その林檎を齧ったら

チャイムン

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4.妹とグィードと林檎

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「お前がそう言ってくれて嬉しいよ。お前の妹を紹介しよう。明後日、セアラがベレッタ侯爵夫人のお茶会に行ったらね」

 アデライードは、やわらかそうな金髪で青い目の可愛らしい子だった。
「アデライード、お前のお姉様のグリセルダだよ」
 と父がわたくしを紹介すれば、ぱっと明るい顔になってわたくしを見たが、恥ずかしそうにもじもじして
「おねえさま?」
 と父の顔を見た。
「二人とも仲良くしなさい」
 父が促す。
「どうぞよろしく、アデライード」
 わたくしはキャシィを思い出しながら、アデライードに手を差し伸べた。アデライードはその手を握った。二人の間に温かなものが通い合った。

 実はわたくしは、アデライードの母のエラ夫人を少し恐れていた。もしわたくしの母のような人だったらどうしよう。
 その心配は杞憂で、エラ夫人はおおらかで優しい人だった。

 わたくしは母が留守にするたびに、離れに連れて行ってもらうようになった。
 ここでの時間は安らぎだった。

 父が母よりも、エラ夫人を愛する気持ちがよくわかる。

 表向きは、わたくしとアデライードの交流は隠されていたが、母公認でアデライードに会える日があった。
 王宮へ行く日だ。
 アデライードは一年前から、王子の遊び相手の一人として、十日に一度王宮に赴いていた。この日ばかりは、母が進んで同行させたがった。
 母はばかばかしいほどわたくしを飾り立てた。そして厳しく言いつけた。

「遊び相手は建前です。王子の婚約者になるよう努めなさい」

 その日は男女合わせて十五人ほどの子供が王宮に集まり、非公式なお茶会のようなものを催した。たいていサンルームか温室で、わたくし達は遊んだ。
 王子セルシアとアデライードは一際仲が良く、幼いながらも二人はお似合いだった。
 二人を見るたびに、わたくしはグィードを思い出した。

 ほとんど毎日、勉強と作法などを叩き込まれる日々は続いた。
 息抜きができるのは、母が出かける日に離れに連れて行ってもらいことと、王宮訪問だけだった。

 わたくしが十一歳になった時、驚くことが起きた。
 王宮訪問の日、遊び相手の中にグィードがいたのだ。

 遊び相手はその数年間で顔ぶれが変わり、減っていった。今では少年が四人、少女が四人になっていた。

 その日突然仲間に加わったグィードは、隣国からの客分として紹介された。それ以上のことは、詮索無用とのことだった。

 アデラーイードとセルシア王子が仲睦まじく遊んでいるのを傍目に見ながら、わたくしとグィードは見つめ合った。

 ああ、グィードは今でもあの時の気持ちのままかしら?
 わたくしは苦しくなるほど願った。

 するとグィードはわたくしの前に進み出て来て、林檎を、真っ赤な林檎を差し出した。
 わたくしは泣きたいくらい嬉しかった。
「ありがとう」
 それだけ言って受け取ったが、今のわたくし達はまだ子供で、わたくしは林檎を齧るわけにはいかなかった。

 林檎は一旦お付きのメイドがあずかってくれた。
「あとでお菓子にしていただきますからね」
 メイドのリリーがこっそり囁く。

 母が常にわたくしを
「この子は地べたに座って、林檎をそのまま齧っていた野育ちですのよ。厳しく躾けなくてはなりませんわ」
 とわたくしを腐して、作法やダンスの教師に言っていたのを見聞きしていたのだ。

 母はわたくしを侮辱するのを好んだ。
 母の前では黙って従うが、母が去ると教師達は
「大丈夫ですよ。お嬢様はもう正式な場に出ても恥ずかしいことはなにもございません」
 と褒めてくれる。

 わたくしとグィードは、その日は再会を喜んだが、静かに語り合うだけだった。
 あくまでわたくし達は、セルシア王子の遊び相手なのだ。
 そして少女四人は、セルシア王子の婚約者候補だった。

 しかし、どう見ても最有力候補は、妹のアデライードだったので、わたくしは安堵していた。
 このままアデライードがセルシア王子の婚約者として内定するのだろうと思っていた。

 王宮に赴くたびにグィードがいる。それがわたくしの希望だった。グィードは会うたびに林檎をくれた。

 そうして二年が過ぎ、母は身籠った。
 母は大変な喜びようだった。

 しかしすぐにエラ夫人も身籠っていることがわかった。母は激怒した。
 激怒の矛先は当然わたくしにも向かった。

「本当に可愛くない子だわ!その黒い髪!なんて可愛げがないの!?義母そっくり!」
 幾度もそう詰った。
 世間の噂で、アデライードがセルシア王子の婚約者の最有力候補であることは、母も当然知っていたからだ。

「奥様、そのように興奮なされてはお子様に障ります」
 と宥められてようようやめることが続いた。

「そうね。わたくしはこの子を、エランダル侯爵家の嫡男を産むのですもの」
 まだ生まれてもいないのに、そう言った。まるでそう言い続ければ叶うとでも言うように。

 ところが先にエラ夫人が出産した。健康そうな男児だった。
 母は歯噛みして悔しがった。
 その捌け口にわたくしを扇で殴打している時、産気づいた。

 大変な難産で、産まれたのは女児だった。しかも死産だった。
 そして母はそのお産で体を壊し、寝付いてしまった。

 ベッドの中でなにかブツブツと言うようになった母を、皆気味悪がった。
 形ばかりのお見舞いに行ったわたくしは聞いてしまった。

「このままでは済まさないわ。あの卑しい娘を蹴落としてやりなさい」
 驚くわたくしに母は言った。
「できないのね?いいわ」
 そして続けた。
「わたくしが手を下すから」

 わたくしは総身が震えた。それほど母は鬼気迫っていたのだ。

 母はエラ夫人とアデライードを呪う言葉をつぶやきながら、一か月後亡くなった。
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