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エピローグ
しおりを挟む僕は結局、テスラを殺さなかった。
生命力が0になって気絶している彼を見下ろしながら、しかし何もせず。
ミアも同様に。
静かに佇むだけだった。
だから、遅れてやってきた軍にテスラを引き渡す際、
「……お父さん」
そう聞こえたのは、きっと僕の勘違いだ。
クイーンズの街を騒がせたドラゴン出没事件は、唐突な幕引きを見せた。
各所で暴れ回っていたドラゴンが急に消滅したのである。
恐らく、僕たちがテスラを倒したことでスキルが解除されたのだろう。
大方の予想を良い意味で裏切り、街には平穏が訪れた。
だが、被害が大きいことに変わりはない。
建物の倒壊や多数の死傷者……クイーンズはしばらく、暗黒の時代を迎えることになる。
「……とりあえず、ドラゴンのコアをギルドに届けましょうか」
少しだけ落ち着きを取り戻してきた街中を歩きながら、ミアが言った。
「そっか。一応、緊急依頼を達成したことになるんだもんな」
「テスラについての取り調べもあるみたいだし、忙しくなりそうね」
「迷惑な話だよ……ん?」
不意に、視界の端に何かが映る。
「……ミア、レヴィ。悪いんだけど、先にギルドに行っててくれるか? ちょっと野暮用ができた」
小首を傾げる二人を置いて、僕は大通りの反対へと早足で向かった。
転がる瓦礫を避け、目的の場所へ。
「……どうも。今度こそは久しぶりですかね」
崩壊した建物の陰。
闇に溶け込めない真っ白な装いをした少女が一人。
「……やあ、イチカくん。まさか、君の方から声を掛けてくるとは思わなかったよ」
そう言って、真っ白な少女――カミサマは小さく笑った。
「この場で会うつもりはなかったんだけれど……まあ、こうして対面してしまったのだから、労いの言葉くらいは掛けておこうか。この街を救うために八面六臂の大活躍をしたイチカくんには、お疲れ様程度では釣り合わないかな?」
「そのくらいで丁度いいですよ。あんまり褒められても困りますし」
「どうして? 今回の件は間違いなく君が立役者だ。街を救った英雄として崇められてもおかしくはないさ」
「そんな大仰なことはしてないですよ……それに僕は、別に正義の味方ってわけでもないですから。過大評価は身を滅ぼします」
「謙虚な男だね、全く」
カミサマは肩をすくめ、
「なら君は、一体何の味方なんだい?」
と、僕の目を見つめてきた。
「……強いて言うなら、自分の味方ですかね」
「はははっ、言うようになったじゃないか。その様子なら、しばらくは安泰みたいだ」
愉快そうに笑うカミサマ。
その笑顔は、まるでイタズラ好きな子どものようだった。
「……一つ訊いてもいいかな、イチカくん」
「何ですか?」
「……いやまあ、何と言うか」
カミサマが、珍しく言葉に詰まる。
「君は、私のことを恨んでいないのかい? 私の不手際が原因でレベルが上がらず、お詫びとしてあげたスキルの所為で何度も窮地に陥って……恨みごとの一つや二つ、言われるのを覚悟していたんだが」
「そういうの、意外と気にするんですね」
「……失礼な奴だね、君も」
「すみません。でも、本当に意外だなって……だって、僕に好き勝手生きろと言ったのはあなたでしょ? その過程で何が起きても、僕の自己責任ですよ」
ドラゴンを倒す判断をしたのも。
文字通り決死の覚悟でテスラに挑んだのも。
全て、僕が勝手に決めたことである。
「だから、僕があなたを恨む道理なんてこれっぽっちもない……まあ、レベルが1のままなのは不便ですけど、それ以上のリターンはもらってますから」
この人のお陰で、ミアやレヴィと仲間になれた。
その事実に比べれば、レベルが上がらないことなど些細な問題である。
「……そうか。いや、イチカくんがそう結論付けたならいいんだ。これ以上藪をつついて蛇を出す気もない。気にしていないというのなら、額面通りに受け取っておくとしよう」
言って、カミサマは壁に預けていた背中を浮かせる。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ。今は疲れているだろうし、存分に休息をとるといい」
「……あの」
実にあっさり別れの言葉を口にしたカミサマのことを、僕は野暮にも引き止めてしまった。
でも、これだけは訊いておきたかったのだ。
彼女が、この場所にいた理由。
それは、きっと――
「僕がマナ切れを起こさなかったのは、あなたが何かしてくれていたからですよね?」
いくらスキルのコスパがいいとは言っても、不死の力と最強の力をあれだけ連発できるはずがない。
レベル1の僕に、それだけのマナを賄う余裕などない。
ならば考えられるのは、他の要因。
例えば。
どこかのお人好しが、僕にマナを与えてくれていた――とか。
「……考え過ぎだよ。私は、そこまでの世話焼きじゃないさ」
こちらに振り返ることなく、カミサマは歩き出す。
僕はその後ろ背を、ただ見守った。
「……次に会ったら、甘いもの御馳走しますよ」
「……そうかい。それは楽しみだ」
真っ白な身体が、路地の闇に溶けていく。
「イチカ~。遅いじゃないのよ~」
ギルドに向かった僕を出迎えてくれたのは、ミアたちと半壊した建物だった。
どうやらギルド自体もかなりの痛手を負ったらしい……こりゃ、復興には時間が掛かりそうだ。
「見ての通りの有様でね、とてもじゃないけどコアを預けてる余裕はなさそう」
「みたいだな……とりあえず、ほとぼりが冷めるまで僕らも手伝おう」
人手はいくらあっても足りないはずだ。
僕みたいな非力人間代表が力になれるかはわからないが、それでもいないよりはマシだと信じたい。
「レヴィのスキルを封じるアイテム探しは、当分お預けってことになるかな」
「ああ、そう言えばそんな目的もありましたね。慌ただし過ぎて忘れてましたよ」
「当事者が忘れてんじゃねえ」
「これは失敬」
てへっと舌を出すレヴィ。
可愛ければ許されるとでも思っているのだろうか。
許すけども。
「しばらくの間はクイーンズを拠点にすることになりそうね~。元々急ぎの旅でもないんだし、人助けに奔走しましょうか」
言いながら、ミアは気合を入れるように腕を伸ばす。
「いいのか、ミア」
「何が?」
「復興の手伝いはほとんどボランティアだろうし、全然金が稼げないぜ」
「ちょっとイチカ、私がこのタイミングで自分のことを優先する薄情者だと思うわけ?」
金色の瞳をじとっと細め、ミアが睨みつけてきた。
「……それにね。少し考えてることもあるの」
「と言うと?」
「……『賊』」
小さく、だが確かな発音で、ミアはその名を口にする。
「テスラみたいな奴らを野放しにしていたら、また今日みたいな事件が起きる……そんなの、間違ってるわ。だから私は、あいつらを叩き潰したい」
ミアの声には、ハッキリとした強い意志がこもっていた。
お父さんの仇でもある闇ギルド、「賊」。
彼女は本気で、奴らを潰したいと思っている。
「でも、二人には関係ないわよね……これは、私が勝手にやりたいだけだから……」
「そんな悲しいこと言うなよ。ここまできたら、乗り掛かった舟さ。僕も協力するよ」
僕はわざとらしく両手を広げた。
仲間が本気で為したいことがあるなら。
とことんまで付き合うのが、友達だ。
「私をハブかないでくださいってば……もちろん、私もお供しますよ」
グッと親指を立てるレヴィ。
どうやら、パーティーとしての結論は出たようだ。
「……ありがとう、二人とも」
ミアは目元を軽くこすり。
それから、とびっきりの笑顔を向ける。
「よし! とりあえず目の前のことからバンバン片付けていきましょ! 昼は働いて夜は酒! それこそ冒険者のあるべき姿だわ!」
「ミアさん、お酒は程々にしないと……」
「なーに言ってんのレヴィ! 飲んで飲まれてなんぼのもんよ! さ、行くわよ!」
「あう~」
ミアはレヴィの頭をぐりぐりしながら、元気にギルドへと進んで行く。
「……」
そんな二人を見て、自然と笑みがこぼれていた。
さて、あまりグズグズしているとミアに怒られてしまう。
精々周りの足を引っ張らないよう、自分にできることを全力でやろう。
そうやって生きていれば、その内。
僕が為したいことも、見えてくるはずだから。
「何してんのイチカ! 早く早く!」
「……仰せのままに」
魔物やスキルなんてものが当たり前に存在する、ゲームみたいなこの世界で。
レベル1の僕は、今日も生きていく。
自分の人生を。
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感想ありがとうございます!
会話を面白いと言って頂き、作者冥利に尽きます。
スキルに関してはこれから明らかになる部分とそうでない部分があるので、しばらくお待ち頂ければと思います。
対象の生命力を1にする。これが現在値か最大値かでスキルの凶悪さに天と地ほどの開きがありますね。
感想ありがとうございます!
スキルの詳細に関しては、イチカくん自身も把握していない部分が多いです。それがどう影響するのかは、またいずれ……。