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第十九話
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ライブ当日。
──ステージの裏の楽屋にて。
僕たちは、いつもどおりに本番前の準備をしていた。
していたのだが……。
あきらかにいつもと違う。
そう思えてしまうのは、僕の目の前にいるのが香奈姉ちゃんではないのが原因だろう。
そのせいか、僕はいつもより緊張している。
それもそのはず。
僕の目の前にいるのは、理恵先輩だからだ。
理恵先輩は、『ふんふ~ん』と鼻歌を歌いながら僕の顔にメイクをしている。
さも当たり前かのように──
「ちょっとジッとしててね。すぐに終わらせるから」
「あ、はい」
僕は、言われたとおりにジッとしていた。
やっぱり、どう考えても女装するのは間違いのような気がするんだけど……。
今さらこんな事言っても無意味だから、何も言わないが。
「楓君は、素の顔がなかなか良いから、メイクのやり甲斐があるのよね」
「それは……。微妙に褒め言葉になってないような……」
「何言ってるの。褒めてるんだよ。わたしなんかは、メイクをしてもあんまり変わらないからね。楓君の変わりようを見たら逆にショックを受けちゃうんだから」
理恵先輩は、拗ねたような表情を浮かべてそう言ってくる。
「そんなに可愛いと思うものなんですか? 自分ではわからないんだけど……」
「うん。楓君は、とっても可愛いよ。いっそのこと、ずっと女装していてほしいって思うくらいだよ」
屈託なくそう言ってくるあたり、それほどなんだろうな。
僕としては、絶対に嫌だけど……。
「そ、それはさすがに……。僕にも、男のプライドがあるから──」
「そっか。それなら、しょうがないね」
理恵先輩は、残念そうに微苦笑していた。
無理強いはしたくないのだろう。
「なになに? なんの話をしているの?」
と、美沙先輩が興味津々といった様子で会話に入ってくる。
「な、なんでもないよ。ちょっと楓君の顔が気になっただけだよ」
途端に理恵先輩の顔が赤くなった。
ひょっとして、照れてるのかな。
そんな理恵先輩の表情を見て、美沙先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「またまた~。楓君の顔を見て、『いいな』って思ったんでしょ。素直に言っちゃいなよ」
「ホントになんでもないんだってば! そんなことより、美沙の方は準備できたの?」
「私なら大丈夫だよ。いつでもステージに上がれるよ!」
「そう。それならいいけど」
理恵先輩は、僕の顔にメイクをしながらそう言っていた。
どうでもいいけど、はやく終わらないかな……。
女の子の準備って色々と手間がかかるって言うけど、ホントなんだ。
ただステージに立ってライブをやるっていうわけじゃないんだな。
改めてそう思ってしまう。
「ん? どうしたの? 何か心配事?」
美沙先輩は、キョトンとした表情でそう訊いていた。
その顔から察するに、心配はしてない感じだ。
理恵先輩は、心配させまいという心遣いなのか笑顔で答える。
「ううん。特にはないよ。ただ──」
「ただ? 何よ?」
「ちょっとね。本番で失敗したらどうしようって考えてただけ」
「なんだ……。そんなことか……。それなら大丈夫だって。優秀な理恵なら、そんなことは絶対にないでしょ」
美沙先輩は、屈託のない笑顔を浮かべてそう言いきった。
よほど理恵先輩のことを信頼してるんだな。
付き合いが長くなければ、そんなことは言えないのに。
理恵先輩は、僕の顔のメイクをし終えると、軽く一息吐いて口を開く。
「まぁ、たくさん練習したからね。失敗なんかしたら、香奈に申し訳ないし」
「私がどうかしたの?」
そこにさらに香奈姉ちゃんが会話に入ってくる。
いかにも興味津々といった表情でだ。
美沙先輩は多少きょどっていたが、理恵先輩はいたって冷静だった。
「なんでもないよ。今日のライブ……絶対に成功させようね」
「うん! もちろん!」
香奈姉ちゃんは、そう言ってガッツポーズを見せる。
その傍らで奈緒さんは、小さく頷いていた。
ライブの真っ最中。
それはもう、周囲にバレないかヒヤヒヤものだった。
激しい動きはないものの、ステージ衣装がゴスロリ風の服装だ。
しかも、スカートの丈が少し短い。
いくら女物の下着を着用しているからって、見られていいものじゃない。
ベースの演奏中、下にいる観客たちに見られているんじゃないかと思うと、恥ずかしくて萎縮してしまう。
そんな僕に気を遣ってなのか、歌っている最中でも度々香奈姉ちゃんがやって来ては、何気なく『大丈夫だよ』って目で訴えてきているけど。
いくらライブ中は大丈夫でも、通常時で確実にバレてしまうかもしれない。
そんなことを思いながら演奏しているうちに、僕たちの出番が終わる。
披露した曲は、二曲だ。
二曲とも演奏したから、もうやるべきことはない。
あとは一礼して、楽屋へと戻っていくだけだ。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! またね~」
香奈姉ちゃんの言葉に呼応するかのように飛んでくる観客たちの声援。
どうやら、評価は高かったみたいだ。
香奈姉ちゃんは、マイクを台に戻し一礼した後、楽屋へと向かう。
僕たちも一礼して、香奈姉ちゃんについていった。
少なからず僕の顔は緊張していたと思う。
まわりには気づかれていないみたいだけど。
さすがに女装したままでいられるほど、僕の忍耐力は保ちそうにない。
楽屋にたどり着くと、香奈姉ちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「楓。大丈夫だった?」
「あ……。えっと……」
「さすがに、女装してライブなんて無理があるよね。大丈夫だよ。この後も、お姉ちゃんがフォローしてあげるから」
香奈姉ちゃんは、まくしたてるようにしてそう言ってくる。
この後って、一体何のことだろうか。
もしかして、このままの服装でまたみんなの前に出るとか?
「え……。ちょっと待って。この後も、何かやることがあるの?」
「うん! ファンたちとの握手会とかね」
「っ……⁉︎」
香奈姉ちゃんの言葉に、僕は驚愕してしまう。
握手会って……。
アイドルじゃあるまいし。
「じょ、冗談…だよね?」
僕は、緊張した面持ちで香奈姉ちゃんにそう訊いていた。
しかし、香奈姉ちゃんは平然とした表情で答える。
「冗談なんかじゃないよ。すべてのバンドの演奏が終わったら、滞りなくやる予定だよ。…言ってなかったっけ?」
「そんな……。聞いてないよ」
「だ、大丈夫だって。まわりの人たちには、絶対に気づかれないと思うから──」
「いや。そういう問題じゃないような気が──」
僕がそう言いかけたところで、理恵先輩が笑顔で言った。
「なんにも心配はいらないよ。楓君が男だということは、わたしたちバンドメンバーしかしらないはずだから」
「先輩……」
「そういうことだから。楓君には、今日一日その格好でいてもらおうかな」
「………」
結局、女装してなきゃダメなんじゃないか。
上手く説得してるつもりなんだろうけど、僕にとっては厄介なことでしかない。
握手会なんて、全然聞いてないよ……。
僕は、不安な気持ちでいっぱいだった。
──ステージの裏の楽屋にて。
僕たちは、いつもどおりに本番前の準備をしていた。
していたのだが……。
あきらかにいつもと違う。
そう思えてしまうのは、僕の目の前にいるのが香奈姉ちゃんではないのが原因だろう。
そのせいか、僕はいつもより緊張している。
それもそのはず。
僕の目の前にいるのは、理恵先輩だからだ。
理恵先輩は、『ふんふ~ん』と鼻歌を歌いながら僕の顔にメイクをしている。
さも当たり前かのように──
「ちょっとジッとしててね。すぐに終わらせるから」
「あ、はい」
僕は、言われたとおりにジッとしていた。
やっぱり、どう考えても女装するのは間違いのような気がするんだけど……。
今さらこんな事言っても無意味だから、何も言わないが。
「楓君は、素の顔がなかなか良いから、メイクのやり甲斐があるのよね」
「それは……。微妙に褒め言葉になってないような……」
「何言ってるの。褒めてるんだよ。わたしなんかは、メイクをしてもあんまり変わらないからね。楓君の変わりようを見たら逆にショックを受けちゃうんだから」
理恵先輩は、拗ねたような表情を浮かべてそう言ってくる。
「そんなに可愛いと思うものなんですか? 自分ではわからないんだけど……」
「うん。楓君は、とっても可愛いよ。いっそのこと、ずっと女装していてほしいって思うくらいだよ」
屈託なくそう言ってくるあたり、それほどなんだろうな。
僕としては、絶対に嫌だけど……。
「そ、それはさすがに……。僕にも、男のプライドがあるから──」
「そっか。それなら、しょうがないね」
理恵先輩は、残念そうに微苦笑していた。
無理強いはしたくないのだろう。
「なになに? なんの話をしているの?」
と、美沙先輩が興味津々といった様子で会話に入ってくる。
「な、なんでもないよ。ちょっと楓君の顔が気になっただけだよ」
途端に理恵先輩の顔が赤くなった。
ひょっとして、照れてるのかな。
そんな理恵先輩の表情を見て、美沙先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「またまた~。楓君の顔を見て、『いいな』って思ったんでしょ。素直に言っちゃいなよ」
「ホントになんでもないんだってば! そんなことより、美沙の方は準備できたの?」
「私なら大丈夫だよ。いつでもステージに上がれるよ!」
「そう。それならいいけど」
理恵先輩は、僕の顔にメイクをしながらそう言っていた。
どうでもいいけど、はやく終わらないかな……。
女の子の準備って色々と手間がかかるって言うけど、ホントなんだ。
ただステージに立ってライブをやるっていうわけじゃないんだな。
改めてそう思ってしまう。
「ん? どうしたの? 何か心配事?」
美沙先輩は、キョトンとした表情でそう訊いていた。
その顔から察するに、心配はしてない感じだ。
理恵先輩は、心配させまいという心遣いなのか笑顔で答える。
「ううん。特にはないよ。ただ──」
「ただ? 何よ?」
「ちょっとね。本番で失敗したらどうしようって考えてただけ」
「なんだ……。そんなことか……。それなら大丈夫だって。優秀な理恵なら、そんなことは絶対にないでしょ」
美沙先輩は、屈託のない笑顔を浮かべてそう言いきった。
よほど理恵先輩のことを信頼してるんだな。
付き合いが長くなければ、そんなことは言えないのに。
理恵先輩は、僕の顔のメイクをし終えると、軽く一息吐いて口を開く。
「まぁ、たくさん練習したからね。失敗なんかしたら、香奈に申し訳ないし」
「私がどうかしたの?」
そこにさらに香奈姉ちゃんが会話に入ってくる。
いかにも興味津々といった表情でだ。
美沙先輩は多少きょどっていたが、理恵先輩はいたって冷静だった。
「なんでもないよ。今日のライブ……絶対に成功させようね」
「うん! もちろん!」
香奈姉ちゃんは、そう言ってガッツポーズを見せる。
その傍らで奈緒さんは、小さく頷いていた。
ライブの真っ最中。
それはもう、周囲にバレないかヒヤヒヤものだった。
激しい動きはないものの、ステージ衣装がゴスロリ風の服装だ。
しかも、スカートの丈が少し短い。
いくら女物の下着を着用しているからって、見られていいものじゃない。
ベースの演奏中、下にいる観客たちに見られているんじゃないかと思うと、恥ずかしくて萎縮してしまう。
そんな僕に気を遣ってなのか、歌っている最中でも度々香奈姉ちゃんがやって来ては、何気なく『大丈夫だよ』って目で訴えてきているけど。
いくらライブ中は大丈夫でも、通常時で確実にバレてしまうかもしれない。
そんなことを思いながら演奏しているうちに、僕たちの出番が終わる。
披露した曲は、二曲だ。
二曲とも演奏したから、もうやるべきことはない。
あとは一礼して、楽屋へと戻っていくだけだ。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! またね~」
香奈姉ちゃんの言葉に呼応するかのように飛んでくる観客たちの声援。
どうやら、評価は高かったみたいだ。
香奈姉ちゃんは、マイクを台に戻し一礼した後、楽屋へと向かう。
僕たちも一礼して、香奈姉ちゃんについていった。
少なからず僕の顔は緊張していたと思う。
まわりには気づかれていないみたいだけど。
さすがに女装したままでいられるほど、僕の忍耐力は保ちそうにない。
楽屋にたどり着くと、香奈姉ちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「楓。大丈夫だった?」
「あ……。えっと……」
「さすがに、女装してライブなんて無理があるよね。大丈夫だよ。この後も、お姉ちゃんがフォローしてあげるから」
香奈姉ちゃんは、まくしたてるようにしてそう言ってくる。
この後って、一体何のことだろうか。
もしかして、このままの服装でまたみんなの前に出るとか?
「え……。ちょっと待って。この後も、何かやることがあるの?」
「うん! ファンたちとの握手会とかね」
「っ……⁉︎」
香奈姉ちゃんの言葉に、僕は驚愕してしまう。
握手会って……。
アイドルじゃあるまいし。
「じょ、冗談…だよね?」
僕は、緊張した面持ちで香奈姉ちゃんにそう訊いていた。
しかし、香奈姉ちゃんは平然とした表情で答える。
「冗談なんかじゃないよ。すべてのバンドの演奏が終わったら、滞りなくやる予定だよ。…言ってなかったっけ?」
「そんな……。聞いてないよ」
「だ、大丈夫だって。まわりの人たちには、絶対に気づかれないと思うから──」
「いや。そういう問題じゃないような気が──」
僕がそう言いかけたところで、理恵先輩が笑顔で言った。
「なんにも心配はいらないよ。楓君が男だということは、わたしたちバンドメンバーしかしらないはずだから」
「先輩……」
「そういうことだから。楓君には、今日一日その格好でいてもらおうかな」
「………」
結局、女装してなきゃダメなんじゃないか。
上手く説得してるつもりなんだろうけど、僕にとっては厄介なことでしかない。
握手会なんて、全然聞いてないよ……。
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