その結婚、承服致しかねます

チャイムン

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5.「真実の愛」とは(ダニエラ)

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 ダニエラは知っていた。

 フィルの気持ちがどこにあるのかを。

 そして相手がフィルへ深い気持ちを抱いているのを。

 だから兄とフィルとの結婚は承服できないどころか反対だ。

 ダニエラとしては、嫁ぐ時にフィルが侍女として付いてきてくれるくれれば心強いし嬉しい。しかしフィルの気持ちを知っているので、できれば幸せになって欲しい。もしが本当に実のある男ならば、きっとフィルを迎えるために何でもしてくれるだろう。
 おそらく、いや絶対にこうなったら、この結婚は承服できかねるだろうし、自分の進退を潔く決断するだろう。
 兄のように、ただ「だから結婚する」の一点張りで、フィルだけ悩ませて自分は何も変わらず安泰な場所に居続けられると思いこんでいるのではなく、大きな代償も払うだろう。

 フィルも彼も、今何の進展もないように見えるのは、自分の立場や責任を考え、お互いの立場を思いやって耐え忍んでいるからだ。

「真実の愛」とは、自分が思うがままに身勝手に突き進んで行くものではないとダニエラは思う。
 そもそも「愛」とは片方だけで成り立つものではないではないか。相手あっての「愛」ではないか。

 愛するもののことを一番に考える。
 たとえ自分の願いが叶わなくとも、相手のために身を引くことになろうとも。
 それこそが真実の愛ではないだろうか。

 との出会いは一年半前だ。
 フィルと彼が惹かれ合い始めたのは一年ほど前だろうか。
 フィルの気持ちは最初から彼にあったのかもしれないが。彼は去年の春のフェアから、確実にフィルを愛しているのが分かった。半年前にはお互いの瞳に、態度に、仕草に、愛し合う者同士の独特の雰囲気が感じられた。

 そう、ダニエラの両親のように。

 ダニエラの両親は、それぞれ別の人と婚約関係にあり、その人とは婚約を解消している。二人は様々な苦難を乗り越えて結婚した。
 だから兄が本気で強い意志を持って「真実の愛を貫きたい」というのなら応援しただろう。だからフィルの気持ちを確かめたのだ。

 結果は兄の一人合点、勝手な執着でしかなかったのをわかって反対しているのだ。

「まったく、グレイグときたらまるで熱病だわ」
 母がため息をつく。
「両想いならまだしも、フィルの気持ちなんか毛頭も考えてないなんて。アイラの気持ちもよ。本当に勝手な子だわ」

 その日、グレイグが爆弾発言をした五日後、ボールドウィン家から婚約破棄の通知が届いた。王家からの許可証も添えられていた。

「グレイグとの結婚はアイラにとってもいいものではなくなった。これは了承しよう」
 父はすぐに署名をして、手続きを終わらせた。
 当然ウォーラー家が全面的に責任を負っての婚約破棄だった。婚約解消ではなく。
 多額の賠償金を支払うことになったが、それは当然のことだとグレイグ以外の者は受け止めていた。

 ただグレイグだけは何もかも納得がいっていない。
 自分が有責であることも、フィルが自分の求婚を拒んだことも。
 ただ自分が「真実の愛」という、一時の恋の病に狂っているのだ。

 ウォーラー家の者はわかっていた。
 これが一時の熱病で、グレイグは美しく成長したフィルに後先考えずに一目惚れしたのだ。そしてそれは長くは続かないことも。

 グレイグは自室に謹慎させている。
「グレイグは近々領地にでも送ろうと思う。さて、フィルだが…」
 父が渋面で言い淀む。
「フィルには何の罪もないが、ここにいるのも辛かろう。紹介状を書いてどこかへ出そうかとも思うが…」
「わたくしは反対ですわ」
 母デボラが言う。
「今のグレイグは危険です。グレイグを領地に送るのは賛成ですが、フィルをわたくし達の目の届かないところへやるのは、今は危険です。グレイグが何をするかわかりません」
「わたくしもお母様の意見に賛成ですわ」
 ダニエラが言った。

「フィルはしばらくわたくし達の傍においてください。きっとが来ますから」
「彼?」
 両親は口を揃えて聞き返した。

「フィルののお相手ですわ」
「その方はどなたなの?」
 母が心配そうに尋ねたがダニエラは
「少しだけ待ってください。がわたくしの思った通りの方なら、きっと今頃フィルのために手を尽くしているはずですわ」
「彼とは誰なんだ?」
「まだ申し上げられません。何もかもが未確定なのですもの。確実なのは二人が愛し合っていることだけです」

 フィルは何も言わないが、彼はダニエラだけにフィルへの気持ちを吐露したことがある。
「いっそ、何もかも捨ててもいい。しかし彼女は引け目を感じるとわかっている」
 彼は兄のように軽率な男ではないのだ。

 しかしダニエラはに、密かにこの騒動について手紙を送っていた。

 兄がフィルに懸想して、尋常ではないこと。このままではフィルはきっと別の所へ行ってしまうこと。我が家で解雇するのではなく、フィルの性格を考えると迷惑をかけまいと一人で姿を消すだろう。
 そしてそれはフィルはを愛しているからだということ。

「フィルはあなたを愛しているのです」

 ダニエラは手紙の最後にそう書き添えた。

 彼はフィルと兄との結婚を承服できないだろう。
 兄が彼とフィルの結婚を承服できなくとも、何をかまうことがあるものか。
 二人は愛し合っているのだもの。

 ダニエラは彼女の出来得る限り手を尽くした。後は次第だ。

 そしてはやってきた。
 騒動から半月後だった。

「御無礼をお許しください。今日はこちらのフィル・スノウの気持ちを確かめに参りました。私はフィル・スノウを愛するただの男です」
 ダニエラ以外の家人は驚いた。

「ただの男って、君は…」
 父が言うのを遮って、彼は言った。
「身分は捨てて参りました。全ての手続きは済んでおります。家は弟が継ぐことになりました。今の私は領地を一つ与えられたただの男です」
「そんな…だって、あなた…もしフィルが…」
 母の言葉は切れ切れだ。

 彼は言った。
「もしフィルに拒まれても私は後悔しません。これからも一人の男として彼女を愛するだけです」

 ダニエラは心の底から喜んだ。

 彼、バーナード・マクブライドはだわ。と。
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