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3.「真実の愛」とは(グレイグ)
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「アイラとは結婚できない。フィルこそ私の真実の愛だ」
グレイグ・ウォーラーは、強く思った。
帰国してひと月も経たない夜だった。
帰国して港に着いた時、出迎えたアイラがグレイグにはとても好ましく思えた。
二年前より美しくなっていたアイラは、婚約者として申し分ない女性だ。もちろん家格も申し分ない。
グレイグはこの二年間、婚約者としてふさわしい振舞いをしてきたつもりだ。
手紙に贈り物を欠かしたことがない。ふさわしい愛の言葉を書き連ねたものだ。
アイラからも、申し分なく婚約者として適切な手紙や贈り物が届いた。
帰国して三日後に共に行った王宮の夜会でも、アイラほど輝いて見える女性はいなかった。
二人は仲睦まじく踊り、月明りのバルコニーで愛を語りキスを交わした。
グレイグは幸せの絶頂にいた。
いたと思った。
翌日、グレイグの旧友が彼の帰国を祝って集まった。
旧友たちが集まっているサロンへ向かう途中で、フィル・スノウに出くわしたグレイグは息を呑んだ。
この娘、ダニエラの侍女、孤児院からウォーラー家に奉公に上がったフィル・スノウ。
こんなに美しい娘だったか?
二年前はヒョロヒョロとした、くすんだ黄色い髪の娘だという認識しかなかった。
今目の前に居るフィル・スノウは、豊かな亜麻色の髪を結い上げて白い小さなモブキャップを被り、灰色の飾り気のないドレスで痩身を包んでいた。その手には小さなスミレの花束があった。フィルはグレイグに見られていると知らずに花束に顔を寄せて香りを嗅いだ。その頬は少し赤らんで、唇には微笑が浮かんでいた。
それを見た瞬間、グレイグの全身がかっと熱くなった。むかっ腹が立った。
彼女を微笑ませ、顔を赤らめさせた者を憎んだ。
この娘、なにを考えているんだ。
苛立った理由はわからない。
グレイグは強い口調でフィルを問い詰めた。
「その花はどうしたんだ!?」
フィルは驚いた。
「あの…マクブライド様からいただきました。これからダニエラ様のお部屋に飾るのです」
なんだ、ダニエラへの花か。
グレイグの怒りは萎んだ。
そのままサロンへ向かう。
自分を歓迎する旧友達がなぜか鬱陶しかった。
すぐにケヴィン・マクブライドに問いかけた。何でもないように努めたが、知らず語気が強くなってしまった。
「あのスミレの花束は何だ?」
ケヴィン・マクブライドは一瞬ぽかんとした。しかしすぐに笑いながら言った。
「あれは僕からじゃないよ。兄のバーナードからだよ」
バーナード?マクブライド伯爵家の長男で、二年前に奥方を亡くした、寡のバーナード・マクブライドがなぜダニエラに意味ありげなスミレの花束を?
「なぜダニエラに?」
グレイグが問うと、ケヴィンが怪訝な顔をした。
「別にダニエラ嬢に変な意味で贈ったわけじゃないよ。先週の春のフェアの会場で、姪のドロシアとエミリアが迷子になって、それをダニエラ嬢と侍女のフィルが保護してくれたんだ。迷子の待合場でよほど良くしてもらったらしくて、子供達はすっかり二人に懐いてしまったらしい。今朝、ここへ行くと聞いて二人が庭で摘んで持たせただけだよ。兄からも礼を言い遣ってきた」
グレイグは知らずほっとした。
しかしその日から、フィル・スノウは気になる存在になった。
ダニエラのために毎朝庭園や温室で、花を摘ませるフィル。
食事の時にダニエラのために給仕をするフィル。
ダニエラと共に机に就き、家庭教師に真剣に向かうフィル。
ベルラン大公家の夜会へアイラをエスコートした時、なぜかアイラがくすんで見えた。
着飾ったアイラと、慎ましい服装のフィルを比べている自分がいる。
もしもアイラがフィルのような服装だったら、フィルより美しくみえるだろうか。
夜会の間、気が付くとフィルのことを考えていた。
フィルはアイラと違う。
強くて美しい女性だ。
だが、結婚相手としてはアイラがふさわしい。
そう思ってもフィルから目が離せない自分がいた。
いっそフィルを愛人にしようかと思った。
そんな時、バーナード・マクブライドが子供達を伴なって、ウォーラー家を訪ねてきた。
ダニエラとフィルに正式に礼を言うためだ。
バーナードはダニエラに大輪のピンクの薔薇の花束と王都で評判の菓子と見事なレースのリボンを、フィルには縁にレースのついたハンカチを贈った。子供達はきゃっきゃとフィルにまとわりついた。
その様子をバーナードは優しい目で見ていた。
その様子にも、グレイグは苛立った。
まさかバーナードはフィルを愛人にしようとしているのではないか。
アイラとの結婚式は半年先だ。すぐには愛人を囲えないだろう。
その隙にバーナードに先を越されたら…
グレイグは悶々と考えた。
そしてはたと思った。
愛人だって!?
自分はフィルを愛している。
アイラが別の男と踊っても、バーナードがフィルを優しく見つめるほどの気持ちは起きない。
いや、なんとも思わないではないか。
これが真実の愛なのだ。
そう思い立ったら、居ても立ってもいられず、アイラに婚約解消を伝えた。思った通りくじくじと愁訴されたが、きっぱりと言い切った。
そしてグレイグは家族にフィルと結婚すると宣言した。
思った通り家族は反対した。
それが何だと言うのだ。
これからは自分がフィルを守るのだ。
震えているフィルが愛おしかった。
しかしトニオがフィルに
「もしも私達がグレイグと君の結婚に了承を与えて、グレイグが君に求婚したら、君はそれを受け入れるつもりなのかね?」
と問うたら、フィルは言ったのだ。
「どんなことがあっても、そのお申し出は承服致しかねます!」
奥ゆかしいフィルのことだ。想定内だとグレイグは思った。
自分の「真実の愛」を貫くつもりのグレイグなのだ。
グレイグ・ウォーラーは、強く思った。
帰国してひと月も経たない夜だった。
帰国して港に着いた時、出迎えたアイラがグレイグにはとても好ましく思えた。
二年前より美しくなっていたアイラは、婚約者として申し分ない女性だ。もちろん家格も申し分ない。
グレイグはこの二年間、婚約者としてふさわしい振舞いをしてきたつもりだ。
手紙に贈り物を欠かしたことがない。ふさわしい愛の言葉を書き連ねたものだ。
アイラからも、申し分なく婚約者として適切な手紙や贈り物が届いた。
帰国して三日後に共に行った王宮の夜会でも、アイラほど輝いて見える女性はいなかった。
二人は仲睦まじく踊り、月明りのバルコニーで愛を語りキスを交わした。
グレイグは幸せの絶頂にいた。
いたと思った。
翌日、グレイグの旧友が彼の帰国を祝って集まった。
旧友たちが集まっているサロンへ向かう途中で、フィル・スノウに出くわしたグレイグは息を呑んだ。
この娘、ダニエラの侍女、孤児院からウォーラー家に奉公に上がったフィル・スノウ。
こんなに美しい娘だったか?
二年前はヒョロヒョロとした、くすんだ黄色い髪の娘だという認識しかなかった。
今目の前に居るフィル・スノウは、豊かな亜麻色の髪を結い上げて白い小さなモブキャップを被り、灰色の飾り気のないドレスで痩身を包んでいた。その手には小さなスミレの花束があった。フィルはグレイグに見られていると知らずに花束に顔を寄せて香りを嗅いだ。その頬は少し赤らんで、唇には微笑が浮かんでいた。
それを見た瞬間、グレイグの全身がかっと熱くなった。むかっ腹が立った。
彼女を微笑ませ、顔を赤らめさせた者を憎んだ。
この娘、なにを考えているんだ。
苛立った理由はわからない。
グレイグは強い口調でフィルを問い詰めた。
「その花はどうしたんだ!?」
フィルは驚いた。
「あの…マクブライド様からいただきました。これからダニエラ様のお部屋に飾るのです」
なんだ、ダニエラへの花か。
グレイグの怒りは萎んだ。
そのままサロンへ向かう。
自分を歓迎する旧友達がなぜか鬱陶しかった。
すぐにケヴィン・マクブライドに問いかけた。何でもないように努めたが、知らず語気が強くなってしまった。
「あのスミレの花束は何だ?」
ケヴィン・マクブライドは一瞬ぽかんとした。しかしすぐに笑いながら言った。
「あれは僕からじゃないよ。兄のバーナードからだよ」
バーナード?マクブライド伯爵家の長男で、二年前に奥方を亡くした、寡のバーナード・マクブライドがなぜダニエラに意味ありげなスミレの花束を?
「なぜダニエラに?」
グレイグが問うと、ケヴィンが怪訝な顔をした。
「別にダニエラ嬢に変な意味で贈ったわけじゃないよ。先週の春のフェアの会場で、姪のドロシアとエミリアが迷子になって、それをダニエラ嬢と侍女のフィルが保護してくれたんだ。迷子の待合場でよほど良くしてもらったらしくて、子供達はすっかり二人に懐いてしまったらしい。今朝、ここへ行くと聞いて二人が庭で摘んで持たせただけだよ。兄からも礼を言い遣ってきた」
グレイグは知らずほっとした。
しかしその日から、フィル・スノウは気になる存在になった。
ダニエラのために毎朝庭園や温室で、花を摘ませるフィル。
食事の時にダニエラのために給仕をするフィル。
ダニエラと共に机に就き、家庭教師に真剣に向かうフィル。
ベルラン大公家の夜会へアイラをエスコートした時、なぜかアイラがくすんで見えた。
着飾ったアイラと、慎ましい服装のフィルを比べている自分がいる。
もしもアイラがフィルのような服装だったら、フィルより美しくみえるだろうか。
夜会の間、気が付くとフィルのことを考えていた。
フィルはアイラと違う。
強くて美しい女性だ。
だが、結婚相手としてはアイラがふさわしい。
そう思ってもフィルから目が離せない自分がいた。
いっそフィルを愛人にしようかと思った。
そんな時、バーナード・マクブライドが子供達を伴なって、ウォーラー家を訪ねてきた。
ダニエラとフィルに正式に礼を言うためだ。
バーナードはダニエラに大輪のピンクの薔薇の花束と王都で評判の菓子と見事なレースのリボンを、フィルには縁にレースのついたハンカチを贈った。子供達はきゃっきゃとフィルにまとわりついた。
その様子をバーナードは優しい目で見ていた。
その様子にも、グレイグは苛立った。
まさかバーナードはフィルを愛人にしようとしているのではないか。
アイラとの結婚式は半年先だ。すぐには愛人を囲えないだろう。
その隙にバーナードに先を越されたら…
グレイグは悶々と考えた。
そしてはたと思った。
愛人だって!?
自分はフィルを愛している。
アイラが別の男と踊っても、バーナードがフィルを優しく見つめるほどの気持ちは起きない。
いや、なんとも思わないではないか。
これが真実の愛なのだ。
そう思い立ったら、居ても立ってもいられず、アイラに婚約解消を伝えた。思った通りくじくじと愁訴されたが、きっぱりと言い切った。
そしてグレイグは家族にフィルと結婚すると宣言した。
思った通り家族は反対した。
それが何だと言うのだ。
これからは自分がフィルを守るのだ。
震えているフィルが愛おしかった。
しかしトニオがフィルに
「もしも私達がグレイグと君の結婚に了承を与えて、グレイグが君に求婚したら、君はそれを受け入れるつもりなのかね?」
と問うたら、フィルは言ったのだ。
「どんなことがあっても、そのお申し出は承服致しかねます!」
奥ゆかしいフィルのことだ。想定内だとグレイグは思った。
自分の「真実の愛」を貫くつもりのグレイグなのだ。
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