしていただきたいの」
「我々が面談か…」
ダイルが天を仰ぐ。心底嫌そうだ。他の二人は下を向いて片手で目を覆う。
「面談ではなく、うっかり出会ってしまったという形で見定めていただきたいの」
「あなたは婚約者を生贄にするんですね…」
ザイディーはうなだれたままわたくしを睨む。
「稀人の魅力に私が屈してもいいのですか?」
「嫌です!!」
思わず強く言ってしまった。ザイディーは小さく笑う。
「ではしっかり繋ぎとめてください。埋め合わせをしてくれないとどうなるかわかりませんよ」
意地悪な物言いで少し笑いを含んで言うザイディー。
「あ、あと一人か二人、信頼できる方が手伝っていただけるといいのですが」
わたくしの慌てぶりにジウンもダイルも笑う。
「ジリアンとエグゼルはどうだろう?」
ジウンの推薦で決まった。
「では生餌会議をしようか」
ジウンは嫌そうな表情に戻る。
「そんなにイヤですか?」
わたくしの問いに三人がそれぞれ噛みつく。
「あの報告で好感が持てるわけがないだろう」
「服の趣味がひどい」
「私達は大切な人がいますしね」
わたくしは少しだけ反省する。
「会ってみて魅力的かもしれませんよ?」
少しだけ意地悪を言ってもいいだろう。
しかしアンリ・オランジュは国力がそがれたイース帝国よりも、安定したエルダン王国に留まり、安寧な生活を送ることを望んだ。
イース帝国からの少なくはない報酬である金子と、エルダン王国がイース帝国に縋られて与えた一代男爵の地位と領地と王都の家で当時は大喜びしていた。
しかし貴族としての常識を学ぶうちに、高望みを覚えてしまった。
貴族としての待遇が一代で終わることに不満を覚えてしまった。
「もし、母上がご存命で妹が生まれていたら…」
わたくしは思わず言ってしまった。
ジウンとダイルはもちろん、ザイディーの顔が強張る。
わたくし達四人は王女宮のサロンに集まっていた。
「言っても詮無いことだけど、もしそうだったらと時々思うの」
皆無言だ。
「わたくしは神殿へ行き、妹が父上の後を継ぐ。そうすればもっと滑らかに穏やかに進んだかもしれない」
何か言おうとした三人を手で制して続ける。
「今からでも、できるならと思ってしまう。わたくしが神殿に行き、ジウン兄上の長女のマイアが次期女王に…」
「絶対にダメだ!」
ジウンが勢いよく割って入る。
「マイアはエリスに似て小鳥のように繊細だってわかっているだろう。女王の器ではないよ」
そう、ジウンの妻でありわたくしの義姉のエリスは儚げで優しくて繊細な方だ。姪のマイアも妖精のような可愛いらしい子だ。
「クラリスもダメだよ。あの子は落ち着きがなさすぎる。堅苦しい政務は無理だ」
ダイルも釘を刺す。
「あなたが神殿に入ったら、私はマイア姫と結婚しなくてはならないだろうね。またはクラリス姫かな。二人とも幼いから現実的ではないからイライジャ嬢かクリスティア嬢かもしれない。それでもいいの?」
ザイディーがチロリと睨む。
確かにその二人が最有力候補だ。そうなったら今の婚約者と無理やり別れさせることになる。お二方とも婚約者とうまく関係を持っているのに、とんだ横紙破りだ。
「ごめんなさい。詮無いことだとわかっていても言ってみたかったの」
萎らしく俯いた。
「問題は女王反対派の目的だ。ヤツらは我々もろとも葬るつもりだろう」
ダイルが切り出す。
「王位継承権六位から二十七位の誰か、または二十八位以下の者が担がれるだろう」
「ザイディーを担ぎ上げて自分の娘をあてがうことも考えられるが…これは難しいだろうな。そうだろう?ザイディー?」
ジウンがザイディーを見る。
「ええ、それを提示されたらその者を斬り捨てますね」
ザイディーが少し険のある表情になる。
「二十七人も殺すのは現実的ではないわ。マイアかクラリスを担ぎ上げることも考えられるけれど」
「そうなれば完全に女王という名の傀儡ですね」
ザイディーの苦々しい声がわたくしの鳩尾に冷たく響く。
わたくしも可愛い姪達の不幸は許せない。たとえ殺されても死にきれない思いだ。
「どちらにしろ、今の王家のほとんどを排除したいのよね」
「それでも神殿が七人も召喚するとは、あちらも思っていなかっただろう」
ジウンが少し笑う。ダイルも頷き
「何人目かは知らないが、途中で手を引いたと思われるな。娘達のドレスや宝飾品を見たが、途中から突然品が下っている。資金提供をやめたのが見え見えだ」
「宝飾品から幾人か足がつきました」
ザイディーが調査報告書を出した。
報告書にはシラニー公爵とジルダイン伯爵の名がある。
「十中八九、この二人が首謀者ですね。王位継承権九位と十二位ですから。葬る数から言えばシラニー公爵が頭目でしょう」
「ああ、シラニー公爵はイース帝国内乱の折に兵糧を横流しして領地の一部を没収されたからな。部下がやったことにしたが、あの頃から私兵の強化を進めていたのはわかっている。だからこその領地の中でも最も豊かな地域が没収処分になったと聞いている。次に何か起こせば厳罰になる」
報告書を見ながらザイディーとジウンが言う。
「さて…」
ジウンが難しい顔で言う。
「こちらは早々に来た"稀人面会希望者"名簿だが…」
嗤えないという顔だ。
「玉石混合だが、この中から女王反対派の中核を洗い出さなくてはならない。どうする?」
四人で目を合わせる。
「わたくし達は敢えて関わらない方がよろしいでしょう。まずは面談をエイナイダ公爵とクルドー侯爵にしていただき、判断を仰ぎましょう」
「そして怪しい者を稀人と接触させるわけだが…」
ダイルは心底忌々し気な表情を隠さない。
「魚を釣る餌はどれか、ということですね」
ザイディーも汚いものを思い浮かべるような表情だ。
「最も迂闊そうなのは誰だ?」
ジウンが意地悪そうな表情でわたくしを見る。
真っ先に浮かんだのはミサだが、彼女は得体の知れない不気味さがある。わたくし一人では判断できない。
「お手を煩わせますが…」
少し力技も必要だ。
「ジウン兄上とダイル兄上とザイディー、それにもう二人ほどに手をかしていただきたいの」
「我々が面談か…」
ダイルが天を仰ぐ。心底嫌そうだ。他の二人は下を向いて片手で目を覆う。
「面談ではなく、うっかり出会ってしまったという形で見定めていただきたいの」
「あなたは婚約者を生贄にするんですね…」
ザイディーはうなだれたままわたくしを睨む。
「稀人の魅力に私が屈してもいいのですか?」
「嫌です!!」
思わず強く言ってしまった。ザイディーは小さく笑う。
「ではしっかり繋ぎとめてください。埋め合わせをしてくれないとどうなるかわかりませんよ」
意地悪な物言いで少し笑いを含んで言うザイディー。
「あ、あと一人か二人、信頼できる方が手伝っていただけるといいのですが」
わたくしの慌てぶりにジウンもダイルも笑う。
「ジリアンとエグゼルはどうだろう?」
ジウンの推薦で決まった。
「では生餌会議をしようか」
ジウンは嫌そうな表情に戻る。
「そんなにイヤですか?」
わたくしの問いに三人がそれぞれ噛みつく。
「あの報告で好感が持てるわけがないだろう」
「服の趣味がひどい」
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少しだけ意地悪を言ってもいいだろう。
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