その林檎を齧ったら

チャイムン

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6.もどかしい進捗

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 結局、日記にはたいした手掛かりはなかった。
 そこには哀れな妄執に憑りつかれた女の繰り言が、延々と書き連ねられていただけだった。ただし、父の証言とその日記の繰り言から、死の間際に母セアラがアデライードに呪いをかけたことは明白だった。

 ひとつだけ気になったことは、日記の最後のほうに書かれた一文。

「ファイアーストーンは硬い」

 ファイアーストーンは貴重な宝石で、確かソルダム公爵家祖母の形見として、わたくしが十六歳の誕生日を迎えたら、指輪とネックレスが贈られることになっていた。それと関係があるのだろうか。
 わたくしはソルダム公爵家に問い合わせてみた。

 すると、母が最期の頼みにそのファイアーストーンを、死の床で三日間身に着けていたことが分かった。

「それだけではないんですよ」
 ソルダム公爵夫人の伯母のセシリアが不安そうに言う。
「アクアドロップの指輪も身に着けていたのです。しかし返却されたのは、ファイアーストーンだけでした。アクアドロップの指輪は、未だに行方がわかりません」
 伯母は続けた。
「最期の頼みと強請られたので貸しましたが…あれはあなたが十六歳になったら、あなたに贈られるものなんです」

 わたくしと伯母セシリアはなんとも言えない、不気味な思いを分かち合いながら見つめ合った。

「セアラは気性の激しい娘でした。外面はいいのですが、邸内では横暴で乱暴でした。使用人は些細なことで罰をうけていました。その上、学園では気に入らない娘を取り巻きに指示して苛め抜いていたのです」
 伯母は少し黙ってから、意を決したように話し始めた。

 父イアンはエラ夫人と恋仲だった。
 しかし父の男ぶりに熱を上げた母セアラが、学園でエラ夫人を苛め抜いた。
 身分が上のセアラにはなかなか父も抗えず、その上親同士が父と母の婚約を決めてしまったのだ。

 父は泣く泣くエラに別れを告げ、母と結婚した。
 エランダル侯爵家では、その直後から不幸が立て続けに起こった。
 まず、突然エランダル侯爵夫人、わたくしの父方の祖母であるソフィアが倒れ、三日も経たず急逝した。ソフィアの埋葬日にエランダル侯爵、わたくしの祖父のヒューイが墓地で倒れ、そのまま息を引き取った。

「実はセアラがまだソルダム公爵家にいたころ、わたくしも体の具合が悪い日々が続いていたのです。セアラがエランダル侯爵夫人におさまってから、ようやく回復し、子宝にも恵まれました」
 眉をひそめ、声をひそめる。
「まるでセアラが毒気をまき散らしていたように思えたのです。だから…」
 うつむく伯母セシリア。
「わたくし達はあえて、結婚後のセアラに触れないように、お付き合いを控えていたのです」

 その後、母はわたくしを産んだ。
 男児ではなかったことに怒り狂ったセアラに恐れをなし、父は彼女から離れていった。
 そして外にエラ夫人を囲ったのだ。

 セアラの毒気を恐れ、幾重にも祝福の結界を張ってもらい、エラ夫人を守った。
 そんな中で、アデライードは優しく素直に明るく育ったのだ。
 多くの同年代の友達を持ち、王都で洗練された、美しい妹。

 そんな妹を王子は気に入ったのだ。

「実はね」
 ためらいながら言った。
「あなたがセアラの気性を受け継いでいるのではないかと心配していたのです。でもあなたはエランダルのソフィア様にそっくりで安心しました」

 そんな話をしながら、わたくし達は嫌な結論を出した。

 ファイアーストーンのジュエリー…
 これが呪いの媒体なのではないかと。

 三年なんて待てない。
 わたくしは泣きそうだった。

 三年間もアデライードをあの状態に縛り付けるの?
 まだ幼さが抜けないながらも、思い合っている王子殿下と離れ離れのまま?

 わたくしは伯母と相談して、ファイアーストーンのジュエリーをどうにか渡してもらえないか、伯父に願うことにした。
 しかし遺言のため、それは叶わなかった。

 翌年、わたくしは王都の学園に入学した。
 内定とは言え、王子殿下の婚約者であるわたくしは、衆目を集めた。

 王子殿下の婚約者の傍にと寄ってくる女生徒達を少し疎ましく感じた。

 嬉しいことにグィードも学園に在籍しており、会うたびにわたくしに林檎を差し出した。
 王子殿下は笑って言った。
「この林檎は、君がふれるまで時間が止まっているんだ。そんな魔力に力を注いでいるんだよ、グィードは。だから」
 少し厳しい顔で言う。
「アデライードの呪いが解けるように、お互い努めよう」
 わたくしは
「はい」
 と答えるしかなかった。

 一方、わたくしを良く思わない人達は、悪意ある噂を囁き交わしていた。

 それは王子妃候補の最有力候補だった妹アデライードを、わたくしが妬んで領地送りにしたというものだった。
 その噂の大半は、王子妃候補だった娘達の中から囁かれて、尾ひれがついて広まっていった。

 妹を蹴落とした悪女だと。
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